コンピューターおじいちゃん3
KU-2025-1と刻印された円柱状のボディを見ながら、僕は朝食のトーストをテーブルの上に置いた。
「俊彦、イチゴジャムとマーガリンはいるか?」
円柱の側面に取り付けられたモニターに浮かぶ祖父の顔が疑問の顔を見せながら、スピーカーで僕に聞いてきた。そのモニターの少し下の両サイドには、多関節式のアームが伸びており、その一方のアームの先には、イチゴジャムの瓶と、マーガリンの箱が載っていた。
僕は、ゆっくりと恐る恐る腕を伸ばして、イチゴジャムの瓶を手に取る。すると、絶妙にバランスを取りながらアームが上下する。精巧なスタビライザーというか、ジャイロと言うか、バランサーというか、ともかくセンサーが積まれているのはよくわかった。
そして、ジャムをスプーンですくうと、少し乱暴にアームの上にジャムの瓶を置いた。
が、それも苦ではないようで絶妙にバランスをとった。
「そう、乱暴にするものじゃあない」
機械の祖父は、そう言った。
奇妙な感じだった。
祖父と便宜上、呼称はするのであるが、どうとも祖父とは呼び難いものが心にあった。何故ならば、目の前にあるそれは、プラスチックの円柱であり、機械であり、言ってしまえば、ロボットだ。人造人間として、人間の形に似せてあるならともかく、円柱状では人間として見る事は出来ず、ただの機械にしか見えない。人間らしいと言えば、そのモニターに映った3Dモデルの顔くらいなものだ。
円柱の下部にあるタイヤか何かでずずずっと滑るように動き、冷蔵庫の前に行くと、アームを器用に使って扉を開け、その中にイチゴジャムとマーガリンを戻していく。あまりにも器用すぎた。
「どうだ? 最新型の移動式万能ロボットだ」
自慢げに話す父はスーツを着て、足元にはキャリーケースを置いていた。
「友人が作った試作機のうちの一つでな。家の中の事ならなんでもできる万能タイプだ。ミスターハンディと呼んでいたが、名前はどうでもいい。このモデルは、人工知能を、いわゆるAIを搭載することで、個人の嗜好とかを完璧に模倣できる、だから」
「これにお爺ちゃんの代わりとして、面倒を見てもらえって?」
「そうだ。悪くない考えだろ? 博之」
父は、満足げにそして自慢げな笑みを見せた。が、頭を抱えたくなった。
どう考えても無理がある。例え、人工知能が完全にお爺ちゃんを再現していたとしても、このいかにもなロボットタイプで第三者は祖父として納得してくれるのだろうか。いや、難しいだろう。確かに家事洗濯をしてくれるとは言え、これではとてもじゃないが保護者としての役割を果たせるとは思えない。
それは兄も同様であったが、言い出せないでいた。もしも、ここで異議を唱えたりしたら、父は「じゃあ、アメリカに行くか」と渡米を決断するか、それか、九州の母方を頼って引っ越しを言い出すに決まっていた。それがわかっていたから、兄も言い出さない。
それは僕も同じだ。
「うん、そうだね」
適当に相槌を打つしかなかった。
それを聞いて満足したのか、父は僕と兄を抱きしめた後に、家を出て行った。また、再び、アメリカに戻るそうだ。
家の前でそんな父の様子を見送って再び、祖父ロボットを見る。なんというか、祖父として見ることは出来ない。かといってロボットと言い切ってしまうのも問題がある気がした。ロボットの中に入っているのは、人工知能と言えども祖父の思考であり、また、モニターに映った祖父の顔を見ると、なんとも言えない気がする。
そこで、祖父ロボットと呼称することにした。
少なくとも、本人と言うか、祖父ロボットのいない前では。
「やれやれ、一体どうしてあんなものを持ち込んだんだ?」
兄は不機嫌そうに口を開いた。ロボット、それも祖父の代役という概念が、兄にとってもおかしなものだったようだ。
