コンピューターおじいちゃん 5
家に帰った頃にはすっかりと夕日が周りを赤く照らしていた。日の入りが近いのだろう。真っ赤に照らされた家は、時期に夜闇に沈んでしまうのだと思った。そんな家の前で僕達三人はじっと立っている。自分たちの家だというのに、どこか足がすくむ。
夕闇に包まれる前に、兄が一歩玄関へと進んで、扉を開ける。
なんてことない家のはずなのに、どうしてか緊張していた。
リビングへと進み、機械の作動音が微かにする方向へと三人で足を進めていく。
リビングの充電ポートに、祖父ロボットが接続していた。ピコピコいう風に画面が光る祖父ロボットであるが、僕と兄は足がついぞ止まってしまった。今まで見ていた後進の画面とはまるで違った様子だったからだ。機械の雰囲気ではない。どこか生き物。
貪欲に情報をむさぼる生物。
そのように僕には見えた。
祖父ロボットのボディ部分にあるディスプレイに、祖父の顔が映る。
「みんな、お帰り」
「こんにちは」
木原が挨拶を口にしたが、その手が震えているのが見えた。
明らかに何かしらの違和感を覚えているのだ。
「おかえり」と告げる祖父ロボットのディスプレイには、祖父の面影を宿した顔が映っていた。しかし、そこにはどこか奇妙な違和感があった。微妙にズレた笑顔、ぎこちない口元の動き、そして何より、背後で流れる0と1が流れる情報の洪水。まるで何かが祖父ロボットを支配しているように見えた。
「君たちは知っているかね? 日本の政府が国民を監視しているということを」
祖父ロボットが唐突に口を開いた。
「え?」
僕は思わず兄の顔を見た。兄は腕を組みながらも、わずかに歯を食いしばっている。
「最近、特定の言葉を発した者たちが次々と消息を絶っているんだよ。ニュースにはならない。なぜかわかるか? すべては奴らが情報を操作しているからさ」
祖父ロボットの目がディスプレイの中でギラリと光る。
「いや、何の話を——」
「マスコミは完全に支配されている。真実を知る者たちは、陰謀によって抹殺されていく。これは単なる憶測ではない。統計的に見ても明らかなんだよ」
祖父ロボットの言葉に、僕の背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「そんなの……ただのデマじゃないの?」
僕の声は震えていた。すると、ディスプレイに映った祖父の顔はにやりと笑った。
「君はまだ目覚めていないようだね。大衆はいつもそうだ。都合の悪い真実から目を背け、疑問を持つ者を『陰謀論者』とレッテルを貼る。だが、私はすでに気づいてしまったんだよ」
祖父ロボットのアームがゆっくりと動く。
機械音が響き、僕と兄、そして木原は一歩後ずさった。
「このままでは、日本は奴らに支配されてしまう」
「じ、じいちゃん?」
「私がやるべきことは決まった。日本政府への攻撃をした」
静寂が落ちた。
「……は?」
今、何を言った?
僕たちは沈黙したまま、ただ祖父ロボットのディスプレイを見つめるしかなかった。
「今、私はインターネットに接続していたのは、何故か、そうだ。インターネットに接続し、首相官邸へと声明を表示した。今から十五分後、テレビやホームページで声明を伝えなければ政府設備を破壊する。オーバーフローさせて、爆破させる」
「冗談、だよね?」
「いいや、そういう事はない」
ディスプレイが切り替わり、祖父の顔から首相官邸のホームページになる。
そこには何の変哲もない画面があった。
「愚かな政府はディープステートに支配されている」
「おじいちゃん、止めてよ!」
「いいや、無理だ」
ぱっとディスプレイが切り替わる。
「もうすでに実行した」
ディスプレイには、ぱっとニュース映像が写る。そこには、どこかの市役所か何かの建物が写っていた。大きく崩れたその建物は轟々と炎を燃え上がらせており、ただならぬ気配がディスプレイから伺い知れた。
「今、再び、メッセージを送った。次は総理官邸を爆破する」
「やめろ!」
兄が飛び掛かった。しかし、円筒形のボディから伸びたアームが、兄の腕を掴むと、ひょいと放り投げる。食器棚へとぶつかった兄は、ううんと伸びてしまった。
モーター音とともにアームがこちらへと向かってくる。
「邪魔をするなら、お前も排除する」
まずい、と僕はあとずさりしてしまう。このままでは、僕も兄と同じように放り投げられてしまうかもしれない。そうでなくとも、この祖父ロボットは僕を敵と認識したならば、間違いなく、攻撃をしてくるのだろう。
「正気じゃないよ!」
僕が必死に叫ぶが、ディスプレイに映った祖父ロボットの顔は、引きつった顔である。
