選別【一】
かつて、信長(実際は濃が赴いた)が謁見した十三代将軍・足利義輝が三好三人衆と松永久秀により殺された。
これは三好が義輝に利用された背景があるので、一概にどちらが悪いと言う話ではなく。義輝の従弟である義栄が将軍となった為、一応は収まったかに見えた。
……幽閉されていた義輝の弟・義昭が逃げ出さなければ。
そして出家していた彼が還俗し、己を将軍とするよう朝倉義景を頼らなければ。
※
濃が生まれ、信長に嫁ぐまで育った稲葉山城。
城主であった父・道三を殺され、義母兄・義龍に奪われたこの城を取り戻してくれたのは、傍らにいる信長だ。
「すまないな」
「いえ……いいえ」
かつての我が家を眺めていた濃は、そんな信長の言葉に振り向き、慌てて首を横に振った。
美濃攻略の為、信長は小牧山に城まで建ててくれた。こちらから感謝こそすれ、謝られることなど何もない。
しかし、濃の言葉に信長は城を見上げたまま言葉を続けた。
「この城を、わしのものにする。名を変え、ここから天下に打って出る」
「……信長」
すまない、ともう一度言った信長に濃は微笑んで見せた。
「奇妙丸みたいに、それこそ奇妙な名をつけなければ良いですよ?」
「お濃!?」
「天下取りは、父の望みでもありましたから」
悪戯っぽい台詞に、思わず声を荒げた信長だったが――いつものように、笑って背中を押してくれる濃に口を閉じ、その端をくっと上げた。
「で、あるか」
……その後、稲葉山城は地名と共に『岐阜城』と名を改める。
その名についてはいくつか由来があるが、信長自身が名づけたのではなく、僧侶の間での呼び名を採用したという説がある。
※
信長も背は高く、一見すると男性だが――それでも他国の者とは彼女ではなく、濃が『信長』として対峙している。
だが、ここで思いがけない相手が岐阜にやって来た。
「明智十兵衛光秀でございます」
現在は朝倉義景に仕えている、正室・お濃の従兄。
そんな彼が――いや、むしろその伝手があるからこそ光秀は義昭からの使者を任せられ、こうして『信長』の元へとやって来たのである。
光秀の、いや、義昭からの申し出を濃は、いや『信長』は断った。
しかし一旦、退出した光秀を「お濃が会いたがっている」と言う理由で非公式に招いた――我ながらややこしいと言うか、面倒臭いと思うが仕方ない。
「まあ、あえてつき合ってくれた十兵衛どのに感謝ですね」
「……お前が『お濃』だと、気づかれていると?」
「周りの目を考えて、顔には出さずにいてくれましたけどね」
光秀が知っているのは、女として育てられていた濃である。
……だが、濃が男だと言うこともまた知っているし。それに、何より。
「十兵衛どのは、父に目をかけられていましたから」
「道三どのに?」
「ええ。賢く、武芸にも優れ……私が真の女子なら、婿にしたかったとまで言っていました」
「まあ、会った頃のぬしとならお似合いだったろうな」
率直な感想に、濃は微苦笑した。
どうやら信長は、こっそり光秀を盗み見していたらしい。七歳年上の従兄は確かに目元が涼しく、月代の映える美丈夫だ――けれど、あの従兄は。
「父亡き後、義兄に攻められて城を落とされなくても……十兵衛どのはいずれ、父の元を離れていたでしょう」
「……お濃?」