「分からない。とにかくお父さんが、それで祖父の代わりになると思っているらしい」
「ああ、そうか」
兄は溜息をついた。
「ま、何にしてもこいつがいれば、アメリカにも九州にもいかなくても済むんだ。しばらく様子を見よう」
僕も兄の考えには同意をしていた。このまま、ロボットが祖父の代役をしてくれるのであれば、このままの日々が続くのだ。であれば、それに反対する必要もない。下手に反対すれば、僕も兄もアメリカに行くか九州の田舎へと行くことになるのだった。
不気味なロボットとは思いながらも、そう思うしかない。
僕はそう硬く考えながら、学校へと向かった。
「あのさ。どしたん?」
その日の放課後、木原唯が声をかけてきた。
「めっちゃ深刻そうな顔をしてるやん」
「うん、実はね」
僕は木原に隠す事なく伝えた。初めの頃は、真剣に聴いていた木原であったが、終わりの頃になると、どこか信じられないと言うように、笑みが浮かんでいた。
「絶対に嘘だよ」
説明を聞き終えた木原はそう言った。反論できなかった。説明している側としても、なかなかに信じることができない事案でもあるので、どうのしょうもない。実際に見ていたからこそ、僕も説明したが、見てもいない木原が納得できるとは思えない。
となると、木原に見せて納得してもらうしかない。
そう考えて、僕は木原を放課後、家に呼ぶこととした。
「やぁ、ようこそ、いらっしゃい」
出迎えてくれた祖父ロボットがそう言った。それを見て、木原がどんなリアクションをしたのかと言うと、とても信じられないといった面持であった。しかし、同時に呆気にとられたというような表情でもあり、簡単な挨拶をした後に部屋へと同行する。
「なんなのアレ!?」
「おじいちゃんだよ」
「まさか!」
驚きの声をあげた途端に、部屋に祖父ロボットが入ってきた。アームには器用にもお盆が載せられており、そこには二人分のジュースとお菓子があった。てきぱきとジュースとお菓子を置くと、祖父ロボットは部屋を出て行く。
「中に誰か入ってるとか?」
「そんなのじゃないよ」
僕は事の経緯を伝えた。初めの頃は疑いの目を向けていた木原の顔色は七色に変わり、最後にはまた再び驚愕という顔で終わった。そして、ジュースを一口飲むと、深いため息を吐き出す。
「でも、良かったじゃあないか。君はこれで引っ越ししなくて済むんでしょ?」
「それはそうなんだけど、そんなにうまくいくとはとても思えないんだよね」
「どうしてよ」
「だって、法律的にみてもロボットだ。保護者としての役割なんて果たせないよ。保護者のサインもさ」
「でも、保護者の同意とかサインなんて、アメリカに行ったお父さんがすればいいじゃない」
「そういう問題かなあ」
腑に落ちない僕に木原は、大丈夫だって、と無責任と願望が混ざった言葉をかけてくれるのだった。
それから木原は軽く勉強をして、ゲームをした後に帰っていった。それと入れ替わりに兄が帰宅し、その頃には、祖父ロボットが夕ご飯を作ってくれていた。夕ご飯は豚肉の生姜焼きである。なんてことないままに、食事を終えて、一日が終わる。
風呂上がりにお茶を飲みにキッチンにいった時だった。
祖父ロボットがステーションへと収まっているのが目に入った。
祖父ロボットは充電式である。故に、一日のうちに何度か、ステーションへと収まっている間に、充電し、また、再び家事を行うのだ。さらにすごいのはこの充電の為、ステーションへと接続している間に、インターネットに接続し、情報を収集であったり整理する、らしい。
父親から聞いたのはそんなスペックだった。
電気の消えたキッチンで、ピカピカと光る祖父ロボットのLEDが点滅するのを見て、僕は一抹の不安がよぎった。
しかし、その不安というのはなんなのかわからず、お茶を飲むのは辞めて、部屋に寝に行った。




