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第40話 永遠に続く絆

 おじいちゃんの死はあまりにも突然で、まりんぶるーに行くと、悲しみが溢れていた。

 おばあちゃんの時もそうだった。なんだって突然別れはやってくるんだろう。


 ママもくるみママも、春香さんも泣いていた。爽太パパも目が真っ赤だった。


「心臓発作だったんだよ」

 愕然としている私と空君にパパが話してきた。パパも目も真っ赤だ。

「痛がって倒れて、救急車で運ばれたけどダメだったんだ」

 パパは泣いているママを抱きしめに行った。


「おじいちゃんは?」

「和室に寝てる。今日通夜で明日告別式だから」

 そう櫂さんが教えてくれた。


 私と空君は和室に行った。そして、何も言わず、ただそこに寝ているおじいちゃんを見た。

「寝ているみたい」

「うん」

「でも、息していないんだね」


 そう私が言うと、空君は、

「凪、リビングに行こう。おじいちゃんはあっちにいるよ」

と私の手を取った。

「え?おじいちゃん、いるの?」


「うん。ばあちゃんもいると思う」

 そういうの、空君わかるんだな。

 でも、実は私も、きっとおじいちゃんが死んじゃっても、魂はいるんじゃないかって思ってた。


 トントン。リビングのドアをノックした。中から「はい」と文江ちゃんが答えた。

「文江ちゃん、いたの?」

 ドアを開けながら声をかけた。リビングには泣いている碧と文江ちゃんがいた。


「ああ、やっぱりいた」

 そう言って、目を細めて空君が涙を流した。私もリビングの中に入り、いつもの場所にいるおじいちゃんとおばあちゃんを見た。


「なんだよ、空も見えるの?俺には見えないんだよ。ずっと文江を介してじいちゃんとばあちゃんと話をしていたんだ」

 そうか。それで碧は泣いちゃったのか。


「じいちゃん、何おっちんじゃってんの?あんなに元気だったのに」

 そうソファに座りながら空君が言った。空君は笑っているのに泣いている。私もその横に座り、おじいちゃんとおばあちゃんを見た。


「心臓発作だって。もう暑いしさ、泳いでも大丈夫って思ったんだけど、心臓もろくなっていたんだなあ」

「あほじゃないの、まったく。なんでばあちゃん、止めなかったわけ?」

 空君が呆れたようにそう言うと、おばあちゃんははかなげに笑いながら、

「ごめんね、空君」

と謝った。


「瑞希を責めないでやって。もう俺の死期が近いってわかってたんだ」

「え?」

「俺が死んだら、一緒に天国に行く。瑞希はそろそろ俺とあの世に旅立つってわかってたんだよ」

「そ、そうなの?それって、もうここに来ても会えないってことなの?」


 私がびっくりしてそう聞くと、またおばあちゃんははかなげに笑った。

「嫌だよ。私もやっとこおばあちゃんを見えるようになったんだよ」

「それも、もう最期だから、神様から粋なプレゼントだな。俺も死んじゃったのに、またお前たちとこうして会えて嬉しいよ」


「でも、逝っちゃうんでしょ!」

「無事、成仏できるんだ。瑞希は今まで待っててくれたんだよ」

「い、嫌だよ。そんなの嫌だよ」

 ぼろぼろと泣くと、おばあちゃんが優しく笑って、

「凪ちゃん、でも、凪ちゃんの心には生き続けるから」

と、優しく包み込むように言ってくれた。


「…でも」

「凪、俺も寂しいけど、ここに二人ともとどまってもらう訳にはいかないよ」

「なんで?空君」

「ばあちゃんは、じいちゃんを見守るために残ったんだ。じいちゃんとやっとまた一緒になれたんだから、これでよかったんだよ」


「でも」

「凪。今まで瑞希と話せたし、顔も見れた。でもずっと瑞希のことを触れなかった。でも、俺も死んじゃったから、こうやってまた手も繋げるし、ハグもできるんだ」

 おじいちゃんはおばあちゃんと手を繋いだり、ハグをした。


「瑞希、待たせたね」

「ううん。あなたのやんちゃぶりを死ぬまで見せてもらえて、楽しかったわ」

「ははは。生きている頃はあんなに心配性だったくせに」

