第26.5話 和井喜々学園の日常1 転入挨拶
占い娘視点の番外編です。
夏休みが、もう終わろうとしていました。
貧乳派と巨乳派の戰いが終わった翌日のことです。
今日じゅうには、私は仲間たちと未来に帰ります。
でも、その前に、私は好史さんと楽しくおしゃべりをしようと考えたのです。
本当なら、少しでも未来への影響を避けるために、決着がついた直後に帰らなくてはいけなかったのです。だけど私はまたしても師匠に逆らい、一日だけ猶予をもらいました。
そんなわけで私は、漆黒の占い装束に身を包み、年上のアロハシャツ男を正面に、ファミレスドリンクバーを満喫していました。
占い娘すぺしゃるミックスティーは、禍々しい色をしていると人から言われますが、かなり美味しいのです。未来に帰ったら、もうこれと全く同じものを味わえないと思うので、寂しいです。
私がストローで紫っぽい液体を味わっていたところ、好史さんはウーロン茶を振り回し、氷でカラカラと音を立てて、言いました。
「ところで占い娘よ、貧乳学園でのお前たちの生活ぶりってのは、どんなだったんだ?」
「なんでそんなことをきくんですか?」
私がそう簡単に自分のプライベートをペラペラ喋ると思ったら大間違いです。自分のことを語るときには、すごく覚悟して喋っているのに、そのことに気付きもしてくれないなんて、ひどいアロハです。
そこで私は、ひねくれた根性をいかんなく発揮します。
「変態に話すことなど何も無いのです。だいたいにして、私たちの話をせよということは、私以外の、たとえばナツキちゃんとか篠原とか、小川ちゃんとかの話もすることになるじゃないですか。本人のいないところで他人の日常生活をペラペラしゃべるなんて、私の正義に反します」
「タダとは言わないからさあ、頼むよ占い娘。デザート頼んでいいから。おごるから」
なるほど、私も折れました。
「私の話をきいたからって、変態な想像しないでくださいよ?」
「えっ、お、おう、ずいぶんあっさり寝返るもんだな」
そこは私がひねくれ者なので仕方のないことです。
実を言うと、私はこの質問を待っていたのです。
他人の日常生活を、自分から「きいてきいて」とばかりに話すことは、私からはできません。
夏姫ちゃんとかなら、ペラペラと話しまくるのでしょうが、性格的に難しいのです。
別に未来の法律に触れるとかそういうことじゃなく、プライベートトークにおいて自分から話題を振る勇気がないだけなのです。
陰キャっていうんですか? 知りませんけど。
「でも好史さん、一つ言わせてください」
「なんだよ」
「寝返るというのは人聞きが悪いですね。別に私は誰とも味方になってないですから、寝返るも何もないのです」
「友達できなかったんだな。かわいそうに」
冗談っぽい口調でしたが、その言葉、めちゃ刺さります。
「そそそ、そんなわけないじゃないですかあ。ナツキちゃんとか、友達ですよ」
「そうかぁ? あんまり一緒にいるところ見なかったけどなぁ。むしろ、夏姫はアキラと一緒にいることが多いよな」
「ですよね……」
私は力なく俯くしかありません。
本当なら、もっとみんなと一緒にいたかったです。
一緒に遊んでいたかったです。
だけど、一日しかもらえなかったので、好史さんを選んであげたんですよ?
