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「世辞はよせ。俺より速いヤツなんざいくらでもいる。油断してっと足元掬われんぞ。……何はともあれ、お疲れさん、相棒。とっとと帰ろうぜ」
ため息をついて踵を返す片割れを、紫の青年は冷静な瞳で見つめている。
「……おーい、勇輝。帰んねーのか?」
「帰るさ。いや、やけに不機嫌だと思ってな」
「お前、わかって言ってんだろ。見世物になんのは好きじゃねーんだよ。それにこういう、人の命がかかってる戦いを茶化す連中にゃ腹が立つ。散々罵ってたくせに、掌返して英雄扱いだ。そろそろ手ェ出そうなんだよ」
「そんなところだろうとは思った。俺もこういう騒々しいのは好かない。…………ん」
紫の青年は違和感を覚えてさっと振り向く。彼の射るような視線は、公園外周の茂みを突き刺している。
「何のつもりだ。もう百々目鬼は討伐した。隠れていないで出てこい」
威嚇にも似た低い声で紫の青年がそう命ずると、茂みからひょこっと少女が顔を出す。さっき青の青年が助けた彼女だ。年齢は、青年二人とそう変わらないくらいだろうか。少女は少し恥ずかしげに、おずおずと二人の前に出てきて、重い口を開く。
「……あ、あのっ」
「あれ、お前さっきの?」
「そう、です。えっと、助けてもらった、田村由紀って言います」
たどたどしい口調で少女は名乗りを上げる。緊張しているのを察してか、青の青年は表情を和らげ、優しく笑った。
「由紀、か。まあ仕事だし、礼はいらねぇさ。この辺にはあーいうバケモンもたまに出るからな、これからは気ィつけろよ」
そう言って青年はその場を去ろうとするが、「待ってください!」と由紀に引き止められて立ち止まる。
「ん? なんだ?」
「…………」
少しびっくりした様子で振り返る青の青年の隣で、紫の青年は静かに由紀の次の言葉を待っている。どこか威圧感を帯びた眼差しだ。由紀はその目に一瞬怯みかけたが、意を決して声を出す。
「……お名前、聞いてもいいですか?」
やっとのことで絞り出したのがそんな他愛もない言葉だったもので、青の青年は思わず頬を緩める。
「ああ、構わねーよ。俺は龍魔飛沫。で、こっちが相棒の黒神勇輝だ」
「……リュウマ、さん」
「シブキでいい」
一風変わった名前ではあるが、由紀はその響きを好ましく思ったようで、自身に刻み込むように反芻している。
そんな彼女をシブキが微笑ましく見ている一方、勇輝は何やら不吉なことに気がついたらしく、そっとシブキに耳打ちした。
「……おい、シブキ。これはまずいぞ」
「オメーは何を警戒してんだよ」
「この天然たらしが……」
「知らねーよ」
「あの!」
「……お?」
二人のやりとりに由紀が割り入り、ぱっと顔を上げてシブキと目を合わせる。随分と真剣な表情に、シブキの方は若干気圧されている。
「助けてくれて、ありがとうございます、シブキさん!」
言い終わると丁寧に頭を下げ、全身で感謝の意を表した。険しい顔で言われるのが謝礼だとは微塵も思っていなかったシブキは、不意を突かれて笑いを漏らす。
「ははっ、いいって、気にすんな。言ったろ? バケモノ退治は俺らの仕事、人を助けるのは当然のことさ。……ああ、そうだ」