第343話 バルドワ国へ
前回のあらすじ)政争に伴う混乱を避けるため、仲間に背中を押されたゼノスはしばし旅に出ることにした
そんな経緯があってゼノスは一時的にハーゼス王国を出ることにした。
かなり急な展開ではあったが、家族であるリリとカーミラが一緒なのは、安心材料ではある。
「しかし、こんなことになるとは予想してなかったな」
車窓を流れる景色を見ながらつぶやくと、杖からカーミラの声が響いた。
「わざわざ王女が治療院までやってきたということは、反対勢力が貴様の確保に動いている具体的な情報を掴んだのかもしれんな。だから、早めに逃がそうとした訳じゃ」
「一介のヒーラーのことなんて、ほっといてくれよぉぉ」
「くくく……まあ、一生の別れという訳ではあるまい。王女が言った通り、ただでさえ化物みたいな魔物と戦ってまだ大して時間も経っておらんのじゃ。ちょうどよいバカンスだと思えばよかろう」
「……まあ、そうだけど」
そもそも治療院を開いてから、事件続きであまりゆっくりする時間もなかった。
休息は確かに必要かもしれない。
ゼノスは軽く溜め息をついて、伸びをした。
こうなった以上、ぐちぐち言っても始まらない。
治療院は二人の特級治癒師が中心となって守ってくれるようだし、学校には七大貴族令嬢肝入りの高等教育も提供されるようになるとのこと。
期間限定だが、のんびり世界を旅する機会をもらったと前向きに考えたほうがいいだろう。
「よしっ、せっかくだから楽しむか」
「しかし、ゼノスは知らなかった。この旅が壮大なる新たな事件の始まりになることを――」
「なんですぐに水を差すっ⁉」
杖に突っ込みを入れ、ゼノスはもう一度溜め息をついた。
隣のリリが口を挟む。
「それで今はどこに向かってるんだっけ?」
「明確な目的地がある訳じゃないけど、バルドワ国に少し滞在しようと思ってる」
ハーゼス王国の南東方面にある国だ。
国土の大半を山林に覆われ、手つかずの自然が多く残っていることでも知られている。
「どうしてそこなの?」
「王国からそんなに遠くないのと、大きな町があまりなくて、地形が比較的険しいから、人の出入りがあまり多くないんだ」
良くも悪くも目立たない辺境の国。注目されにくい場所だ。
他国との付き合いも多くないため、周辺国からの交通網もあまり発達していない。
陸の孤島と言われることもある僻地国家。
リリの持つ杖から声が響いた。
「つまり、一度入ってしまえば、見つかりにくいということか。確かに反対勢力から身を隠すには、もってこいかもしれんの」
「単に明るくて人が多い場所が苦手というのもあるけどな」
「悲しい理由じゃ……」
「兄ちゃんたち、この先がバルドワだぜ」
途中休憩を挟みながら、更に三日ほど馬車で進むと、目的の国境へと辿り着いた。
青空の下には、常緑樹の生い茂った山々が、重なるように連なっている。
空気はわずかにひんやりしているが、南方寄りに位置しているため秋にしては暖かいほうだろう。
御者に礼を言って馬車を降りると、木造三階建ての建物があった。
国境管理局。ここで旅人の出入りを管理しているのだろう。
「身分証を出してくれ」
朴訥な中年の男性係員に、懐から取り出した冒険者カードを渡す。
自分の分、そして、リリの分もアルティミシアからもらっている。
「……」
「どうしたの、ゼノス?」
係員が冒険者カードを確認している間、目を閉じて感慨にふけっていると、隣のリリが袖を引っ張ってきた。
「ああ、いや、身分があるってすごい新鮮だなと思って。ちょっと緊張するな」
「相変わらず悲しい奴じゃ……」
「お前も欲しかったのか、カーミラ?」
「いらんわ。そんなカードに縛られるわらわではない」
さすがに杖に宿っているカーミラの分の冒険者カードまではない。
まあレイスが冒険者になる訳にもいかないだろう。
「外国からの冒険者か。珍しいな」
係員がカードを返しながら言った。
「珍しいのか?」
「そもそもここには外国人自体があまりやってこないからな。秘境やダンジョンはあるが、なんせ不便な国だ」
それについては予想通りだ。
「しかも、二人もホワイトランクの初心者か。魔獣が出ることもあるぞ。大丈夫か?」
「まあ、多分」
「エルフの子供との二人連れってのも珍しいパーティ構成だな」
「パーティでなく夫婦です」
「は?」
リリの一言に目を丸くした係員。ゼノスは涼しい顔で手を軽く振る。
「ああ、いや、気にしないでくれ」
「ぶぅ」
唇を尖らせるリリ。係員は気を取り直したように言った。
「じゃあ、通っていいぞ。町と町の距離が遠いから物資は揃えてから移動したほうがいい。資金は足りるか?」
「ああ、助言ありがとう」
見た目は不愛想な係員だが、色々と気をまわしてくれるいい係員のようだ。
「大丈夫。手持ちはそれなりにあるさ」
ゼノスは得意げに自身の胸を叩いた。
アルティミシアが資金提供は申し出てくれたが、幾らかかるかわからないのと、あまり沢山持ち歩くのも不用心になるので、とりあえず蓄財の中から旅の邪魔にならない程度の硬貨を持ってきている。これでも数か月くらいの旅資金にはなるはずだ。
かかった費用は王女が後で精算してくれるらしい。
「王族の資金バックアップ付きの旅か。なんというか、優雅の極みじゃのう」
「リリ、ちょっと楽しみ」
「ああ、余裕を持った旅なんて初めてだ」
これまで仕事を頑張ってきた甲斐があった。
受付を通り過ぎながら三人でひそひそと喜びをわかちあっていると 係員が後ろから声をかけてきた。
「ちなみにハーゼス王国の硬貨は今使えないけど大丈夫か?」
「は?」
不穏な一言が耳に入り、ゼノスは思わず立ち止まって振り返る。
「……なんで?」
パーティ時代にこの国を通りがかった時は使えたはずだ。あの時はアストンが金を管理していたので、支払には関わっていないが、少なくとも使えなかったという話は聞かなかった。
係員はぼりぼりと頭をかいて口を開く。
「俺もよくわかんねえけど、あの国は最近やばい魔物が出たとか、これから大改革が起きるとかで相場が激しく動いてるみたいでな。うちみたいな小さい国は、そんな相場の乱高下についていけねえから、つい先日とりあえず状況が安定するまで取り扱いを辞めるってことになったらしいぜ」
「……」
「多分、一時的な対応だとは思うがな。数ヵ月くらいでなんとかなるんじゃないか?」
係員は明るく言うが、あまり慰めになっていない。
少なくとも数ヵ月は持参金が使えないということだ。
その場に茫然と立ち尽くしていると、リリとカーミラが声をかけてきた。
「ゼノス……うん、リリは大丈夫だよ。今月は木の実とか取って食べようよっ」
「くぅくっく、なんかそんな気はしておったわ。貴様の旅がそんな順調にいく訳がなかった」
「笑いごとじゃねえぇぇ」
ゼノスは頭を抱えて呻いた。
どうする? 諦めて別の国に向かうか。
しかし、こんな辺境では次の馬車が来るまで数日は近くかかるだろう。
立ちすくんだままでいると、係員が見かねたように言った。
「まあ仕方ねえよ。手持ちがないなら稼ぐしかねえな」
「稼ぐ?」
きょとんとすると、係員は当然といった様子でこう続けた。
「だって、あんたら冒険者だろ? 冒険者ギルドで仕事をこなせばいい」




