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ないチチびいき  作者: クロード・フィン・乳スキー
エピローグ

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35/80

第35話 ワイキキビーチでつかまえて

「本当に私は、ここに居てもいいんでしょうか?」


 大人になってしまった占い娘はそう言った。常夏の青空の下の灼熱の砂浜で、黒ずくめの暑苦しい服のまま言った。俺が買い物に出たところにいきなり出没し、おそるおそる問うたのだ。


 俺は答えた。力強く。


「何回言わせるんだ。お前が助けてくれたんだぞ。俺と氷雨を」


 占い娘は未来に帰るよりも、ここで暮らすのが良い。


 もう女子高生として過ごすのは無理があるので、保健室の占いお姉さんとして、和井喜々学園に君臨していただこう。そのへんの人事は、学園の偉い人と通じている篠原の力で何とかしてもらえると思うから。


「なあ、占い娘。いつぞやの予言を覚えているか?」


 占い娘は、ハテと首を傾げた。


「初めて出会った時の予言だよ。たしか、『俺と氷雨が出会うと、よくないことが起きる』とかなんとか。確かに予言は的中したけど、よくないことばかりじゃなかったし、よくないことのおかげで、氷雨や占い娘と一緒にいられて、俺はすげえ幸せだぞ」


 俺がそう言うと、占い娘は、


「こんな歪みばかりの人間でよければ、今後ともよろしくです」


 そう言って、頭を下げた。


「氷雨の顔なんて、俺のせいでいつも歪んでるぞ。俺の顔もよく殴られて派手に歪んでるしな。歪みのない人間なんて、つまんないぞ」


 占い娘は、「たしかに」と頷いた。


「まあ好史さんの氷雨さんへの貧乳愛も、歪んだ愛ですもんね。考えてみれば、みんなに愛される地球と呼ばれるこの星も歪んでいて、丸いといっても完全な球体ではないのです」


 どこまでも続くような青い海と空を背景に、いいこと言った感をまき散らしながら、誇らしげに笑ったのだった。


  ★


 さて、そんなこんなで、ここは、南国!


 青空、照りつける太陽、海はエメラルドグリーンに輝き、白い砂浜に小波が打ち寄せる。


 そして俺は上半身裸スタイルで頼まれたコーラを運んでいるところだ。頼まれたというよりも「買って来い」と命令されたと言った方が正しいかもしれないが、そんなことは大した問題ではない。


 大事なのは、愛する氷雨さんの手にコーラの入ったビンが届くかどうかである。


 いやはや、英語の成績が平均点未満の俺だから、こちらの注文が店番の人に通じるか心配だった。でも心配する必要は無かったぜ。なぜなら日本語が通じたから。少し浅黒い肌の方だったからビクビクしながら注文しようと思ったのだが「こにちわー」とか言われちゃったぜ。


 というわけで俺、大平野好史は、ハワイのワイキキビーチに来ている。


 占い娘がくれた未来自転車、バイバイバイシクルで来た。氷雨に運転してもらって、水上を走って来たのだ。その際、俺は後ろから氷雨に抱きつく形でいたものだから、欲望を抑えきれずに彼女の貧乳に触ってしまおうとした。


 だが、信じられないほどの反射神経および勘でそれを阻止した氷雨は俺の丈夫な腕をへし折り、人食いザメの大群の中に放り込んだのだった。


 全身噛み千切られて血みどろの大惨事となった上、氷雨さんは怒ってしまってなかなか迎えに来てくれなかった。さすがに死ぬかと思ったぜ。すぐに治ったけど。


 さて、俺は氷雨のもとへと戻って来た。水着姿で素晴らしい貧乳を披露している。


「氷雨、お前の好きなコーラだぞ」


「おう、サンキュ」


 パラソルの下の日陰で差し出したコーラ瓶を受け取った氷雨が、水色ビキニに包まれた貧乳を上下させながらグビグビグビとコーラを飲んでいく。たまらない。貧乳たまらない。


「何見てんだよ」


「貧乳をな」


「またか、くたばれ」


 どうやら、いまだに洋上で胸を触ろうとしたことに対して立腹している様子なのだが、俺のこと好きなんだったら、ちょっとくらい触らせてくれたり撫でさせてくれたり、その他イロイロさせてくれたりしたって良いと思うんだけども。


