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咲也・此花STEPS!!~訳ありフリーターの俺がバイオな製薬会社で友と未来を誓うまで~  作者: 日向 るきあ
STEP0(本) もしも、神がいるならば

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STEP0-2 深夜高速バスの夜(後)~路上の『バッドエンド』~

 サクこと岩永朔夜いわながさくやは、隣のうちの長男だ。

 いかなる偶然か、俺と同じ日に生まれ、名前も同じ。

 だから、区別のためにやつはサクと呼ばれ、俺はサキと呼ばれていた。

 しかし、同じなのは年と名前だけ。


 サクは頭脳明晰スポーツ万能のイケメン。いまや著名なヤングエグゼクティブ。

 両親の待つ故国アユーラに戻った後、首都の名門中学に行き、そこから飛び級で大学に。

 そして大学も院も首席で卒業。国際医師免許取得の後に近しい人たちと会社を興した。

 ユキシロ製薬。

 昔ながらのハーブを活かし、次々と特効薬を生み出している、近年話題の企業だ。


 一方で俺は、努力がとりえのさえない奴。いまや先の見えない訳ありフリーター。

 高三の夏に発症したシックハウス症候群により、学歴は高卒。それも病気を考慮してもらっての、ギリギリスレスレでの卒業だ。

 シックハウス症候群の再発を恐れて屋内作業を嫌がり、かといって雑草取りも嫌だ、なんぞという面倒な高卒男を正規で取って下さろうという、奇特な企業との出会いはついぞなく。

 結局勤まったのは、隙間風上等な下町工場での、コンベア作業のバイトくらいで。

 繁忙期だけの短期のそれも、帰郷の数日前に終わった。


 そんな俺たちの人生がまた交わることなんて、絶対にない。ありえない。

 普通に考えれば、そのはずだ。

 だが、そんな“普通”はあの晩、あの居間でぶっとんだ。

 ダメダメフリーターだった俺は突如、超難関の新進企業に役員待遇でヘッドハントされ。

 そのキセキをもたらした“白馬の王子様”は、俺の隣で――正確には、通路を挟んで隣のシートで――寝息を立てている。


 と、俺は、思っていた。

 2秒間だけ。


 * * *


「サキ」


 眠気など、微塵も感じさせぬ声が俺の名を呼んだ。

 サクは起きていた。じっと左を向いた姿で。

 俺も少しだけ前屈し、通路と窓際の二列シートをスルーして、車窓の外に目をやれば……

 星降るおとぎの砂漠のなかに、いつの間にか黒いダンプカーがいた。

 走ってくる。砂煙上げて。こちらにむけて、まっすぐに。

 このバスを狙ってきている。そのことはハッキリとわかった。

 シートベルトが外れるかすかな音。

 同時にそれより硬い、硬い声が言った。


「その時がきてしまったようだ。やってくれるか」



 僕の手から落ちた血から、無数の植物が青空に伸びる。

 でもむこうから、火の手が上がり、悲鳴が聞こえ。


『鳴けよ』


 気づけば僕の目の前にも大きな刃が迫っていた。


『どうした』


 めもとのみえないこわいひとはだけどわらってる。


『鳴けよ、化け物!!』

『……い』



「いやだ!!」

「そうか」


 ぽん、あたたかな感触が頭をたたいた。

 目を開ければ、サクがにっこり、わらってた。

 昔のように、俺の頭に手を置いて。やさしく、安心させるように。


「大丈夫。サキは目をつぶって、座っててくれ。

 俺に、全部任せて」


 正直に言おう。わけがわからなかった。

 なぜか、縛られてるとおもった。でもそれは勘違いで。

 たしか、さっきの夢に子供の頃のサクがでてきてたけど、それもすごくリアルだったけど、それは夢で。

 いま一瞬、ファンタジー系戦記もの映画みたいな景色が見えた、が、それも現実じゃない。

 だっていまここは、バスのなか。

 俺はただ、鈴森荘うちに帰るべく、高速バスに乗ってるだけ。そのはずだ。


 いったい、何が現実なんだ?


