11話 マリスはクロウと王都の噴水広場で待っている
窓もない物静かな地下にて。そこには一人の灰色の装束を身にまとった男性を前にしてジャスティスが跪いていた。そうしている彼ではあるが、正直言って早く『お告げ』が終わらないものだろうか、と雑念を浮かべている。
「これから、神様よりありがたい『お告げ』をジャスティス殿に授け致します。心してお聞きください」
「はあ」
どうでもいいと言わんばかりの気の抜けたその表情。神官は怪訝ながらも、神様との交信をするために祈りの言葉を口から出していく。
ここは『お告げの間』。世界各国の首都にある本聖堂の地下に存在している。神官たちがジャスティスの家に来たときに「首都にある『お告げの間』で神様の助言を聞け」と言われていたのだ。それもあってか、彼はこの場でありがたいらしい神様のお告げを聞かねばならない。
「…………」
――つーか、神様って言ってもなぁ……。
世界中に伝わる宗教や教えを信仰していないジャスティスにとっては全く興味のない話であった。
――早く、終わらないかな。下に膝着いているから冷たい。
その思いが伝わったのかは定かではないが、眼前にいた神官の様子が大きく変わった。明らかに誰かが乗り移ったような、妙な空気。糸が張ったような緊張感。思わず、ジャスティスの背筋も伸びる勢いでそちらの方を見た。
「……『鍵』のかかった魂を持つ選ばれし者よ。直接そなたと対話をするのは初めてだな」
今、目の前にいるのはただの神官ではない。神様の聖霊体が宿っており、実質的にはジャスティスが神様と対峙しているのである。何とも光栄なことよ。神の教えに忠実な者たちからしたら羨ましい限り。やはり、彼は選ばれし者と言えよう。だとしても、ジャスティスは残念系救世主という自負があるし、上記にもある通り、信仰心はない。それ故に――。
「……本当に神様?」
疑う心は当然ある。
「それにしては、人に乗り移るのか。まるで幽霊みたいですね」
「こうでもしなければ、我がとそなたは会話ができない」
「えぇ、神様って言ったら全知全能ってイメージが強いと思いますよ。だから、人と会話できないんだ、って。神様ってコミュニケーションがないんだって、思われるんじゃないですか?」
信仰心はないと言えども、文化はある。ジャスティスのその発言はうろ覚えの宗教知識から来ていた。その彼の言葉に神様は少しばかり戸惑いを隠せない様子。神官の姿でのうろたえが見えていた。
「元より我がは人と対等に会話をすることはできぬ。それ故に神官の肉体を借りて会話をするしかないのだ。先日、そなたに声をかけようにも心が未熟過ぎて対話ができなかったのだから」
「え、俺の?」
あのとき、頭の中で響いていた声のことか。
「左様。そなたは選ばれし者としての自覚が足りぬようだ。その脆弱な肉体で魔王に勝てるものか」
「……まあ、否定はしませんけど」
もっともな話だとして、珍しくもジャスティスはどこか申し訳なさそうな表情を見せた。少しばかりは反省をしたかと、納得しようとしたとき「でも」と彼は口を開く。
「元はと言えば、俺を勇者に仕立て上げた神様が悪いんですよ!」
責任を神様に擦りつけるクズ勇者。いかにも自分は被害者だと言わんばかりのその面に何も言えなくなってしまう。いや、言いたいことがあり過ぎて逆に黙ってしまっているのだ。
「こういうのって、もっとラヴアンドピースを掲げているような人にさせた方がよくないですか? 俺、人のために自己犠牲にするっていう考えは好きじゃないんですよねぇ」
「しかし、肝心の魔王を倒すための手立ては『鍵』を開けて力を解放したそなたの魂なんだぞ」
「だとしても、ですよ。俺みたいな性格のやつに世界を救って欲しくないでしょ。もっと、誰かのことを思うような人がやった方が逆に世界のためなんでは?」
「……それでは、そなたは『死』を選ぶか?」
神様のその言葉に今度はジャスティスが黙った。先ほどとは違い、声音が低い。
「そなたが世界を救わぬと言うのは、見捨て、自身の存在を否定するのだぞ」
「…………」
「これまで見てきた者たちの中でそなたが一番弱いと我は思うが故にもう一度訊く。そなたは世界を救わずして『死』を選ぶか?」
怒らせてしまったのかもしれない。自分に非があるのは認める。これでもヘラヘラして失礼なことを言ったりもしていたのだから。それだから、おそらくではあるが、この神様はその気になれば自分を殺すのは容易いものだと言う発言をしている気がしてたまらなかった。自分を殺して、また新たな勇者を仕立て上げる、そのつもりなのだろう。
誰かが救ってくれるだろう。その甘えを受け止めていいのだろうか。なんだか、よくない気がしてきたのは絶対に気のせいじゃない。何かを思い出しそうで、思い出せそうにない。
「『鍵』のかかった魂を持つ選ばれし者よ、我は質問をしている。答えよ」
本音を言えば、魔王を倒すのは誰かに任せて生きていたい。死と隣り合わせな状況に遭いたくもない。命がいくつあっても足りない旅なんてしたくもなかった。そうでもあるが、そのわがままを通してはいけない気がした。否定的な言葉を言うな、と何かが引き留めてきている。
『死』を選ぶのは嫌だ。死にたくない。
「お、俺としては……世界を救うにあたって、相応しい人間ではないと思いますが。神様は相応しいと思いなんでしょうか?」
そもそもの話。自分が勇者として、救世主として選ばれた意義がわからない。神様の方を見るのが怖くて、ジャスティスは下を向いてそう訊ねた。
「それを決めるのは我がではない。そなたが世界を救うか救わないかの選択をするのだよ」
自分で決めろ。それが神様の答えだった。
「世界を救う気があるのであれば、西にある『鉄の山』にヒントはある。そして、次に対面するときにそなたの答えを出しておくのだぞ」
そう言うと、何かが切れたようにして神官の目付きが元通りになった。神様がいなくなって一安心したのか、彼はジャスティスに叱咤をする。
「あなたは何を考えているんだ!?」
怒られるのも当然だ。なんせ、神様を敵に回すような発言をしていたのだから。それでも、殺されずに済んでよかったと二人は安心する。
「いいですか? これからは滅多な発言は控えた方がよろしいですよ」
「……わ、わかりました」
神様のお告げを聞いて、怖いと思ったジャスティスは早くマリスとクロウに会いたいと思うのだった。