 まぁでも自らの胸を守る防衛力の高さもまた素晴らしいものだ。ドキドキしちゃうぜ。


 とか何とか考えて彼女の胸を見つめていたところ、突然立ち上がった彼女になんか殴り飛ばされたわけで、さんざん踏みつけられた挙句、空のコーラ瓶をぶつけられて痛かったわけで、砂浜もホットなわけで、何でそんなことされたんだかわからない。


「何で俺は殴られたんだ?」


 素直に訊いてみた。すると氷雨はクスクス笑いながらこう言ったんだ。


「何でって、わかるだろ? なんか旅先でテンション上がるっていうかさ」


 それと俺を殴ることが、どうやったら繋がるんだか大いに疑問であるが、貧乳の彼女の言うことはたいてい正しい。


 氷雨に殴られて俺が死ぬわけではないのだし、殴られるってことは二人ならではのコミュニケーションを取れてるわけだし、実はこの上なく嬉しいので許してやることにしよう。


 俺は立ち上がってから、氷雨の隣に移動した。


 涼しい日陰にいた氷雨の隣で、同じ仰向けの姿勢で寝転んだ。


 しばらくそのまま静かな時間があって、氷雨が、何事もなかったかのように、先に口を開いた。


「あたしは考えたんだけどさ、貧乳が何人か集まれば、CカップとかDカップの人と同じことになるんじゃないかなぁ」


「何をわけのわからんことを」


「ほら、発想の転換だ。A+B=Cになったりさ、A+A+A=Cになったりするんじゃないのかなぁって」


「な・ら・な・い」


 次の瞬間には、俺は空を飛んだ。ただ意見を述べただけなのに、それが氷雨さんの意見と大きく異なるからってなにも上空四メートルの高さを漂うくらいに殴り飛ばすことないじゃんか!


「痛えぜ、氷雨さん」


 言うと、カカト落としという追い討ちをくれた。


「言い方が腹立つんだよお前は」


 物理ダメージが超痛いけど、氷雨の貧乳が巨乳になってしまう痛みや、氷雨がいなくなってしまう苦しみに比べたら、このくらい大したことではない。


 今の俺は、貧乳の氷雨さんになら、どれだけ殴られたって構わないとさえ思う。


 胸を張って言える。


 俺は貧乳が大好きだと。


 愛していると言ってもいい。


 春は貧乳。だんだんと膨らみつつある貧乳は、まさしく春にふさわしく、咲き乱れる花々の真ん中でぽつりと立つ(つぼみ)のような貧乳少女などは格別の極みである。また、桜を緩やかに散らせるような春の雨にしっとりと濡れた貧乳を見ると、俺はもう欲望を抑え切る自信が皆無である。


 夏は貧乳。青い空と海、白い入道雲を背景に、貧乳のくせに頑張っちゃった水着を着用し、一般的な男子をガッカリさせつつも、そのことを自覚しながら顔を赤くして「言うな、やめろ、わかってるから!」と嘆きつつ叫ぶ姿は、限り無い賞賛を与えるべきものである。


 秋は貧乳。赤や黄色に染まる紅葉の中に貧乳。できれば伝統衣装に身を包んでいれば尚更。まさに美しき日本の美ではないだろうか。スポーツの秋による微妙に上下する貧乳や、読書の秋による静かなる貧乳、食欲の秋による食いしんぼうな貧乳、前かがみで稲刈りする貧乳など、この季節には特に見るべき貧乳が多い。