 でも、左側の車窓の外、道とてない砂漠から、もうダンプカーがすぐそこまで迫ってきてるのが見える。

 これは、たぶん、現実だ。


 俺の頭から手を離したサクが、きっ、と振り返る。

 どん、と通路に仁王立ちする。

 いや、いやいや、ちょっとまて。

 その姿勢。向いてる方向。まさか、とっこんでくるダンプカーに対抗しようとしてるんじゃないだろうな?

 お前は確かにケンカ強かった。俺がいじめられそうになったときは、相手が何人だろうと鮮やかにノシて守ってくれた。

 でも、車は無理だろ。普通に考えて。


 むちゃだ、やめろ、いいたかった。でも声が出なかった。もうダンプが迫ってた。

 真っ暗な、誰もいない運転席が見えた。まるで地獄への入り口みたく。

 けれどサクの左手が、その暗がりに差し伸べられたとき。


 ダンプが音もなく光になった。


 正確には、ダンプが白い光の尾を引いて、夜の砂漠へ飛んでった。

 きらきらと、バスの窓を道連れに。まるでサクに、というか、サクの掌からあふれた白い光に、突き飛ばされたかのように。

 光の残渣がちらちらと消えれば、夜の砂漠のまんなかで、大きな火柱が上がった。


「お……おいサク、いまの……」

「まだだ。油断するな」


 バスはするすると減速し、路肩に寄せられ停車。

 前方からは、サイレンの音。

 ひとつ、ふたつ。シートの脇からのぞいてみれば、フロントガラスの向こう、赤いたんこぶを光らせた白っぽいワゴン数台がこちらに走ってくるのが見えた。


「いや、救急車だろあれ」

「なんでこんなに対応が早い。いいからお前は座っていろ」

「はあ……」


 さすがは社長様というべきか、サクの声は逆らいがたい威厳に満ちていた。

 と、いうか、この事態を把握しているのはやつで、わかっていないのが俺。

 つまり俺は、言うとおりにしておいたほうがいい。

 そんなわけで再びシートに落ち着こうとした、そのとき。


『かー、こおお』


 聞こえてきたのはかすかないびき。

 みれば例のおっさんは、のんきにもいまだ眠りこけていた。

 いや、奴さんだけじゃない。他の乗客も一様に夢の中のご様子。


「えーと……サク。このお天気ドリーマーの皆様は?」

「寝せておけ」


 サクもあきれているのだろう、その返事はあっさりしたもの。

 俺もおっさんのことは一度忘れ、シートとシートの隙間からこそっとだが、様子をうかがうことにした。



 無言のまま席を立った運転手が、前方のドアを開け、ステップを下りて路上に出る。

 呼応するようにワゴンのドアも次々開き、十人近くの白衣たちが降りてくる。

 しかし、ほとんどはその場で待機。最も目立つふたりだけが近づいてきた。


 ひとりは、鋭い目つきのオールバック。道路灯に照らされた瞳の色は、綺麗な清流の青だ。

 いまひとりは、夜だというのにサングラスをかけたウルフカット。

 ふたりとも二十代中~後半か。いずれも黒髪で、すらりとしていて、どこか見覚えがある。

 もっとも前者は知り合いに似てるかなという感じで、後者はどこの手配書に載ってた野郎だという感じでだが。


 オールバックが慎重に歩を進めるわきで、ウルフカットはずかずかと彼を追い越し、肩が当たった(というか、わざと当てたようにしか見えなかった)運転手を突き飛ばす。

 そして、パンクなブーツの足をでんとステップにかけ、車内を見回した。

 一回、二回。俺たちを見るとあてつけるように舌打ちし、顔をゆがめて声を上げた。


「チッ、だァから言ったんだよぬるいってよォ!!

 起きてんじゃねェかよけーなのがよ!! どーすんだこれよォ!!」


 がんがんと響く、ハスキーな中低音には聞き覚えがあった。こいつまさか、どっかの世界的ロック歌手?

