コンピューターおじいちゃん2
別に祖父が死んだからと言って、学校に行かなくていいわけではない。
毎朝、決まった時間に起きて、出て、学校へと向かう。忌引きの間は、休むことができたが、実際に休みをとっていたわけではない。葬儀やらなんやらで休む暇はなかったのが実際だ。それでも、その間に授業は進んでいるので、休んでいる間の板書はとれない。
だが、僕は恵まれている。
「おっす。トッシー」
中学校の机の上に鞄を置いたとき、後ろから声をかけられた。
見れば、ジャージの上だけを羽織った眼鏡の女子がいる。
木原唯。クラスメイトだ。女子陸上部であるので、朝早くから学校に来ている。ジャージの上を羽織っているのは趣味と本人は言っているが、僕はそれがただの寒がりであるが故と、朝練の後にシャワーを浴びて湯冷めするのが嫌だからというのを知っている。
「おはよう、木原」
「元気ないじゃん。どしたん? 話きこか?」
「別に大丈夫だよ。あ、これ、返すよ」
僕はそう言うと、鞄の中からノートブックを取り出して、手渡した。
僕が恵まれていると思っているのは、木原唯という友人がいるからだ。この木原というのは、陸上部であり、交友関係が広い。それだけでなく、頭もいいので授業のノートであったりなんだったりを、貸し借りする仲の良い友人だ。
受け取った木原は中身をパラパラとめくると、満足そうに閉じる。
「確かに、ノートは問題なく返してもらったよ」
「僕を何だと思ってるんだ」
「んー……クラスの人気女子のノートに興奮する変態、とか?」
「なんだそりゃ」
少しばかり気が紛れ、僕は笑った。それをみて、木原も安心したらしく、近場の机に寄りかかった。
「それで、どうしたんだよ。お祖父さんの遺産でも入ってきて、ウハウハと思ったら、借金も判明したってところか?」
「まさか。そんなんじゃないって」
僕はしばらく、沈黙して、それでも追及が止まないことを予感して、観念したように事情を説明した。祖父が居なくなったことで、僕達兄弟の保護者が不在となり、その結果、海外に転校する可能性があるということだ。話しているだけでも、事情が再確認できて、現実的な問題が目の前に現れてくる。
そこで教師がやってきて、朝礼が始まった。
話の続きは後で、ということになったが、僕の頭の中は、午前中いっぱいは授業の問題や内容よりも、目の前の現実問題で埋め尽くされていた。どうしたものかわからない。どうすればいいのかもわからない。わからないばかりが増えていく。
「別にアメリカに行ってもいいんじゃない?」
「そう、軽く言うなよ」
昼休みの後、弁当を食べた後に、木原はそう言った。事情を知った他のクラスメイトも、それに同調する。
彼らの頭の中にあるのは、アメリカでの華々しい生活らしく、どちらかというと、うらやましいというのが本心にあるようだった。もちろん、それと同時に、寂しくなるというような感情もあるようではあるのだが、やはり、今後の進路のことを考えると、日本の大学とかに進むコースよりも、一足飛びにアメリカの教育を受けられるような、海外の教育を受けられるようなコースを選ぶのは魅力的に映ったのだろう。
「くそう、相談する相手を間違えた」
そうぼやきながら、僕は学校から帰った。
最も、本気でそう思ったわけではない。僕が逆の立場だとしたら、木原や他のクラスメイトの誰かがアメリカや海外にいくというのは、どこか羨望のまなざしで見たはずだ。だから、ある程度の理解はできる。
そもそも、誰かに答えを求めてしまったというのも僕の悪い所だ。
今までは迷ったら祖父に聞いていた。今後はそういう事ができない。
「おう。俊彦」
家の前で父が立っていて、声をかけられた。家の前にはやけに大きなトラックが一台停まっている。
僕が少し警戒したのは父一人ではなく、傍には別の男もいたからだ。
父は男といくらか親し気に話をした後に、別れ、トラックが走り去っていくのを見送った。
「今の人、誰?」
「あぁ、父さんの知り合いさ。ロボット学に詳しい奴でな」
「なんで? 何か用だったの?」
「そうだな、博之が帰ってきたら説明するから、少し待っていてくれ。これで、マクダウでも行っていなさい」
そう言って父が渡してきたのは、マクドナルドの株主優待券だった。
アメリカ生活の長さが、父親からマクドナルドの発音が変わっている事も気になったが、ひとまず、僕は最寄りのマクドナルドに向かって時間を潰した。兄にもすでに父から連絡が行っているようで、一緒になってマクドナルドで時間を潰すこととなり、それから、ようやっと父から帰宅しても良い、と連絡が来たのは、すでに八時を回ったくらいだった。
宿題も予習復習も完全に終わった僕と兄は、マクドナルドで満たされた胃袋をさすりながら家に向かった。
「何考えてんだろな」
「さぁ? アメリカで毒されたんじゃね?」
「そんな」
「でも、実際、そうじゃないか? だって、もう長い事アメリカだぜ?」
「それは、そうだけど」
「よくよく考えると、あれなんだよな」
信号待ちで、足を止めたとき、兄はぽつりと呟くように言った。
「母さんが生きていた時に、俺たちも一緒にアメリカに行けば、こんな事はならなかったんだよな」
「そうはいってもさ。その時その時があるだろ」
「まぁ、それはそうだけどさ」
信号が青に変わり、再び歩き出す。
しばらくの間、何が家で待ち受けているのか考えながら、ずっと沈黙して歩き、家に着いた。
家の前では父親が疲れ切った顔で立っていた。
「入れ」
やけにぶっきらぼうに父に言われ、むすっとしながらも、僕と兄は家の中に入った。
『お帰り、二人とも』
家の中、玄関を入ってすぐには、祖父がいた。
いや、祖父の顔がディスプレイに映ったロボットだ。
「これからは、このおじいちゃんが、二人の面倒を見てくれる」




