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 すでに一走目を走り終えた勇輝は、まだ順番待ちの相棒のもとにふらりと立ち寄った。


「お、勇輝。お疲れ」

「ああ。……抑えろよ、シブキ」

「わーってるって。ボロは出さねーよ」


 龍であるシブキは、当然人間よりも身体能力ははるかに高い。おまけにシブキの得意とする戦闘スタイルは、素早い動きで敵を翻弄しつつ的確な一撃を見舞うスピード型だ。


 百メートル程度、普通に走ればとんでもない数値が出てしまう。むしろ教師の肉眼で確認できないということすら有り得る。


 しかしあくまでシブキは人と偽って在籍しているので、うっかり人間離れした能力を見せてしまうわけにもいかない。


「……そろそろお前の番か。じゃあ、頑張ってな」

「加減を、な。……さて」


 前に並んでいた生徒が走り出す。速度はそこまで速くない。あそこまで遅くはできないが、人間の体で出せる範囲の速さならギリギリ怪しくないはずだ。


 スタートラインに立つ。普段は無駄な動きもなしに立った体勢から走り出しているから、わざわざしゃがんでフォームを整えるというのは新鮮だった。


「位置についてー……」


 フラッグを渡された生徒が声を張り上げる。それを聞きながら、ゴールラインに目線を向ける。


「よーい、ドン!」


 合図からほとんどラグもなく、シブキのシューズが地面を蹴った。隣にいた生徒は彼に追いつけそうにない。


 本人としてはかなり抑制している方である。一般人が目視できるスピードでしか走っていない。しかしそれでも常人を優に超える速さなので、自然と周囲の注目を集めてしまう。


 シブキのフィニッシュと同時に、ゴールラインでストップウォッチを握っていた体育教師が息を呑んだ。教師は感動と興奮を抑えきれない様子で、シブキにタイムを告げる。


「すごいな龍魔、十秒零二だ……! 代表選手も夢じゃないぞ!」

「あー……ありがとうございます」


 対するシブキは、やっちまったかなという表情で答えた。それだけのスピードで走っておきながら、息切れ一つしていないことがバレなかったのは不幸中の幸いだ。


 走り終わって戻ってきたシブキを、二走目を待っていた勇輝がじとっと見る。


「……シブキ」

「これでも一割出してねーんだけど」

「わかってる。本気を出せばこの程度、一秒もかからないだろう」

「そりゃ、まあ」


 潜められた声に呆れの色がたぶんに混じっている。しかしシブキとしても、これ以上の加減は難しいのだ。


 そんなシブキのもとに、御神楽と谷崎が近づいてきた。


「すっごいね、龍魔くん! ね、勇輝、見た?」

「ああ」


 きらきらと子どものような笑顔で、御神楽は笑う。


 対する谷崎は冷静に、しかしににこりと笑って話しかける。


「本当にすごいね。龍魔くん、陸上やってたのかい?」

「いや……まあほら、俺、勇輝と同じ治安維持の仕事やってるし。走ることとか多いしさ」

「なるほどね、さすがだ」


 どこか探りを入れようとしているような様子だ。普通に見ていればそんな気配は微塵も感じさせないが、シブキと勇輝が視ているのは表情ではなく波動である。何か良い動機で近づいてきたのでないことは明白だった。

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