7/11
すでに一走目を走り終えた勇輝は、まだ順番待ちの相棒のもとにふらりと立ち寄った。
「お、勇輝。お疲れ」
「ああ。……抑えろよ、シブキ」
「わーってるって。ボロは出さねーよ」
龍であるシブキは、当然人間よりも身体能力ははるかに高い。おまけにシブキの得意とする戦闘スタイルは、素早い動きで敵を翻弄しつつ的確な一撃を見舞うスピード型だ。
百メートル程度、普通に走ればとんでもない数値が出てしまう。むしろ教師の肉眼で確認できないということすら有り得る。
しかしあくまでシブキは人と偽って在籍しているので、うっかり人間離れした能力を見せてしまうわけにもいかない。
「……そろそろお前の番か。じゃあ、頑張ってな」
「加減を、な。……さて」
前に並んでいた生徒が走り出す。速度はそこまで速くない。あそこまで遅くはできないが、人間の体で出せる範囲の速さならギリギリ怪しくないはずだ。
スタートラインに立つ。普段は無駄な動きもなしに立った体勢から走り出しているから、わざわざしゃがんでフォームを整えるというのは新鮮だった。
「位置についてー……」
フラッグを渡された生徒が声を張り上げる。それを聞きながら、ゴールラインに目線を向ける。
「よーい、ドン!」
合図からほとんどラグもなく、シブキのシューズが地面を蹴った。隣にいた生徒は彼に追いつけそうにない。
本人としてはかなり抑制している方である。一般人が目視できるスピードでしか走っていない。しかしそれでも常人を優に超える速さなので、自然と周囲の注目を集めてしまう。
シブキのフィニッシュと同時に、ゴールラインでストップウォッチを握っていた体育教師が息を呑んだ。教師は感動と興奮を抑えきれない様子で、シブキにタイムを告げる。
「すごいな龍魔、十秒零二だ……! 代表選手も夢じゃないぞ!」
「あー……ありがとうございます」
対するシブキは、やっちまったかなという表情で答えた。それだけのスピードで走っておきながら、息切れ一つしていないことがバレなかったのは不幸中の幸いだ。
走り終わって戻ってきたシブキを、二走目を待っていた勇輝がじとっと見る。
「……シブキ」
「これでも一割出してねーんだけど」
「わかってる。本気を出せばこの程度、一秒もかからないだろう」
「そりゃ、まあ」
潜められた声に呆れの色がたぶんに混じっている。しかしシブキとしても、これ以上の加減は難しいのだ。
そんなシブキのもとに、御神楽と谷崎が近づいてきた。
「すっごいね、龍魔くん! ね、勇輝、見た?」
「ああ」
きらきらと子どものような笑顔で、御神楽は笑う。
対する谷崎は冷静に、しかしににこりと笑って話しかける。
「本当にすごいね。龍魔くん、陸上やってたのかい?」
「いや……まあほら、俺、勇輝と同じ治安維持の仕事やってるし。走ることとか多いしさ」
「なるほどね、さすがだ」
どこか探りを入れようとしているような様子だ。普通に見ていればそんな気配は微塵も感じさせないが、シブキと勇輝が視ているのは表情ではなく波動である。何か良い動機で近づいてきたのでないことは明白だった。