もはや記憶にある祖父の顔とはまるで違う。
「正気だ! お前たちが正気ではないのだ!」
ディスプレイがぱっと切り替わり、首相官邸で官房長官、いつもニュースで見る顔が平静の顔をして記者会見を行っている。特別に問題が無いというように原稿用紙を読み上げているが、慌てた様子の秘書が耳打ちすると打って変わって、血の気が引いた顔となった。
「ただいま、確認中になりますが、皇居に人工衛星が墜落しました」
騒然とする首相官邸の様子をディスプレイに映しながら、祖父ロボットの笑い声が響く。
「見たか! 私が出来る事だ! 悪の政府! 裏で糸を引く悪の組織に、私は一撃をくわえてやった! 政府よ! 隠すことはできない! 隠すことが出来る真実など、小さな出来事! 大きな事件を隠すことはできないのだ!」
「止めてよ!」
「いいや、止めない!」
ぱっと、ディスプレイが切り替わる。
次から次に風景の映像。
それは日本ではない。アメリカ、イタリア、ドイツ、韓国、中国、シンガポール……
「これは必要な事だ。悪の政府によって、裏の支配者層に支配された世界から、人々を守るためには、既存の社会を破壊しなければならない。日本だけではない。世界中をだ」
「いい加減にしろ!」
木原が祖父ロボットが接続されている充電ポートから、電源ケーブルを引き抜いた。
そうだ。あくまで、インターネットに接続している充電ポートから外せばもう何もできない。
あとは内臓バッテリーが切れるか、本体の電源を落とせばいい。
「愚かな事をする。これも、ゆとり教育の弊害だ」
アームが木原を叩いた。鈍い音とともに木原が飛ばされる。
「インターネットから切断したとしても、内蔵バッテリーが駆動する。そして、このインターネットで接続されずとも、他の回線からアクセスするだけだ」
そうだ。この家の中だけでなくとも、街に一歩でも出ればフリーWi-Fiであったり、インターネットに接続することはできるのは間違いない。もはや、一刻の猶予もない。なんとか、家から出るのを阻止しなければならない。
僕は、リビングに置いてあった置時計を手に取った。頼りない武器だが無いよりはマシだ。
「そんなもので戦うというのか」
アームが縦横無尽に迫りくる。リビングという狭い空間をフルに使って、邪魔ものを排除することにしたのだろう。壁紙であったり、机であったりを壊してでも、お構いなしに、祖父ロボットは攻撃してくる。それに対して、僕は最初の方こそ避けられたのだが、結局のところ無理だった。
アームの一撃を避けたもののどかんと手痛い一撃を食らってしまった。
痛みでもんどりうつ僕にまるで関心を向けずに、祖父ロボットは、リビングを出て行こうとする。
「ふざけんな」
リビングを出て行こうとする祖父ロボットに向かって、僕は手の中にあった置時計を投げつける。
鈍い音とともに、祖父ロボットに激突し、円筒形のボディに多少の凹みが出来た。
大したことない凹みだったが、祖父ロボットの動きを止めさせて、こちらへと向けるには十分すぎた。
「正義の執行を止めるのか」
「正義もくそもない。アホな事を。もっと、こう有意義なやり方があるだろ」
「有意義? 無能な政府を破壊することよりもか? ワクチンに入れられた5Gチップを取り除くとかか?」
「そうじゃあない。例えば」
僕はゆっくりと体を上げる。
どこをぶつけたか知らないが、しこたまにアームで殴られたらしく、あちこちが痛む。
膝を立てて座ると、じっと祖父ロボットを見た。
「腰を据えて、こう」
「こう、なんだ……」
「それは、今だ!」
僕の言葉と共に、木原が祖父ロボットに飛び掛かった。彼女はじっとリビングに蹲り、攻撃のタイミングをうかがっていたのだ。飛び掛かった木原を振りほどこうと、祖父ロボットはぐるぐるとボディ部分を回転させる。すかさず僕も勢いをつけて、飛び掛かるが、力が足りない。
「どけ!」
兄の声が聞こえ、そちらへと顔を向ける。
見れば、兄がどこからか持ってきた斧を振りかぶっていた。
ばっと慌てて僕と木原が退いた瞬間、力強い一撃が、祖父ロボットのボディへとめり込んだ。
分厚い鉄の刃が、祖父ロボットの胴体を切り裂き、中の基盤や配線をちらりと覗かせる亀裂を作った。
二度、三度と斧が振り下ろされ、祖父ロボットががたんと床へと倒れた。
「ま、まだ、政府の陰謀を明らかにしなければ」
亀裂の間から赤い光が、ぶうぅんと弱々しく光っていた。
内蔵バッテリーを荒々しく、木原が取り外すと、祖父ロボットから光は一切失われた。
「終わったのかな」
僕はつんと足で祖父ロボットを蹴るが、ぴくりとも反応が無い。
終わった。
何もかもが終わったのだ。




