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 その背を神妙な面持ちで見送ったあと、シブキはコンビニの前を守る勇輝に合流する。勇輝の闇色の瞳が少し不安げに揺れた。


「……今のは」

「近くの広場でクレナイスズメが出たらしい。もう被害者が出てるから、グレンと日向が向かってる。俺たちはここで見張りだ」

「クレナイスズメ……か」

「嫌な予感はするよな。ついこの前の特異個体も――」


 シブキの言葉がそこで途切れた。


 見開かれた海色は一点を、群衆の真ん中を捉えている。心臓が警鐘を鳴らしている。


 彼の視線の先、その先で確かに、波動が揺れていた。静かな水面に落ちた一滴の雫が波紋を広げていくように、ぐらりと、空間が歪むような感覚。


 本来なら前触れがあるはずだ。あるはずなのに、それもなく、二組の龍と龍使いに気づかせることもなく、龍使協会の誇る波動探知機さえ欺いて――異獣が、顕現した。


 群衆が逃げ惑う。その中で一人、幼い少女が転んだ。


 散っていく人々の中、一人取り残された少女に異獣は――五体目のオオアゲハは狙いを定めたらしい。小さな体の前に立ちはだかり、両翅を大きく広げる。


 威嚇の姿勢。


 オオアゲハが翅から毒液を撒き散らす直前に見せる行動である。


 怪蝶が攻撃態勢をとる一瞬前に、水龍は動き出していた。軸足に全ての力を集中させて地面を蹴る。走る。間に合わなかったら? そんなことを考えている余裕などない。今はとにかく、守ることだけを考える。


 ギリギリのタイミングで、シブキはオオアゲハと少女の間に滑り込んだ。


 ここから取るべき行動は一つ。自分とオオアゲハを隔てる障壁(ウォール)を生成し、毒液を無効化すること。しかしその技を使えるほどの時間はなかった。


 こうなれば少女だけでも。迷っている時間も当然、ない。敵から視線を逸らさず、右手に剣を握り、空いた左手を背中に庇った少女の方へ伸ばす。


「"シールドバブル"」


 早口の詠唱とともに完成したドーム状の水の防壁は、少女をすっぽりと包み込んだ。


 防壁の生成よりも守れる範囲は狭いが、これならオオアゲハの攻撃に間に合う。少女を守るために走り出したそのときから、シブキは己が身を捨てる覚悟だった。


 オオアゲハが羽ばたく。毒液が舞う。


 少女を庇って立つシブキに盾はない。咄嗟に右腕で口元を塞いだものの、毒は完全に浴びている。


「――く、」

「シブキ!」

「ひっ……!」


 相棒の悲痛な声が聞こえた。背後からも幼い少女の悲鳴が上がる。しかしそれでもシブキには、自分の心配をしている余裕はないのだ。


 剣を振りかざしてオオアゲハを牽制し、振り向くことなく少女を諭す。


「早く母さんとこまで逃げな。俺がなんとかするから」

「でも」

「俺は大丈夫だから、早く!」

「…………う、うん……!」


 恩人に急かされて、少女は意を決して逃げていく。彼女を守る青いシールドはまだ消えない。


 彼女とオオアゲハとの距離が十分できたのを確認してようやく、シブキは守りの泡を解除した。


 水龍のタンザナイトが、怪蝶の複眼を睨む。


「さて――容赦はしねェぞ」


 冷たい低音で宣告したシブキは再度、駆ける。剣先に陽光が反射して軌跡を描く。

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