夏姫ちゃんと最後の日を過ごしても良かったというのに。
そんなことも知らずにこの男ときたら……。
私がどんより俯くと、好史さんは焦りました。
「やっ、別に言いたくないことは言わなくていいぞ。そうだ。愚痴でも何でもきいてやる。アキラの学園での蛮行とかさ。あいつは許せないんだよなぁ、貧乳に囲まれていながら『ストレスたまる』とか何とか言ってきてさ」
「そうはいっても、ガルテリオさんの洗脳から解き放たれましたからね。これから好みも変わるかもですよ?」
「そうだな。そうそう。それじゃアキラの野郎を中心に話してみるってのはどうだ? ほかの貧乳にはリスペクトが必要だが、あいつだったらカゲで何を言われたって仕方ないからな!」
「そうですねぇ……」
そして私は話し始めたのです。アキラくんが転入してきてからの、学園の日々を。
大平野好史さんは目を輝かせながら私の話に耳を傾けました。
☆
私とアキラくんとの出会いは、六月。
もうこの頃には氷雨さんが転校して、学園からいなくなっていた頃ですね。
学年は違うとはいえ、二人は入れ替わるような形でしたから。
私の所属していたクラス、二年A組にアキラくんが転入してきたのは、蒸し暑い晴れの日の朝でした。
彼の女装は完璧でした。見事なショートカット美女でした。
しかも愚かなことに胸を盛って、巨乳を装っていました。
蒸し暑さや転入生挨拶というシチュエーションにおける独特の緊張感にプラスして、自分が男だとバレたらどうしようという恐怖感にまみれながら、彼はあっという間に汗だくです。
スーツを身に纏った厳しめの女性担任教師から「転入挨拶です。自己紹介をして下さい」という言葉を受けて、目を泳がせながら自己紹介を始めようとした彼を見た時、私は、一瞬で彼が男であることを見破りました。
もちろん女子の制服を着ていたし、見た目はそんじょそこらの女の子よりも女の子してますけど、普通の女子はダマせても、私はダマせません。
彼は昔から、女顔だと言われることが多々ありました。赤ん坊の頃から「可愛いお嬢さんですね」などと道行く人に声をかけられるほど愛らしかったのです。それはもう、テーマパークで風船をもらう時はいつも赤色のものを渡されるほどに。
何でそんなことまで私が知っているのかといえば、当時は壊れながらもまだ使うことができた一代目の水晶玉ちゃんが教えてくれたからです。
とにかく、そういった女っぽい特徴があるために、彼が自分を主張するときは、
「おれの名前は天海晶です」
などと自分のことを『おれ』と言うようにしていたのです。
女みたいな高い声を持ち、可愛いらしい顔を持ちながらも男であることをアピールするためでした。
しかしながら、ここは自己紹介の場面です。男とバレたら終わりの縛りがあるなかで、初手としては悪手であることは言うまでもありません。彼は焦りました。
――いきなりばれたらどうしよう。
――疑われてしまったらどうしよう。
それでも、気を取り直して、「親の事情で、転入してきました」と、彼は言いました。
親の事情とは、彼の父親、ガルテリオさん――当時はテルオと名乗っていた――がバクチで激しく負けた借金を女子高のお偉いさんに肩代わりしてもらうことになって、その上で女装している彼がこの学園に転入し教師連中に男であることがバレなければかなり多額の報酬が与えられる、というもの。
逆に男であることがバレてしまったら、今度はそのお偉いさんに対して莫大な負債を背負うことになるという話になっていました。つまり、彼の父親は息子を使ってバクチをすることにしたわけです。
この話が巨乳派の嘘であったのは、もうご存知のことでしょう。ただ、この時に私の水晶玉から提示された情報では、そうなっていましたね。今思うと、世界巨乳化委員会の猫さんたちに情報を偽装されていたのに気付かなかったんですよね……。
場面を自己紹介のところに戻しましょう。
アキラくんが「よろしくお願いします」と赤面しながら頭を下げたとき、カッコイイ系の担任女性教師がこう言いました。
「えー、天海さんは、今まで海外暮らしが長かったため、何となく慣れないことも多いかもしれません。いじめないで仲良くするんですよ」