 こんなアーティスト、いたっけか。いや、こんなヤバいの見たら忘れないだろ。

 でも確かに見てる。どっかで見てる。誰だこいつ。誰なんだこいつ。


「いいだろうがもう一人ぐらい! だいたいさっきの」

「やんぞ」

「……は?」


 果たして奴は、後ろに続くオールバックに顔を向け、言い放った。

 いつの間にか左手に、ナイフを握って。


「奴は殺しても無傷で生き返る。つまり、生き返ったのが奴だ! さーあどいつが」

「おいやめっ」


 止めようとする同僚をナイフの後ろ側で一撃し、奴は嬉々とステップを駆け登ろうとした。

 けれど、後ろ向きに転げ落ちた。

 奴がしゃべっている間にすたすたと距離を詰めたサクが、真正面から蹴っ飛ばしたからだ。

 路面に倒れ、そのまま奴は動かない。鈍い音が聞こえた気がしたし、頭でも打ったのだろう。


「てっめェ!!」


 車外の白衣の誰かが叫んだ。恫喝しなれていることのわかる、恐ろしい声。

 だがサクは、毛ほども揺らがず睥睨へいげいする。

 静かな足取りでステップを降り、夜の路上で仁王立ち。

 王者のごときその姿に、その場は静まり返った。


「『また』か。下らんことをしおって」


 やがてあたりを圧す声。

 瞬間、白衣たちは――みぞおちをしたたかどつかれ、苦悶していたオールバックまでが――びくりと目を上げ、サクを見た。


「覚えているぞ。貴様らの所業」


 そしてサクが、左手を掲げると。


「すべて。ひとつのこさず。すべて、な」


 その手が白く、輝きだすのを見せ付けられると。


「ひいいいいいおゆるしをををををををッ!!」


 コワモテ白衣たちと運転手はいっせいにひれ伏した。

 がたいのよい身体はどれも、遠目にもわかるほど震えている。

 ただひとり、ぼうぜんとサクに見とれる、オールバックをのぞいて。


「全員、顔を上げろ。

 お前とお前。警察と救急に連絡を。お前たちは、サングラスのそいつを突き出せ。

 隊の代表者は明日我が元へ出頭せよ。行け!」

「ははっ……!!」


 今度こそ、オールバックもひれ伏した。



 果たしてニセ白衣(と運転手)たちは一転、従順な様子で動き出した。あるいはケータイをかけ、あるいは倒れたグラサン男をワゴンに回収する。

 俺はなんとなく落ち着かず、サクの元へと近づいた。


「なあ。こいつらって、一体」

「唯名帝国の残党だ。

 知っているだろう、『神の子伝説』。

 豊穣神が帝都を見捨てて落ち延び……いまもどこかで生まれ変わり、生きているという。

 あれを利用し、奴らの天国を再興しようという輩は今も絶えん」

「は……?

 いや、そもそも御伽噺だろ? 神がどーとか生まれ変わりとか」


 確かに、そうした伝説は、世界のあちこちに残っている。そう、ウチの村にさえも。

『だから、この村ではおいしいコメがとれる』『だから、ここんちは果物作りがうまい』……

 だがそれは、町おこしのためのモノガタリにすぎない。

 なぜって、神なんて誰も見たことないし。

 それにもし、そんなものがほんとにいるなら。


「おらあああああァ!!」


 そのとき、後ろで怒号が上がった。

 みればあのおっさんが、さっきまでバスの席で、ぐっすり寝こけてたはずのおっさんが。

 目を血走らせ、こちらに向けて突進してくる。

 腹の前に構えた両手にはひとつ光るもの。


「あぶない!!!!」


 俺は――

 サクと奴の間に立ちはだかってた。

 ずん、と腹が熱くなった。

 すう、と世界が、夜に食われた。



 そう、神がいるなら。

 こんな結末、ありえないはず。

 何一つわけがわからないまま。つかみかけた夢もかなわないままの、こんなひどい『バッドエンド』は。

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