 おじいちゃんは優しくそう笑うと、

「すぐには逝かないよ。葬式終わって、体焼かれて、そうしたら瑞希と逝くから。それまではここにいるよ」

と私たちに言った。


「…う、ひっく」

「凪、泣かないで。リビングでこうやってばあちゃんやじいちゃんといられるのも、もうちょっとなんだし、笑って楽しく過ごそう」

「みんな、ずるい!さっきから文江に何を話しているか教えてもらってるけどさ、俺だってじいちゃんやばあちゃんが見たいよ!声も聞きたいよ!凪だけ特別ってなんだよ!」


 碧はふてくされながら、また泣いた。


 時々、リビングにほかの人たちも顔を出した。おじいちゃんもおばあちゃんもここにいるよと私たちが教え、私や空君を通してみんなが会話をした。


 爽太パパは、泣くのを我慢していたが、春香さんはずっと泣いていた。それを空君が、優しく慰めていた。

「じいちゃん、母さんが泣くのが一番堪えるみたい。何バカやってるんだって怒ってくれたほうがいいってさ」


「怒ってるわよ!十分怒ってる。いい年して泳ぎにいったりして馬鹿じゃないの!」

 そう言ってまた泣いた。

「春香、ごめんな?」

 そうおじいちゃんが、優しく呟いた。おばあちゃんも優しく爽太パパと春香さんを見ている。


「一番つらいのは、あなたたちと別れること。私と圭介の宝物だから。でも、あなたたちにも子供がいて、爽太には孫までいるわ。大事な家族に囲まれているあなたたちを見ると、本当に良かったって思えるの。ね、圭介。あなたと結婚して子供を生むことを選択したことは何も間違っていなかった」

「そうだな。瑞希。あの時病院を飛び出して、瑞希と暮らすことを選んでよかったよ」


「そうね、圭介。そしてこんなにも私たちは大事な人たちに囲まれ、ずっと幸せに過ごせたわ」

「長生きできてよかったよ。瑞希、ずっとそばにいてくれてありがとう」

 二人がそんなことをお互い見つめあいながら話をしている。


「あ、あのさ、お腹すいたし、ご飯食べてくるね。だから、しばらく二人で話をして。積もる話もあるだろうし」

 そう私が言うと、おばあちゃんがくすりと笑い、

「気を利かしてくれるの?ありがとう」

と優しく言った。


 私たちはみんなリビングを出て、おじいちゃんとおばあちゃんを二人きりにしてあげた。

「父さんと母さんの絆は、やっぱりすごいよな」

 爽太パパがそう言うと、泣きながら春香さんも頷いた。


 もうすぐ、おじいちゃんとおばあちゃんがいなくなっちゃう。あのリビングに行っても、もう会うことが無くなる。

 あのリビングは空君にとっても私にとっても、あたたかい隠れ場所だった。

 クマノミの珊瑚みたいに。


 いつもあったかくって、優しくって、安心できた場所。


 そう思うと涙が止まらなくなった。

「凪」

「え?」

 空君も涙を流している。


「俺らも、あんなふうにずうっと一緒にいよう」

「うん」

「そして、あんなふうにあったかくって優しい場所を作ろう」

「うん」


「俺らに子供ができて、碧にも子供ができて、そうしたらもっとここはにぎやかになる」

「うん」

「そうやって、ずうっと、続いていくと思う。じいちゃんとばあちゃんが作り出した絆」

「そうだね」


 涙は止まらなかった。でも、心の中はあったかかった。


 お通夜には水族館の館長さんや、近所の人も多くやってきた。

 知らせを受け、杏樹お姉ちゃんも来た。

 おじいちゃんの弟さんという人も来た。


 おじいちゃんとおばあちゃんは、お通夜の場所にたまに顔を出した。そして、私や空君のもとに来て、冗談を言い笑わせるのでとても困った。


 お通夜が終わると、私たちはリビングに行き、遅くまでおじいちゃんやおばあちゃんとお話をした。

 おじいちゃんはずっと明るく私たちを笑わせていた。


 明日になったら、お別れだ。そう思うと自然と涙が溢れてくる。だから、考えないようにした。

 いつか、別れは絶対に来る。隣にいる空君の手を取り、思わずギュッと握り締める。空君も何かを感じ、握る手を返してくれた。


 