その時、アキラくんは大変驚いた顔をしました。心の中で「海外暮らし?」と叫びながら狼狽しているに違いありません。
なぜなら、彼はこの国から一歩も出たことなどなかったからです。
何もかも嘘まみれ。世界巨乳化委員会。悪い人たちですよねぇ。
そして、女性の担任教師は後方の空席を指差して、
「では、天海さんは一番後ろのあの席に座るように」
そんなわけで、彼はパッドによって盛られた巨乳を揺らしながら私の横を通り過ぎ、最後尾まで歩き、何事もなく席に着きました。
足を引っ掛けられることはなく、椅子に大量の画鋲が仕掛けられていることもなかったので、とりあえず転入生に過激なアイサツをかます学園ではないのだと彼は思い、胸を撫で下ろしていました。
彼の中での「女子高」という場所のイメージが、大変にどす黒いものだったようです。むかしの少女漫画でも読んだんでしょうか。
そして彼が女性らしい優美な動きで席に着くと、クラス全員分の自己紹介が開始されました。
「皆さん天海さんのために自己紹介ね。廊下側の最前列から始まって、最後にもう一回、天海さんね」
女生徒たちは順番に立ち上がり、彼の方を向いて自己紹介をしていきます。アキラくんは、
――うわ、女子のレベル高いな。みんな可愛いし美人だ、いやでも、何だろう、この違和感は。
とでも言いたそうな顔をして首を傾げた後、気付きました。
――あっちもこっちも、貧乳ばかりだ。三十人も女子が居るのだから二割くらいは巨乳が居てもいいものなのに、これでは折角巨乳を装ってきたのに溶け込めず、浮いた存在になってしまうのではないか。
彼が危機感を抱いた、まさにその時です。
あるポニーテール女子が彼の方を向きながら自己紹介を開始したのです。
「…………」
この時、彼は口を半開きにして彼女の姿にくぎ付けになっていました。
人見知りな女の子の、恥じらいにまみれた自己紹介。
三十人の女子の中で、人見知りポニテ女子が気になったのです。
彼女とその周り以外が、すべてボヤケて見えるような、そんな体験だったと後に彼は語っていました。
え、好史さんが氷雨さんと出会った時に似ているって?
嫌な事を思い出させないでください。
ていうか、今は天海アキラくんの話なんですから、茶々を入れないでください。
彼はポニーテール好きというわけではありませんし、もちろん貧乳好きでもありません。
彼女だけを特別視する理由が彼自身にもよくわからなかったようです。
今にして振り返れば、これも巨乳以外を愛せなくさせられた弊害ですね。アキラくんが貧乳に心を惹かれてしまいそうになると、勝手にブレーキが発動していたのです。
「わ、わたしは、小川リオ。よろしく」
恥ずかしがり屋の小川ちゃんによる、ただ一言の自己紹介。実に素っ気ないものでした。
他の女生徒がウキウキで、趣味は乗馬だとか、特技は編み物だとか、占い娘ちゃんで電話番号はどうだとか、バンドやってますだとか、海外サッカー選手に夢中だとか、アイドル推し活が生きがいだとか、お笑い大好きだとか言ってる中で、一切の自己主張が無かったものだから、気になってしまったのでしょうか。
人間というのは、ミステリアスなものに惹かれてしまうものだということは、ご存知のことかと思います。
彼とて女を演じることになってしまったとはいえ人間の男子であることに変わりは無く、まだ知り合う前の、謎いっぱいの彼女が気になってしまったのは無理もないことだったでしょう。
ただ、私も十分にミステリアスだし、たとえば「きみは何でボロボロの水晶玉ちゃんを持ってるのかな?」とかツッコミを入れてくれてもよかったのに、よりによって私と同じくらいの貧乳である小川ちゃんに惹かれるなんて、ちょっぴりむかついたのを憶えています。
ていうか、実は小川ちゃんて結構なお転婆ですからね。ただ初対面の人とか男の子をまえにすると極度に緊張しちゃうだけで、なんていうか内弁慶って感じの子なのですよ。
好史さんは、彼女のことを、すごくおとなしい子だと思ってたみたいですけど、節穴ですよ。貧乳のことは見抜けても、女の子の性格までは見抜けなかったというわけですね。
ざまあみろですね。