 冬は貧乳。いくら厚着で胸を張って歩いても、貧乳は貧乳であるのだが、気付かれていないと思っている姿も可愛らしさを増幅させるもの。特に雪の白さに溶け込んでしまいそうな白い肌の貧乳は、儚さを物語り、冬をより冬らしく見せるだろう。肌が白くなくても、それはそれで。


 季節なんてものを考えなくても、年中楽しめる。


 このように、貧乳とは素晴らしいものなのだ。


 どの風景にも調和し、溶け込み、それでいて眩しい輝きを放つ。


「好きだ、貧乳が!」


 心よりの愛を込めて、俺は叫んだ。すると氷雨が微笑みながらこう言った。


「そうだな、最近さ、あたしも本当に、自分の貧乳が悪くないなって思えてきたんだよな」


 耳を疑った。本気の本気で心の底からそう言ってるような声色だったから。


 あまりにも唐突で予想外で、すぐには受け()れられない発言だ!


「違う、違うんだよ氷雨! そんな態度は違うんだ!」


「はい? 何言ってんだ、お前は」


「いいか氷雨、貧乳というものは、貧乳であることを完全に誇ってはいけないんだよ! たとえ口では誇っていたとしても、そこにほんの少しでも恥じらいが無いと、美しくないんだ! 撤回しろ氷雨! お前の今の言葉はな、自分を指差してスレンダーとか本気で言っちゃうポジティブな貧乳や、『微乳』という言葉を乱用する人間と同じくらいに罪深いものなんだ」


「ん? なに急に。こわ」


「貧乳は心のどこかで恥じらっていなきゃダメなんだ。たとえば、そうだな貧乳は希少価値だとか需要があるとかって口では言ってても本当はすっごい気にしてるっていう感じ? そういう部分が感じられないといけないんだよ!」


「はあ?」


 顔をしかめてきた。


「確かに、確かに俺の要求は厳しいものかもしれない。しかし氷雨の貧乳にはそれだけの可能性が詰まっていて、それは俺の夢であって未来であって世界遺産級の何かであって、要するにお前は自分の貧乳を心から肯定してしまってはいけないんだよ!


お前が最高の貧乳に心の底から自信を持ったら、せっかくの貧乳を分厚いダウンジャケットを羽織ったりマントを着用することで隠してしまうようなものなんだよ。恥じらいだよ恥じらい! 貧乳娘は貧乳であることに『あたしは何で貧乳なんだろうな』って言って溜息吐いて苦悩してなくちゃいけないんだよ、演技であってもその方が、かあいいんだよ!


そうじゃなかったら貧乳であって貧乳じゃなくなっちまう、いや、ごめん、ちがう。言葉でいうのは難しいんだが、そう、貧乳ではあるけれど俺の評価は下がるね! 俺の好みから外れちゃって好感度低下だね、それでも最高に大好きな貧乳だけどね! おいわかったか、貧乳の中の貧乳娘の氷雨さ――」


「なげえ!」


 俺は腹部を蹴飛ばされ、ゴールキックされたサッカーボールのごとき放物線を描いて吹っ飛び、やがて砂浜に突き刺さった。視界まっくら。俺の体に、小さな波が押し寄せて引いていく感触。


