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一花繚乱  作者: 渡里あずま


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天機【一】

 信行との戦の後、尾張統一を果たした信長は時の将軍・足利義輝の元を訪れる。

 もっとも、実際に謁見したのは彼女ではなく、信長の『影』である濃だったが。


「天下を手に入れる為とは言え、面倒をかけて悪いな」


 上洛を『面倒』と言い、本気で濃を労った信長を思い出し、こっそり笑った。『うつけ者』や『傍若無人』と称されるが、濃としては彼女なりに目上の者を立てたり筋を通したりしていると思う。


(噂通りなら即刻、京に攻め入り打ち滅ぼすだろうに。本当、皆、勝手なのだから。いっそ、私が……なんて)


 愛しい妻の為とは言え、なかなかに過激なことを考えつつも、濃は京を後にした。



 今回の上洛により、大小二つの動きがあった。

 一つは、濃の義兄・義龍からの刺客(難なく追い返したが)。

 そしてもう一つは翌年の、今川義元による大軍を率いての尾張侵攻である。


「やっと、あの狐じじぃが動いてくれたか」


 その知らせを聞いた夜、信長は寝所でむしろ笑みすら浮かべて呟いた。そんな妻の言葉に、濃が首を傾げる。


「そう言う時は『狸』なんじゃないですか?」

「阿呆。『狸』はすでに、竹千代がおるではないか」


 さらりと言う信長に、濃は「なるほど」と頷いた。確かに、かつて人質として尾張にいた竹千代の目はくりっと大きかったが――夫婦揃って大概、ひどい。


「それにしても、噂は当てにならんな」


 今川は、天下を狙っていると噂されていた。そして今川は、信長が天下を取る為には避けて通れない相手だったが――こちらから闇雲に攻めるには、大物すぎる。

 それ故、信長は今川を挑発する為に昨年、将軍との謁見を行ったのだが、予想に反して今川は織田を攻めては来なかったのである。

 そんな今川が、今回は動いた――国境くにざかいの城を包囲した途端に、兵を挙げた。

 二万五千と言う大軍故、上洛目的と噂されているが、信長の読みは違う。


「あの狐じじぃは、天下など狙っておらん。己の国のみが、大事なのだ……あわよくば、尾張を手に入れるつもりかもしれんがな」


 その考えを、悪いとは言わない。自国の民からすれば、むしろ良い城主だろう。

 しかし、信長としてはこちらの足を引っ張ってくる、目障りな存在でしかない。


「人間五十年。下天の内を比ぶれば、夢幻のごとくなり」

「……『敦盛』ですか?」

「もう、半分がすぎた……篭城なんてしてられるか。明日、打って出る」


 誰にともなく呟くと、信長は傍らにいた濃の肩へと頭を乗せた。

 圧倒的な武力に屈せず、戦うことを――いや、勝って天下に近づくことを彼女は選んだ。


「ならば私は、湯漬けを作りましょう」

「ありがたい。お濃の湯漬けは、美味いからな」

「ふふ……お上手ですね」


『信長』を生かす為、影である濃は城に残る。共に戦い、信長を守ることは出来ない。

 それ故、彼はせめてと微笑み、信長を送り出すのだった。



「殿っ……今回は、無茶苦茶すぎますぞ!」


 ……翌日、熱田神宮で。

 顔は厳ついが、普段は温厚な勝家が声を荒げたのには理由がある。

 信長は昨夜、寝所で濃に出陣すると伝えた。そして『敦盛』を一差し舞うと、濃の作った湯漬けを食べて戦仕度を整えた。

 しかし、他の家臣達はなんにも聞かされていない。

 それ故に、法螺貝と共に城を飛び出した信長を慌てて追いかけ――ここ熱田神宮で、ようやく追いついたのである。


「相手は二万五千の軍勢ですぞ! 万全の状態で臨むならまだしも、こんな数百足らずで……」

「ぬしも猿も、来たではないか」

「殿!」

「いくら兵がいても、思い通りに動かせる人数は限られておる……ましてや、大将である義元を討てば? あとは総崩れするのみよ」


 信長の言葉に、勝家はハッと息を呑んだ。

 確かにこれだけの兵力の差があるのなら、相手方の大将首を取るしか勝ち目がない。そして、奇襲をかけると言うのなら人数ではなく、どれだけ素早く動けるかが重要だ。

(わしらを、ふるいにかけたと言う訳か)

 かけられた方としては複雑だが、一方でついて来られたことに対して誇らしい――盗み聞きをしていたらしく、顔をくしゃくしゃにして笑う藤吉郎がひどく癪に障ったが。

(わしも随分、毒されたものよ)

 そう心の中で呟くと、喜色満面な籐吉郎とは対照的に、こっそり拳を握って喜ぶ勝家だった。

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