 告別式が始まった。弔問客に爽太パパ、春香さんがお礼をし、くるみママやママは食事の用意をしたり、お茶やお酒を出したりして忙しくしていた。

 私と空君はこっそりと抜け出し、リビングにいた。告別式でお坊さんのお経を聞いているより、ここでおじいちゃんたちと話をしているほうがいい。


「告別式も終わったみたいだね」

 そう言って、おじいちゃんがおばあちゃんと立ち上がった。

「どこに行くの?」

「自分が骨になるところは見たくないから、ここにいるよ」


「じゃあ、なんで立ったの?」

「みんなとお別れだから、お見送りに行こうかなってね」

「なんか、変だよ。みんなおじいちゃんを見送りに来ていて、親戚のみんなは、おじいちゃんと一緒に火葬場に行くんだよ?」


「そうだねえ。ここにいるんだけどねえ」

「私はここに残る。おじいちゃんとおばあちゃんといる!」

「そうか。じゃあ、そうしようか」

 私の言葉をおじいちゃんは優しく受け止めてくれた。


 パパにリビングでおじいちゃんたちといるって言いに行った。パパは困ったような顔をして、でも、

「うん。わかった。じいちゃんも凪と空がいてくれたら喜ぶだろ。ここに残りな」

と言ってくれた。


 私と、碧、文江ちゃん、空君はまりんぶるーに残った。近所の人や、常連客、水族館の館長さんも霊柩車を見送った。

 そしてまりんぶるーの入り口で、おばあちゃん、おじいちゃんも立って見送っていた。


「変だね。自分が焼かれるのを見送るっていうのも」

 頭を掻きながら、おじいちゃんはリビングに残った。

「それで、煙を見ながら、みんなが「おじいちゃん、さようなら」とか涙を流すんだろうなあ。ここにいるのに」


「くすくす。それは私のときもよ。あなたは、火葬場に行かなかったわね」

「当たり前だ。瑞希が焼かれるのなんか見たくないし、悪いが骨も拾いたくなかった」

「まあ、ずっとここにいたしね。圭介の横にね」

 二人は穏やかにそんな話をしていた。


 ここはいつもと同じ暖かい空間。私たちは和やかに話をした。でも、

「あ、そろそろね」

と、おばあちゃんがポツリと言った。


「え?」

「うん、もう煙になっちゃったしね」

「わかるの?じいちゃん」

 空君の質問に、おじいちゃんはうんと頷いた。


「体が煙になったら、一気に軽くなった気がするよ。このまま、成仏できそうだ」

 そう言うと、だんだんとおじいちゃんの体が透けてきた。

「おじいちゃん?」


「そろそろ、お別れだな」

「そうね」

 おばあちゃんまでが、透けてきている。

「もう?もう行くの?」


「ありがとうね、凪ちゃん、空君」

「碧も、文江ちゃんも、みんなありがとう」

「ばあちゃん、じいちゃん、俺にも見えるし聞こえる。でも、消えかかってる!」

 碧が叫んだ。ああ、最期の最期に碧も見えるんだ。


「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう。何も恩返しできていない。ごめんね」

「いっぱい、貰ったわよ。凪ちゃん」

 優しくおばあちゃんがそう言うと、おじいちゃんと寄り添い、優しい光の中にすうっと消えていった。


「う、うそ。もう会えないの?」

 私がわあっと泣きながら、空君に抱きついた。空君も私を抱きしめて泣いた。


 碧も文江ちゃんと抱き合って泣いている。


 一瞬、悲しくてリビングは寒く感じた。でも、なんでだかわからない。もう、おじいちゃんもおばあちゃんもいないはずなのに、またリビングはあたたかくなった。

 まるで二人がここにいるみたいに。


「存在かな」

「存在?」

「見えないけど、なんだか、二人の存在感みたいなの感じるよ」

「うん」


 空君のその言葉にみんなは頷き、そのあともしばらく涙が止まるまで泣いていた。



 その日のうちに、私と空君はアパートに帰った。家に泊まったらいいのに…と言われたが、なんとなく空君と二人きりになりたかった。


 アパートに着くと、おじいちゃんが死んだことがうそみたいに思えた。ふとまた、おばあちゃんの魂がきてくれたり、あのリビングに行けば、二人に会えるんじゃないかって、そんな錯覚も覚えた。


 だけど、もう会えないんだね。そう言って私が泣くと、

「でもさ、ばあちゃんも言っていたけど、俺らの中にずっと二人は生き続けると思うよ」

と空君は泣くこともなく、優しくそう言った。


 子供の頃は、空君のほうが泣き虫だったよね。いつの間に、空君のほうがたくましくなったのかな。ふとそんなことを思った。


「ねえ、凪」

 夜、寂しいから空君の布団に潜り込むと、空君が話しかけてきた。

「なあに?」

「人の出会いってすごいよね」


「え?」

「あの二人が出会わなかったら、俺らいないわけじゃん」

「うん」

「誰かが一人抜けていたって、俺ら、いなかったわけだよ」


「誰かが?」

「母さんが父さんと結婚しなかったら、俺はいないし。桃子さんと聖さんが出会わなければ、凪はいない」

「うん、そうだね」

「じいちゃんが、癌で死んでたら、爽太さんはいたかもしれないけど、母さんはいないわけだよ。それ考えたらすごくない?」


「うん」

「いつか、生まれてくる俺らの子供にも、じいちゃんとばあちゃんの愛の奇跡の話はしたいよね」

「愛の奇跡かあ。まさにそうだよね」

「それで、みんなで楽しくあったかく暮らしたいね。伊豆で、あのまりんぶるーで」


「うん!絶対にね」

 まだまだ、私たちが結婚するまでは何年かあるし、子供が生まれるのも何年か先だろう。

 でも子供が生まれたら、みんなが祝福してくれて、思い切り愛してくれるんだろうな。


 その日がなんだか、待ち遠しい。


 これからも、ずうっと、続くであろう絆に、その夜、私と空君は思いをはせながら眠った。

 眠った後、私たちの部屋があったかい光で包まれていたことは、二人とも気づいていなかった。


 ありがとう、凪ちゃん、空君。そんな声がしていたことにも。



                ~おわり~


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