 で、なんだか突き刺さりっぱなしなのも息苦しいので、すぐに抜け出し、のそりと起き上がる。


 顔を手でぬぐって目を開くと、氷雨は何故か怒った顔で、砂浜を足裏で一度だけ蹴とばして砂をふっ飛ばした後、力いっぱい叫んだ。


「だって、お前、この間『貧乳を誇れ』って言ってたじゃん!」


「それはお前に『誇れるかっ!』って言わせたくて言っただけだ!」


「もういい加減にしろ!」


「いやだ! しない! まだお前の貧乳を堪能してないから!」


「まーた貧乳貧乳って、さっきからソレ言いすぎだぞ! ちょっとはあたしの貧乳以外の部分も好きになりやがれ!」


 すると俺は急にスンと真面目になって、氷雨を複雑な気分にさせるのだ。


「そんなこと言われてもな、これ以上好きになるなんて、無理だと思うぜ」


 ゆっくりと立ち上がりながら言ってやった。


 顔を真っ赤にしている氷雨が見えた。


 わかってるじゃないか。恥じらいだよ恥じらい。貧乳はそうでなくては。


 よし、このままいい雰囲気に……。


 と思って、氷雨の近くに寄ろうとしたのだが、不意に背後から、声がきこえた。


「あれ、好史さん? 何でこんなとこに居るんですか?」


 背後からそんなことを言ったのは、和井喜々学園の制服を着用した男だった。貧乳にみせかけた女装男だ。天海アキラ。せっかくのハワイだってのに、あんまり元気なさそうだった。


「よう、巨乳好きの変態。お前こそ何でここに居るんだ? ここはハワイだぞ」


「いや、おれは修学旅行で来てるんですけど」


「修学旅行だと? じゃあお前大変じゃねぇか。修学旅行といえば、男だとバレるイベントがあるだろ?」


「というと……?」


 天海アキラは少し真剣に考え込むような顔をした後、深刻そうに、こう言った。


「修学旅行といえば……寝る前の恋バナ?」


「いや、風呂だろ、お風呂! なんで恋バナで男バレするんだよ」


「えっと、巨乳な女の子が好きなタイプだってこと、隠し通せる自信がなくて」


「だったらまあ、恋バナも気をつけろよ。男とはバレないまでも、変態だとバレるかもしれんからな」


「いや変態て……ド貧乳マニアの好史さんに言われたくないんだけどな」


 アキラは苦笑いした。


 ときに、ふと思ったんだが、ド貧乳マニアっていう時の「ド」は、貧乳とマニアと、どっちにつく「ド」なんだろうか。


 ド級の貧乳を偏愛するのか、貧乳を愛しまくる姿勢がド級なのか、どっちなのか、あるいは両方に掛かっているのか。そのへん問うてみたかったが、アキラは貧乳の話を長く続けたくないようで、すぐに話題を変えてきた。


「ところで好史さん。これ、見てもらえませんか?」


「ん? 何だ?」


「何のことが書いてあるんだか、よくわからなくて」


 手渡されたのは、スマートフォンだった。


 見ていいのかという視線を送ると、アキラは静かに頷いた。


 文面に目を落とす。


 メールだ。絵文字などは一切ない、飾り気がない長文。件名のところは空白で、差出人のところも空白だった。


 普通、差出人の名前には何らかの文字が入っているものだが、どういうわけか何もない。


 もしやこれは、今はもう存在しない誰かからのメール、ということになるのだろうか。絶対にありえないようなルール破りの異常なメールだと感じた。


『親愛なるアキラ、あなたには謝らないといけない』


 その一行から始まったメールは、申し訳なさが伝わってくるもので、昼のワイキキビーチで読むには少々暗い内容だった。


『あたしは、本当は、あなたの母親ではないと思う』


 ってことは、アキラの母を名乗っていた、占い師匠からのメールだ。


『過去に飛ぶということは、未来を丸ごと変えてしまうということだから、あたしが過去改変という道を選んだ時点で、あなたは消え去った――いいえ、あなたじゃないわね。あなたに本当にそっくりなアキラという子供、あなたと同じ名前の子供が一人、消え去ったの。びっくりするくらい似ていて、いろんな人から女の子と間違えられて育ったのも一緒だった。


だけど、あたしのアキラは、あたしがこの手で消してしまったのだから、あなたは絶対に、あたしのアキラじゃない。あたしは嘘を吐いていた。自分の子供じゃない他人の子を、自分の子だと言い張って、思い込んで、だましてしまった。そうすることで未来の平和が守られるなら、それは素晴らしいことだって言い聞かせていた』