さて、そんなこんなで、自己紹介もラスト。女装した彼の番がやって来ました。「もう一度さっきより詳しく自己紹介して」と担任が言って、彼は
「おれは、天海アキラです。ええと……海外から来たので、ジャパニーズカルチャーについてわからないこともあるかと思いますけど、よろしくお願いします」
ウソこいて座ろうとしました。
海外暮らしなんて大ウソですが、そういう設定が担任の口から出てきた以上、それに乗っかる以外の選択肢などありません。とことん父親に振り回されてしまっているアキラくんなのでした。
しかしここで、付け焼刃の設定について、クラスの貧乳娘から質問が飛びました。
「海外って、どこに居たんですかー?」
どこにも居ませんでした。女装男は言葉に詰まりました。
答えを待たずに、別の貧乳娘が、
「その胸は本物ですかー?」
思いっきりニセモノです。女装男はまた言葉に詰まりました。
そこで、また別の貧乳娘の質問が来て、
「趣味は何ですかー?」
「音楽鑑賞です!」
と待っていましたとばかりに答えました。
そこで私も、
「何座ですかー?」
などと星座をきいてみました。突然の占い娘――つまり私――の質問に対して、女装男が返した言葉は、
「乙女座です!」
そんな感じで、自己紹介は終わりました。
☆
さて、自己紹介が終わって、最初の休み時間。
私の親友、華道部所属のナツキちゃん、本名でいうと今山夏姫ちゃんが私に話しかけてきました。
私はその時、自らの席に座ってボロボロの一代目水晶玉ちゃんを見つめていました。
は? 何で水晶玉がボロボロかって? おぼえてないんですか? 五月にうっかり変態の頭にぶつけてしまったためにテープまみれになってしまったことを。
俺が悪いのかって、なんて言い草でしょう。反省してないんですか?
まったく、好史さんは、すぐ話を脱線させにきますね。私に話してほしくないんですか? そうでしょう、話してほしいんでしょう? だったら二度と話の腰を折らないでください。
さて、彼女の接近に気付いた私が顔を上げ、そこでナツキちゃんがこう言ったのです。
「占い娘ちゃん、結局のところ、あの転入生の胸は本物なの?」
私は答えました。
「あれはパッド盛り盛り野郎ですね」
当時も私の水晶玉は機能制限されていましたが、偽乳や性別を見破るのは簡単でした。好史さんほどの精度は全然ないですけどね。
今山夏姫はフムフムと頷き、かわいらしい二つ結びを揺らしながら、
「そうかー。じゃあ、放課後にアレだね。恒例の」
そう言って、悪だくみの笑いを浮かべました。
☆
チャイムが鳴り響き、放課後になりました。
教師も出て行き、皆が下校する時間です。
冷房の切れた梅雨の蒸し暑い教室内で、女装男のアキラくんにとっては転校初日にして最悪の事件が起きたのです。
きっと彼は、「意外と、男のくせに女子高に居てもバレないものなんだなぁ」などと甘いことを考えていたことでしょう。
アキラくんが教室最後尾にある自分の席から立ち上がったその時、教室中の女子の目が彼に向きました。ざっと三十人分の、合計六十の瞳が彼を射抜いたのです。もちろん、その中には私の視線も含まれます。
「え、え、何?」
慌てた様子で周囲を見回しつつも、女っぽい動きで肩にカバンを掛けたアキラくん。
その瞬間。
数人の女子たちが一斉にアキラくんに襲い掛かったのです。
その目的は――。
「さぁ転校生! 本物の乳を見せやがれ!」
ナツキちゃんが号令をかけました。
この頃の二年A組は、ナツキちゃんがクラスのリーダー的存在であり、私が裏で色々吹き込む黒幕的存在だったのです。
貧乳学園は、貧乳以外を認めないイカれた風潮があるので、転入したばかりの生徒の乳をチェックして偽乳を暴くのは和井喜々学園の一員になるのに絶対的に必要な伝統儀式のようなものなのです。
「いじめっ? なにこれいじめっ!?」
机や椅子がが床をこする音、アキラくんの女っぽい悲鳴。「やめっ、やめて」と必死に抵抗する女装男と、鼻息荒く彼の服を脱がさんとするナツキちゃん。押さえ込む数人の運動部の娘たち。周囲を逃げられないように取り囲む残り二十人の女性たち。
総勢三十人の貧乳が、一人の男に群がっていたわけです。
