成果
誰が動くか、そもそも謀反は起こるのか。
それは賭けであったが、信長の思惑通りその夜、本能寺には銃声と鬨の声が響いた。
……寺内に乱入し、庭を埋め尽くしたのは桔梗紋。
それは、秀吉の援軍に向かった筈の明智光秀の家紋だった。
後世、百人ほどしかいなかった信長達に対し、明智軍は約一万三千人だったと言われている。
地響きのような声と足音、そして銃声はいつしか止んだが、代わりに本能寺には火が放たれた。
主君を守ろうとした小姓衆も銃弾や刃に倒れ、奥まで追い込まれたのは信長と濃の二人だけだ。
夜着姿で、それでもそれぞれ槍と刀を構えた彼女達の前に当の光秀が現れる。
「光秀……?」
「十兵衛どの?」
だが謀反人の筈なのに、膝を付いて頭を下げた光秀に信長達は戸惑った声を上げた。そんな二人に、光秀が口を開く。
「私が、もっと早く上様に仕えていれば……いや、あと五歳私が若ければ。たらればな話ですが、いつしか私はそう思うようになりました」
「……光秀」
「天下布武の先、上様の望みを叶えるには力も時間も足りず。そんな中、上様のある言葉を思い出しました」
「わしの……?」
問いかけた信長に、光秀が顔を上げる。
「上様を選んだのなら、出し切る『だけ』など許さん。それこそ、死ぬ気で働いて貰わねば」
そうかつての信長の言葉を口にし、光秀は微笑んで言葉を続けた。
「私が上様を討ったなら、羽柴どのか徳川どのが私を討つでしょう。若い彼らなら、上様の望んだように世の中を変え、戦の無い世を作られる。そう思ったのでございます」
その言葉に、信長はハッと息を呑んだ。動揺のあまり、よろめく彼女を濃は慌てて寄り添って支えた。
信長は限界を感じ、己の手で全てを終わらせようとした。そして光秀もまた限界を感じ、己の全てを賭けて主君の望みを叶えようとした。
……それだけ二人にとって『天下人』は大きく、重いものだったのだと濃は改めて実感した。
「光秀」
「はい」
「でかした」
そう信長が言うと光秀は再び頭を下げ、立ち上がり様に踵を返した。
そして信長と濃は、光秀の背中を見送り――完全に姿が見えなくなったところで、濃は腕の中の信長に言った。
「以前、私はあなたに言いましたね……人は、成すべきことがあって生まれてくるのだと」
「……ああ」
「思い出しました……あれは昔、十兵衛どのから聞いた言葉で。婚儀の日、私はあなたが『信長』として生きる決意をさせる為、生まれたのだと思ったのです」
そんな濃を、信長はしばし黙って見つめた。
そして見返す濃の視線の先で、信長は口を開いた。
「あの言葉があったから、今のわしがあるのだ……光秀や他の家臣達もよくわしに仕えてくれたがあの日、あの時にぬしからああ言われたからこそ、わしは『信長』を成すことが出来た」
「……信長」
「ずっとは、本当にずっとだったな」
そう言って、信長は微笑みながら濃の胸に頭を埋め――燃え盛る炎の中、二人が離れることはなかった。
※
本能寺の変からわずか十三日後、光秀は中国大返しにより戻った羽柴秀吉に敗れる。
……それが、光秀の狙い通りだと知る者はいない。
だが彼の思惑通り秀吉は草履番から天下統一を果たし、家康は戦の無い世を築いたのである。
ここまでのお付き合い、ありがとうございましたm(__)m