 指で画面を弾き、下へ下へとスクロールする。


『あたしは、たしかにガルテリオ君の妻だったし、アキラの母親だった。それは本当のこと。枝分かれした別の世界の存在だったけど、本当に二人には縁があったのね。二人を捨てて平和のために戦う道を選んできて、その最後の敵が、そのあたしが捨てた二人だなんて、ドラマみたいなことがあるものね。


……何が言いたいかって? ひとことで言えば、あのときガルテリオ君が言ってたことのほうが本当なの。うそつきはあたしの方。あなたの母親は、あたしじゃなく、巨乳な見た目をした別の誰かなんだと思う。だって、あたしと一緒になった別の世界のガルテリオ君は、あたしが一度過去を変えた時点で消えているんだから。


そして変更された後の未来のどこかで生まれたあたしの知らないガルテリオ君が、アキラにそっくりのアキラと親子になって、そしてあたしの前に現れた。きっと途方もないくらいの確率で、あたしたちは三人、巡り合ったんだと思う。世の中っていうのは、時々奇跡みたいなことを起こしてくれるものだから』


 本当に、すさまじく低い確率だ。


 そこから数行、間隔があって、また長い文が始まる。


『あたしは未来に帰ったけれど、本当はね、未来にも、あたしたちの帰る場所なんて無いの。だって、あたしたちがかつて生きた故郷ともいうべき未来は、もう無くなってしまっていて、あたしたちみたいな貧乳だの巨乳だのにこだわっていた人間は、平和な世界ではむしろ異端でしかない。


だから、これから、皆がちゃんと新しい世界で新しい人たちに溶け込んで生きていけるのか不安で心配なの。特に、あたしの自慢のバカ弟子とかね』


 ああ、占い娘が周囲から浮いている姿は目に浮かぶようだよな。実際、周囲にうまく溶け込み切れなかったと言っていた。だから占い娘は今、このワイキキビーチにいるのだ。


『もう「願い」エネルギーは枯渇してしまったから、未来から過去へメッセージが届くとは思えないけれど、こんなのは自己満足でしかないけれど、どうか、あたしの大切なアキラによく似た天海アキラに、この言葉が届くことを心から願っている』


 メールも終わりに差し掛かり、スクロールしなくなるところまで進んだ。アキラは、最後に記された締めの一言を読み終えたのを見て取って、俺からスマートフォンを受け取った。


 アキラは端末を握りしめ、画面を見つめながら、しみじみと言う。


「普通に考えたらこんなのめっちゃ気持ち悪いと思うんですけど……でもおれ、この迷惑メールは全然嫌じゃないっていうか、何なら恩返し……っていうのもおかしいな……うまく言えないけど、危険かもしれないけど返信したい気持ちになってるんです。送ってみてもいいと思います? 好史さん。どう思います?」


 アキラは、母の記憶も父の記憶も上書きされている。はじめから、この世にいないことになっているのだという。ちなみに、その影響で境遇も変更された。


 生まれついての美貌から男なのに和井喜々学園にスカウトされ、金銭的なサポートに目がくらんでそのまま男ながら入学したという緩い設定になっているのだ。


 自分を金銭的な苦境から救ってくれたスカウトに恩義を感じていて、その人のためにも学園首脳陣には男だと絶対にばれてはいけない状況にあった。つまり、父ガルテリオはいないことになったが、学園内での立場は、あまり変わっていないのだった。


 ここで大事なのは、記憶が強力な未来技術で上書きされていたということである。母親のことを忘れたにも関わらず、この男はさっき何と言ったのか。彼の口からは「恩返し」という言葉がこぼれ落ちた。