ひどいイジメに見えなくもないですが、巨乳のふりをしたら、貧乳学園ではこうなるんです。
非力なアキラくんはあっという間に上半身のブレザーを剥ぎ取られ、ブラウスのボタンを素早く丁寧に外され、胸元の下着が露わになりました。そしてそこに仕込まれていた胸パッドも。
「なっ、なにするんですかぁっ」
アキラくんは、クラスメイトたちの突然の行動に戸惑いを隠せません。
ナツキちゃんが「やっぱり貧乳だったか! 転入生!」と言い放ちました。黒幕である私はウヌウヌと頷きます。
そこで役割を終えた抑え込み係のクラスメイトたちはアキラくんを解放しました。
もうその頃にはアキラくんは戦意を喪失していました。
盛り盛りのパッドが入った下着がナツキちゃんによってビリビリと破られるようにして奪われました。
そして、アキラくんの女のごとき小さな悲鳴と共に、まるで男の子の体のように平たい胸が姿を現したのです。
というか、実際男の子です。どう見ても女の子にしか見えませんけど男性なので上半身だけならば別にモザイクとか年齢制限とか要らないタイプの肉体のはずです。
だというのに、何ででしょう、女装男子が服を脱ぎかけで、怯えつつ半泣きで床に座って震えてるという光景は、何となくモザイクとか年齢制限とかかけてあげたくなっちゃうものでした。
アキラくんは両手で自分の乳首を隠しつつ、
「おれ、もう、お嫁にいけない……」
最初から行けません。ていうか、父親に無理矢理この学校に入れられた割にはノリノリでしたね。
で、教室の真ん中でアキラくんのガードを無理矢理に解いたナツキちゃんが、彼の胸をペタペタナデナデ触りながらこう言いました。
「しかし……思った以上に胸ないなぁ、天海アキラぁ」
「あなただってペチャパイですよね、今山夏姫」
顔をそむけつつ、ボソリと言い返しました。アキラくんはおっぱい大好き星人なので、貧乳には厳しいのです。
するとナツキちゃんは苦々しい表情で憤りを露骨に表現した後、悔しそうな声で次のような言葉を吐き出しました。
「巨乳はさぁ! 女とかじゃなくて、巨乳っていう生き物なんだよ!」
憎しみと憧れのあいだ、といったところでしょうか。
「ひがむのはみっともないわね、貧乳」
「天海の方が貧乳だもん」
ていうか男です。
「いや、どうかしら、今山さんも相当小さいでしょう」
「いやいや、あんたの方が小さいって」
「いやいやいや、今山さんもちょっと盛ってるでしょう?」
「いやいやいやいや、盛ってないし。てか無乳が巨乳気取るなんてさすがにダメでしょ」
「いやいやいやいやいや――」
そこでポニーテール娘が悲しげに割り込んで、「キミたち不毛な争いやめなよっ!」と叫んだので、貶め合いは終わりました。
というか、アキラくんは男のくせに、何でどっちの胸が大きいかで言い争いできたんでしょうね。て効力の高さを感じます。女装ニストの才能がすでに覚醒していると言っても過言ではありません。
アキラくんが立ち上がろうとした時、ナツキちゃんがアキラくんの耳元で、何事か囁きます。皆に聴こえないようなごくごく小さなかすれ声で、
「……ていうか、天海さ、実は男だろ」
天海アキラの体がビクッと跳ねました。図星です。
「大丈夫だ、気付かないフリしてやるから」
ナツキちゃんはアキラくんの肩をポンポンと叩きながら、彼から離れましたが、彼は冷や汗をダラダラ流し始めました。油断していたところを一気に緊張状態へと落とし込まれてしまったのです。
卒業までの女装隠蔽生活というバクチに負ければ借金が膨らみ、ピュアな私の口からは到底言えないようなアレコレをアキラくんがされてしまうかもしれないのです!
すくなくとも、アキラくんの脳裏には、そういういやらしい想像がよぎったことでしょう。
最終的に教師陣にバレなければ良いというルールだったようですが、できればクラスメイトにもバレたくなかったと思います。
初日にして、すでに精神的にだいぶ追い詰められてしまったわけです。
ナツキちゃんは素早く立ち上がり、座るアキラくんを指差します。そして、言い放つのです。
「この学校は胸パッド禁止だから!」
こうして、彼にとっては限りなく忌々しい転校初日が終わったのです。




