70 ーウーゴー
「市場操作をしてるって、噂なんですか?本当のことなんですか?」
重要なのはそこだ。
人の噂などは適当なもの。
しかも、情報社会ではないこの世界において、噂が回るには時間がかかる。その分、ばらまかれた噂の火消しにかかる時間は相当なものだろう。
「本当かどうかよりも、こう言うことが多いと言うことが重要かな」
「多いって、お砂糖以外にあるんですか?」
ナミヤは頷いた。アイリンも男も、ただ黙って頷く。
「この間あったのは、米だよねー。飢饉でもないのに、買う量に制限がかかった。その前は塩。で、その前が大豆」
こちらの食生活はわからないが、見事に家庭に直結する食材たちであるようだ。
「皇帝陛下って、バカなんですか?」
とりあえず聞いてみる。彼らがフォーエンに不満を持っているならば、それはもう楽しく教えてくれるだろう。
「ここまで来ると、バカとしか言いようがないよねー。市民の食事に大事な物を、端から潰してくわけだから。物は変わっても使う頻度は高い物ばかり。さすがに堪忍袋の尾が切れるって感じかな」
ごもっともである。アイリンの言葉に理音は頷いた。
理音だって現実にそんなことされたら母親が切れるのが想像できた。バターですら文句を言っていたのに。
「しかしリオンとやら、ここで皇帝陛下を罵るのは構わないが、外ではやめておけ。首を取られるぞ?」
また随分な話をしてくる男だ。実際、皇帝の文句は言ってはならないのだろうが。
「ここではいいんですか?」
突っ込みしか起きない。
「役人に聞かれては困ると言うことだ」
ナミヤは役人ではないのだろうか。側近であるからまた違うのか。
それはともかく、
「皇帝陛下がバカってのはいんですけど、それで嬉しい人って、どれくらいいるんですか?」
「わからないな。皇帝陛下をよく思っていない者はいるかもしれないが、市民にとってはどうでもいいことだろう。市場を荒らして値上げさせる者ではなければな」
男は静かにそう答えた。
特に動じた感じもなく、いきり立つことも、同調してフォーエンを陥れるような言葉も使わない。
ナミヤとアイリンは、一瞬目線をお互いに合わせたのに。
あからさまな引っ掛けだっただろうか。
この男は表情が読めない。それを暴くのは子供である自分では難しいようだ。
「そりゃそうですよね。お菓子食べれないの、やだなあ」
適当にごまかして、理音はお茶をすすった。
さっさと退散した方が良さそうだ。空気を悪くして今更気付く。
彼らに皇帝の何かを言うのは危険だ。彼らがどう出るのか、まだわからない。
「皇帝陛下が即位された後、星が流れた。それを不吉と思う者が多いのは、確かだがな」
男は理音の言葉をさして気にしていないのか、突然話題を変えた。
静かな声の中に、どこか哀れむような声音を含んでいる。
「星、ですか」
流星のことだろうか。理音は首をかしげる。
そう言えば、フォーエンからもその絵を見せられた。
星が流れて木の下で人々が倒れている。不吉の兆し。
「流星なんて周期なんだから、いつだって回ってくるのに。だったら彗星なんてどうなっちゃう」
ぼんやり考えたことを口にして、理音は月食で右往左往する王宮の人々を思い出した。
彗星など、落ちてくる火の玉レベルであろうか。
その昔、空気がなくなったら困ると、桶に水を溜めて息を止める練習をしたように。それが二十世紀の話なのだから、ここでは生死に関わる大問題なのだろう。
「星の流れが恐ろしくないのか?」
男は怪訝な顔で問うた。
「むしろ、何で怖いんですか?あんなに綺麗なのに」
「空から無数の星が流れば、それだけ人が死ぬと言う」
「世界中探せば、流星の数くらい死んでると思いますよ。だとしても、全然流れてない時に人が死なないのかって、そゆわけじゃないでしょ」
言いながら祖父のことを思い出す。
流れ星を見た後に祖父を失った。タイミングによって偶然そうなっただけでも、やはり不吉と思うのが人の思想か。
でもなあ、と思う。
それを全てフォーエンにつなげてほしくない。
「見えてる星が全てじゃないんだし、宇宙なんて果てしないんですから、星ぐらい流れますよ。流星なんてタイミングだし、たまたま今の皇帝が即位してる時に流れちゃっただけでしょ」
「何を言っているかはわからんが、凶星は予言もされていたほどだ。皆が恐れる理由がある」
「予言ですか?」
どの世界にも予言はつきものか。男は神妙な顔をして言った。ナミヤやアイリンも同じような表情を見せてくる。
そんな曖昧で非科学的なことでも、彼らにとっては重要な情報なのだろうか。
だがしかし。
「星が流れるのは予測できますし、流星があるなんていい記念じゃないですか。あんまりないことだから怖いことかもしれないけど、綺麗なんだからいいじゃん。何年に一回とか何十年に一回、もしかしたら何百年に一回の、天体一大スペクタクルを楽しまないなんて損しちゃう。そんなことで良し悪しって、他に例があるんですか?毎度流星流れてアホな皇帝ばっか続いたら、信じないことはないけど」
言いたいことを言って口を閉じる。
そろそろ喧嘩腰を止めようとしたのに、更に喧嘩を売ってしまった
どうにもフォーエンのことを貶されると苛つくらしい。
理音は居心地悪いとその場をとっととお暇することにした。お茶を飲み干して立とうとすると、男はそれを遮るように口にした。
「ウーゴの木があれ以上枯れなければ、民も安心するだろう」
不思議な言葉である。ウーゴとはあのままの状態、葉も花もない状態が普通ではないのだろうか。
「あれって、枯れてるんですか?」
「枯れつつある。だがあの姿になってもう何十年だ。葉を茂らせていた頃を知っている者ももう少なかろう」
葉がなる木なのか。
「枯れちゃうとダメなんですか?」
「あれは国の繁栄を映し出す神木だ。あれが枯れば国も終わる。今辛うじて木のままで生きているが、これからどうなるかわからない。皇帝陛下がこの国を導き安定させれば、ウーゴの木は変わるだろう」
「葉っぱが出てくるってことですか?」
「そうだ」
それは何とも不思議なことである。
神木と呼ばれ、柵に囲まれた場所に植わっているわけだ。フォーエンが国を守れば木の成長がよくなるとは。
しかし、今の所、枝だけの木である。
「あれ?じゃあ、あの木を切ったらまずくないですか?」
理音の疑問に三人は同じ顔をした。何を言っているんだお前は。である。訝しむどころか大きく眉を八の字にし、一同睨みつけてきた。
「ウーゴの木を切るとは、許されぬ行為だ」
「リオン、何かやったの?それは死刑にも処される行いだよ?」
「ウーゴの木が枯れば国が終わる。それを自ら行うなどと恐ろしいことだからね?」
三人三様口々に言いやる。しかし、言い方は違うが内容は同じ。
だが、それをやっていたのはフォーエンだ。
あの蜜を得るのは大変恐ろしいことになってしまうのに、フォーエンは気にせず切りつけ口にした。その後の彦星だって同じである。その蜜を理音は持っているのだから。
「皇帝陛下はやらないんですか?こんな木、切っちゃえって」
「なるわけなかろう!」
一喝である。
ならばフォーエンにとって、取るに足らないことだったのだろうか。