 母の愛は時空を超えたわけで、小さくて最高の奇跡を俺に見せてくれたわけだ。


「感動した!」


 俺は感極まって涙目になり、アキラの両肩をバシッと掴んだ。


「え、うわ、やだ。なんですか、きも、気持ち悪い」


 害虫でも見るような瞳で俺を見ないでほしい。


 このメールは気持ち悪くなくて、俺が友情丸出しで肩に触れるのは気持ち悪いというわけか。普段から女装している変態男子に言われるとはショックだ。


 一緒に感動し合えると思って両肩に手を置いたのに、予想外の険しい反応で戸惑わざるをえない。


 そんでもって、震える肩に置いた手を急に離すこともできず、何と声を掛けたらよいのかまったくわからなくなってしまった。


 非常に気まずい。


 どうしたらいいのかわからず、動けずにいたところ、貧乳娘の明るい大声が、不穏な空気をぶち破ってくれた。


 貧乳は、いつだって俺を助けてくれる。


「おーいアキラー、って何してんのよ! まさか逆ナン!?」


 などと言って嫉妬の表情を浮かべて駆けて来たのは、貧乳セパレート水着姿の今山夏姫だった。とりあえず逆ナンには絶対にならんだろう。天海アキラは男なのだから。


 ありがたいことに夏姫は、シリアスな空気など簡単に切り裂き、俺に軽く体当たりして割り込んだ。そこから目にもとまらぬ素早い動きでアキラが両手に抱えていたスマートフォンを奪い取ると、鋭い眼光で画面を見た。


 そこには、メールの最後、母からの締めのただ一言があった。『愛してる』と結ばれていた。


「あっれぇ? なにこれ、愛のメールじゃん! もしかしてリオちんからの?」


「いや、違う違う……」


「えー隠すことないじゃん。で? どこまでいったの? ねえ?」


 夏姫の口調は、聞こえは軽かったものの、若干恐怖を感じさせるような、なんとなく冷気を帯びた声色だった。


 そしてさらに、今度は篠原が、これまた貧乳水着姿でやって来て、


「天海ッ先ぱぁいっ! 何でいつまでも制服なんて着てるんですかっ、今日も脱がないつもりなんですかっ。せっかくの修学旅行なんだから今日くらいは私と一緒にボディを密着させて準備体操しましょう準備体操! いわゆる前戯(ぜんぎ)!」


「なぁアキラ。モテモテでいいな」


 すると天海アキラは、溜息を織り交ぜつつ、腹立つ言葉を発した。


「いえ、大して嬉しくないんです。貧乳もそこまで悪くはないと思うようにはなりましたが、やっぱり、おれは巨乳派なのでね」


 おのれ、でかチチびいきめ。


 それにしても、そもそも篠原こやのは、一学年下じゃなかったか。とは思ったものの、篠原のことだ、財力に物を言わせて修学旅行に同行してくるくらいのことは平然とやってのけるだろう。


 あの女の子は色々と異常なのだ。


 落ち着きのない篠原はメガネを持ち上げてから周囲をキョロキョロと見回し、


「あれ、ところで小川先輩みませんでした?」


 その問いに答えたのは、今山夏姫だった。


「リオちん? リオちんなら、あっちでスイカ割りしてるよ」


 夏姫が指差した海の方に目を向けると、木刀を握りしめてよろよろ歩いている目隠し系女子がいた。貧乳だ。あのスポーティ貧乳オーラは小川リオ。だが、薄手のシャツを着てしまっていて、貧乳水着をこの目で見ることができない。いやしかし、むしろそれが良いまである。


 隠れ貧乳は素晴らしいものだ。


 小川リオのところに篠原が駆けて行って、スイカ割りに参戦する。篠原の的確な指示で小川ちゃんが見事スイカを割った……かと思いきや、スイカに見えていたのは実は水晶玉で、見事に粉々に砕け散ってビーチの砂となった。占い娘が、スイカとすり替えておいたらしい。


