69 ー皇帝とはー
「今の皇帝になって、国って安定してないんですか?」
「何よ、急に」
「いえ、皇帝ってよく変わってるって聞いて」
「あそっか、あんたってよそから来たんだっけ」
よそもよそ。世界すらもよそだが、とりあえずはうんうん頷いてみる。
「そうねー、私の知っている内じゃ、皇帝は五人変わってる?かしら。覚えてないわね。それから変わったかって言われると、誰の時代で変わったかはわかんないわ。気づいたら変わってたりしたし、それで生活が変わるかって言ったら、そう変わったものじゃないし」
しばらく官吏が実権を握っていたこともあるのだから、誰がトップに立とうと同じだったのだろうか。
キノリは捻り出すように言葉を紡ぐ。
「子供の頃は戦争が多かったわね。他国との戦争があって、町からも男を何人出さなきゃいけないとかで、友達のお父さんが兵士として連れられたことがあったわ。それがなくなった頃には皇帝がよく変わるようになって、親がよく物価がどんどん高くなっていくって言うのは聞いてた。最近は、そうねえ、今の皇帝なんてほんとつい最近だから、何が変わったとかはないと思うわ」
つい最近。
確かにフォーエンが皇帝になってから、それほど長くは経っていないのだろう。
だからこそ彼は妻も娶れず、彼の進むべき国政に横入りし、邪魔をする者たちをあばこうとしている。
「安定って、どう言うことを言うのかしらね。前からずっと町の外に一人で出るのは怖いし、夜なんて絶対外に出られないし。むしろ、悪くなったんじゃない?他国との戦うことはないけど、国内で出兵ってあるわよ。前も、謀反を企てたって兵士が出たし。そこまで大きな戦いじゃなかったけど、国内で戦争があったわ」
それは理音も知っている戦いだろう。
宴の最中に争いになった、あの事件が原因で、フォーエンは兵士を出した。あれは無事に終わり、謀反の残党も倒せたのだろう。
キノリはそんなことはどうでもいいように、内戦なんて畑が荒らされるだけだと愚痴った。
「よかったなあって思ったのは、近くの川の氾濫がなくなったことかしら」
「氾濫?雨が少なくなったとか?」
「やだ、違うわよ。堤を作ってくれて、洪水がなくなったの。あれは本当に嬉しかったわ。毎回大雨が降ると、床まで水が溜まって来ちゃってねえ。男衆が商品をあちこちに運んで、もう大変。夜中対応して、その後泥の処理して、あれがなくなったのは助かったわ」
ライフラインの設定である。
それを行える余裕ができたのならば、安定に近づいているのだろうか。
「市井に目が向けられて、市民にお金を使える、いい皇帝ってことじゃないんでしょうか?」
どうにかフォーエンの悪評は払拭したい。そんな軽い気持ちでフォローしてみたが、キノリからは残念な言葉が返ってきた。
「皇帝陛下なんて、何にもしないでしょ。いい服着て、美味しいご飯食べてさ。綺麗な女の人に囲まれて、ぬくぬく生きてるのよ。そんな殿上人が、市井に目を向けるわけないじゃない。堤を作ってくれたのも、町のお役人だわ。皇帝なんて誰がなっても同じよう。戦争さえしなければいい皇帝で、今の皇帝は戦争をするもの。だから悪い皇帝よ」
実際、フォーエンがどんなことをしているのか知らないので、それを否定することはできなかった。
自分が一体フォーエンの何を知っているかと問われれば、何も知らない。
ただ近くにいる時に勉強を教えてくれて、覚えていないと見下してきたり、スカートで足を開けば本気で怒ってくる男である。
そして記憶力が普通の倍はあり、勉強熱心で、多分真面目な性格だと思われる。
そこが惹かれた理由なのかもな、と思うわけだが。
さすがに、全否定されると凹む。
確かに、戦争をしなければいい皇帝と言いたい。あの粛清も必要があるのかと問われれば、理音には成否はわからなかった。
ただ、殺されてしまったら何もできなくなるのは確かである。そのために必要だと言われれば、応としか言えない。
しかし、市民にとってはそんなものどうでもいいだろう。自分たちが平和で安心して生きていられれば、今後のためと言われても疑問を持つ。
「王様って、大変なんだあ」
自分の身を守りつつ、国を良い方向へ導かなければならない。たかだかそこそこ二十歳前後の男が、一つの国を担っているのだから。
そして、それを邪魔する輩がいる。
「何を、そんな暗い顔をしているの?」
「ナミヤさん」
腕に何かを抱えているナミヤは、後ろから声をかけてきた。まだ屋敷に着く前の、壁沿いの道だ。
「お買い物ですか。今日も文をお持ちしたんですが」
「お茶ぐらい出すから、寄っていきなさい。丁度、菓子を買ってきたんだよ」
文を出そうとすると、その前に歩まれてしまった。渡すことができずに仕方なく後ろを着いていく。
ナミヤは普段通りの柔らかな笑顔だ。前にナラカが現れた時とは違う。
屋敷はすぐそこで、入ればいつも通りアイリンがいた。
今日は、他の男たちは集まっていない。ウンリュウがいないが、監視をしているとしたら、折を見て後から来るのかもしれない。
その代わりのように、見たことのない男が、アイリンと同じ席に着いていた。
「買い物ついでに、どこの子を連れて来た?」
結うことなく黒の艶やかな髪を垂らした男が、悠然と座っている。
足を組むでもなく、背もたれに寄りかかるでもなく、やけに姿勢のいいまま、どっしりと椅子に腰を下ろしていた。
ウンリュウのように筋肉質な男だ。
ここにはいかつい男たちが集まってくるが、この男もその一人なのだろう。綺麗な顔をしている割に胸板が厚い。
けれど、どこか雰囲気が彼らとは異質な気がした。いや、彼ではなく、他の者たちの雰囲気と言うべきか。
アイリンはいつも通り軽く笑って理音を迎えたが、普段のように肘をついていないからだろうか。
「彼は、いつも文を持ってきてくれるんですよ」
言われて急いでそれを出す。
ナミヤは笑顔で受け取ると、お茶とお菓子を出してくれた。
「久しぶりに手に入ったお菓子なんだよ。最近、糖の買い占めが多くて、菓子屋も手に入らないとぼやいていたんだ」
「お砂糖の買い占めですか?出来が悪かったとかで?」
まるでオイルショックやバター不足のようだ。お一人様一つのご購入とはいかないのだろうか。
「糖を買い上げて、市場を上げているんだよ」
「市場操作ですか?それで不足しちゃったら、文句出ちゃうでしょうに」
「文句はもう随分出ているよ。でも仕方がない。皇帝陛下の命令と言う噂だから」
「フォーエンの?」
言って言い直す、皇帝陛下のですか!?
「何でまた、皇帝陛下がそんな市場操作を?そんなことしたら、みんな怒っちゃうでしょう。立場、悪くなっちゃいません?」
「なるだろうな。既に商家と市民の対立があった。商家同士でももめているみたいだ。だが皇帝陛下の命令だとすれば、商家も何もできない。商家に渡る前に買い尽くされているようだから、文句も言えないのかもしれないが、これが続くようなら不満は大きくなる一方だ。皇帝陛下へのあたりも悪くなるだろう」
「皇帝陛下は、市民の不満よりも、金を貯めることに力を入れていると言う。あと、甘党だとか噂するやつもいるね」
砂糖を買い占めるまで甘党ってどんなだ。
甘い物を好んで食べていたわけではないので、かなりの皮肉なのだろう。
しかし、フォーエンがそんなしょうもない金の稼ぎ方をするとは、中々頭が悪い。




