コンピューター
騒動から早数日が過ぎ、僕の日常は戻りつつあった。というよりも、世間一般が元通りの日常を取り戻しつつあった。皇居に落ちたアメリカ製の人工衛星については、保証するかというのが政府間で取り決められる様子であったし、爆発炎上した役所についても、幸いな事に死傷者はゼロという様子だった。
これらの騒ぎを、聞いた父がアメリカからすっ飛んで来たのは言うまでもない。
「そろそろ、時間じゃあないか?」
兄が僕にそう声をかけてきた。
キャリーバッグを引きずり、僕は部屋を出る。
結局のところ、方針が変わった。父は、人工知能搭載のロボットで僕たち兄弟をどうにか面倒みさせるというのは諦めたのだ。それは僕らも同じで長崎の親戚か、アメリカの父と共に暮らすことを選ぶこととした。ただ、以前の考えとの違いは、父は兄の一人暮らしを認めた事だ。
「志望校も決まっているなら」
と、いうのが理由である。とはいえ、父は日本の友人に頼み込んだ様子で、その友人が兄の面倒をある程度見るということだそうである。どのような話が成されたのかは不明である。そして、僕はアメリカの父と共に過ごすことにした。
それしか選択肢がなかったとも言える。
木原はひどく残念がっていたが、逆に「アメリカに来たら一緒にでかけよう」と伝えると、夏休みの一週間を彼女に使う事を約束させられた。
キャリーバッグを引きずり、家の前に出ると、父とタクシーが待っていた。
「じゃあな」
兄がそう言って、僕はうなずくだけだった。タクシーのトランクにキャリーバッグを積み込むと、僕は後部座席に乗り込んだ。兄は道路の向こう側に立ち、静かに見送る。タクシーの後部座席の窓越しに、兄の姿が後ろに流れていくのを見た。
高速道路にタクシーがのるとビュンビュンと後ろに風景が流れていく。
「人工知能について政府は」
タクシーの車内モニターが、ニュースを伝える。
僕は意図的にモニターの方へと目を向けずにいた。
あの事件について、僕達に嫌疑の目が来ることはなかった。そのあたりについては、祖父ロボットは足がつかないように立ちまわっていたのだろう。おそらく、そのあたりも高性能に痕跡が消されているはずだ。
「そういえば、あのロボットはどうなったの?」
隣に座る父に僕は聞いた。
父は黙ったままだった。
返事がないので、外を眺める。
父は日本に帰ってきてロボットを父の友人に持って帰るように伝えた。そのまま、ロボットはどこかへと回収されていった。そして、僕たちは祖父ロボットの内部メモリについて、一切、触れなかった。僕は祖父ロボットを殺すことが出来なかったのだ。
回収されて、もし、あの人工知能が残されたデータがまだ、存在するとしたら。
「何を考えてるんだ?」
隣で父が僕を見ていた。
「……別に」
僕は首を振り、目線を逸らしながらイヤホンをポケットから取り出した。
深く考えるのは止めておこう。
近づいてくる空港を見ながら、僕は英会話学習のストリーミングに集中することにするのだった。