 黒いローブをはためかせる占い娘は、小ぶりなスイカを空に掲げて誇らしげだった。


 いや、危険すぎじゃねえかな。


「やられました小川先輩! スイカはあっちっす! 二時の方向、距離二十!」と篠原。


「え? え?」タオルで目隠しされたリオちゃんは全力の戸惑い。


「あ、逃げたっす! 追いかけましょう先輩!」


「フフフ」


 占い娘は逃走しながら振り返り、不敵に笑う。


 立ち止まり、新たな水晶玉を取り出して転がし、理央ちゃんの足元で爆発させる。尖った破片がばら撒かれ、素足の二人の行く手を阻んだ。危険だ。あまりに危険すぎる。


 占い娘は、どうやら水晶玉をすべて、遊びの中で始末する気らしい。


 過去に戻る技術と未来を覗き見る技術を占い娘は持っていた。水晶玉が無ければ、それができなくなる。だから今、占い娘は、水晶玉を楽しくぶっ壊す作業に夢中なのだ。あいかわらずヤバイ娘である。


 過去を変え、未来を見る技術が失われれば、俺たちの存在する現在しかなくなって、俺たちの選び取った道がそのまま未来となる。


 できれば過去へ行く技術が生まれることのないような、平和な世の中であり続けて欲しいと心の底から願うばかりだ。


 目隠しされたままのリオちゃんは、相変わらず混乱している。


「シノ、シノ? どうなってるの? 状況は?」


 篠原は答える。


「大丈夫っす、占い娘先輩は、自分らにスイカを割らせないつもりらしくて、妨害がやべーっす。でも小川先輩のことは自分が導いてみせるっす。自分らのチームワークで、無敵の占い娘先輩に土をつけてやりましょう!」


 スイカ割りが別の競技になっていた。スイカを持った占い娘を追いかけて捕まえるというのは、言ってしまえば、鬼ごっこみたいなもんだろう。それをこの貧乳娘たちはハワイまで来てやっているわけで……うん、楽しそうで何よりだ。


「しかし……スイカ割りとはな……。大丈夫だろうか」


「何の心配ですか? 好史さん」とアキラ。


「いや、ほら、スイカ割りとか言って、貧乳チームみんなでスイカのような巨乳を襲撃して割ろうとしてるんじゃないだろうな? いわゆるさ、スイカップ割り的な」


「ちょっと好史さん。んなわけないでしょ。おれの彼女つかまえて何てこと言うんです」


「カノジョ、か。……リオちゃんとは、どこまでいったんだ」


「どこって……キスまでですけど……いやでも時間が止まってる中でのキスって、カウントされるのかな……」


 俺の知らない物語が、どうやら展開していたみたいだ。


「もう触ったのか?」


「触るって……何にです?」


「貧乳にだよ。決まってんだろ」


「答える必要ないと思いますけど」


「どうだった?」


「どうもこうも、答えませんって。最低ですよ?」


「彼女は実に素晴らしい貧乳だ。シャツで隠してるのもたまらないが、是非このビーチで、水着姿を拝みたいものだ」


 俺がそう言って、セクハラ全開のスーパー無神経男子トークを締めくくろうとした時、しばらくの間沈黙を決め込んでいた氷雨がむくりと起き上がった。


「何言ってんだ、あたしがいるのに」


 とか自らの美しく平たい胸に手を当てて言ってきた。


「そうだな氷雨。確かにお前の貧乳は素晴らしい。だが、リオちゃんの貧乳も素晴らしいんだ。たまにはさ、ごくごくたまには、いろんな種類の貧乳に囲まれてハーレム状態になりたいと思っても、それはもう男として仕方のないことなんじゃないかと思――」


「くたばれ浮気野郎ぉ!」


「うぐぁ!」


 俺は勢いよく立ち上がった氷雨によって肩を殴られ、砂の上を数メートル滑らされた。脱臼したが、すぐに治った。


 思ってもいないことを言って殴られるのは、ほんとうに悪い癖だと思う。けれど、氷雨にぶっ飛ばされるのが、俺たちの平常運転だから、絶対にやめられないんだ。


「なぁ好史。お前はどうしてそう、貧乳なら見境なく褒めるんだ! お前にはあたしが居るんだから、あたしの胸だけ褒めろ!」


「それは無理だ!」


「何で!」


「そういうものだからだ!」


「こいつッ! ていうか、その前に、今さらだけど貧乳って言うな! 慣らされちまってたけど、やっぱその言葉は嫌いだ!」


「じゃあ、何て言えばいい?」


 その時、氷雨以外の通りすがりに駆け抜けた貧乳たちが一瞬ずつ会話に入ってきた。


「んーと微乳?」メガネ娘の篠原こやの。


「てか美乳? 美しいって書くやつ」二つ結び娘の今山夏姫。


「ヴィニューとかどうかな」いつの間にか駆けつけていたポニテ娘の小川リオは外国語っぽく。


「美しい方の美乳に一票」俺にとって最高の貧乳娘である比入氷雨。


「ないチチとか言われるよりは貧乳のほうがマシな気もします」漆黒の占い娘は水晶玉を小型ハンマーでたたき割りながら。


「おれは小川リオさんのヴィニューに清き一票」露骨に小川びいきする女装男の天海アキラ。


 そこで俺はこう言ったのだ。


「じゃあ、ここにいるみんな、『特A級おっぱい』ってのはどうだ?」


「誰がAカップ未満だ!」


 揃った数人の叫びと共に、女性陣による高速四連平手打ちが俺を襲い、追撃で頬をこれでもかってくらい往復ビンタされまくった俺は叩かれた部位を腫らしながら全力の笑顔で、


「いい貧乳たちだ!」


 透き通った青空に向かって親指を突き立てた。


「好きだぁ、貧乳が!」


「いい加減にしろ!」


 いつものように氷雨に殴り飛ばされ、


「けふぅ!」


 苦しげに声を上げつつ両手を広げて宙を舞う。


 痛かったし骨折したけど、俺は丈夫なのだ。すぐに立ち上がって叫ぶようにこう言った。


「だいたいな氷雨!、俺のこと好きだって言うなら一回くらい触らせろ、その貧乳に!」


「じゃあ捕まえてみろ!」


 そう言って走り出した氷雨は、ワイキキビーチの砂浜に停めてあった未来自転車に(またが)った。


 俺はびっくりしちゃって「ちょちょ、ちょっとそれ卑怯じゃねぇ?」って声裏返して言うけど氷雨さんは聞く耳持ってくれなかった。


 ギュルギュルと回転する車輪。やばいとしか思えない。砂を巻き上げて超高速で向かってきた未来自転車に見事に轢かれてしまった。


 それでも俺はすぐに立ち上がり、氷雨さんがUターンして再び轢き殺さんばかりの勢いで向かってきたところにジャンプして飛びついた。最終的に奇跡的な身のこなしで後ろから抱きつく形になった。


 そしてついに、ついに念願の氷雨さんの貧乳に水着ごしではあったけれど触ることができたわけで。待望の感触が両手から全身へと駆け抜けたわけで。


 本当に、本当に、他のどの貧乳よりも――。


 鳥肌全開の俺が、人生最大の感動に打ち震えながら心から叫ぶ。


「俺はお前の、ないチチびいき!」


 すると、俺を乗せたまま海の上に出た自転車を運転する彼女は、小さく溜息を吐いた後、とても優しくこう言ったんだ。


「しね、変態」


 俺は本当に世界でいちばん貧乳の氷雨さんが好きなわけで。


 青空の下、二人きり。


 揺れる波の上を進む、揺れにくい貧乳を持つ氷雨と、貧乳好き(ないチチびいき)な俺。


 今日も、彼女と彼女の貧乳は元気だ。




【ないチチびいき・完】


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