66 ー敵ー
「何でつけられてる。お前、何やってんだ?」
「別に。今働いてるところの仕事」
この男に言う義理はないし、伝えるのも不安だ。聞きたいことはあるが、全てを話すにはこの男も胡散臭さは同じである。
「皇帝のところにいただろうが。それがこんなとこで働くわけか?」
それを言われると答えにくいが、皇帝の女と勘違いしていることは否定すべきかどうか迷う。「皇帝の女」は、囮が成功している意味を持つのだから。
しかし、今は違うのだから、言っていいものだろうか。
「今は、そう言うのじゃないから。別の所で働いてる。つけられてたのは何となく知ってたんだけど。あの人って何なの?て言うか、あんたも何なの?」
男は物珍しそうに理音をじっと見た。ちょっと近いんだけど、とつい後ずさる。
「お前、名前は?」
「理音。そっちは?」
「ナラカ」
聞いても、それが本名なのか偽名なのかはわからない。
ナラカは口端だけで笑った。
「皇帝が急に女を連れて横に置いた時は、面白いと思ったんだがな。後宮にも住まわぬ女をいつの間にか手元に置いている。自身は一人も妻を選んでいないのに、外から連れてきた女を手懐けていたわけだから。だが、やはりただの飾りだったか。エシカルでは本気でお前を選んだのだと納得したんだがな」
それのどこが面白いのか、理音にはわからなかった。
ただナラカの言い方は妙に引っかかる。上にフォーエンに好意を持っていないのが現れていた。とても意地悪そうな顔を隠しもしないのだ。
それに、理音がフォーエンの側にしばらくいたことを知っている。エシカルに行く前に王都にいたことを知っているようだった。
何かと調べているようだ。男の調べていることが事実ではないことは口に出さず、理音は問いを返した。
「知らないよ。私、その時言葉話せなかったし、いろって言われていただけだもん」
「まあ、いい。それで今度はハク大輔の手下につけられてるわけは何だ?」
「知らないって。そのハクさんも知らない」
「ハク大輔を知らない?お前、後宮にいたんだろ?」
「知らないよ。何にも知らない。あそこにいただけだもん」
「言葉も話せなかったからな。全く、適当な女を選んでやがるぜ。話せなければ拷問を受けても話さないと踏んだからか」
どきりとした。
そう言う解釈もあるのか。
確かに、囮であると言うほど言葉が達者ではなかった。では、今の状態ではやはりその仕事はできないだろう。理音はもう話せている。
「ハク大輔は、今の皇帝の血縁者だ。父親の長兄の孫に当たる」
「うん?」
父親の、長兄。つまり伯父の孫。従兄弟の子供に当たるわけだ。
「うん。それが?」
「アホか、お前。皇帝が死ねば、ハク大輔が次の皇帝だ」
「つまり、フォーエンの敵ってこと?」
「そうなる。つかお前、よく皇帝を名前で呼ぶな。王宮で呼んだら殺されんぞ?」
「あ、フォーエンってやっぱ名前なの?そんで、やっぱ呼んじゃダメなんだ?」
「当然だろう。名前で呼ぶってのは無礼だ。しかも、皇帝の名前を呼び捨てだろうが」
呼び捨てている。確かに。
けれど、名前に関してはフォーエン自身がそう言ってきたから呼んだだけだ。
皇帝の意味がわからなかったから、そう呼ぶように言ってきたのかもしれないが。
「ハク大輔は、四代前の皇帝のひ孫に当たる。早くに父親が死んだから次代にはなれなかった。今の皇帝になるまでに、三人連続で暗殺されているからな。そのおこぼれにあずかった現皇帝も、その可能性があると言うことだ。その皇帝も子供がいない。死ねば次代がいない。一番近いのが、ハク大輔になるわけだ」
「一番近いってことは、他にもいるの?」
「いなけりゃ近いところから取ってくるさ。血族はそこそこいるからな」
「じゃあ、敵はいっぱいってこと?」
「皇帝になりたがる奴は多いってことだ。その一頭が、ハク大輔になる」
頭がこんがらがるのは、相関図ができていないからだ。
ハク大輔の部下がウンリュウで、その人が自分をつけている。その監視は大尉に繋がっている。文を出しているのは大尉で、連絡網のように、ナミヤの屋敷、先ほどの男の子の家、刀鍛冶、あとは大きなお屋敷に出しているのだ。
ここは全て繋がっていて、ウンリュウは理音がおかしな真似をしないか監視していることになる。
例えば、この男からおかしな情報をもらわないように。
では、この男は何なのだろう。
彼らは一体、この男の何を警戒しているのだろう。
「ねえねえ、じゃあさ、あんたは何なの?どこ系統の人なの?」
理音が真面目に聞くと、ナラカは大きく吹き出した。
「聞いて言われて、お前信じるのかよ?」
ごもっともである。そもそも、聞いて正直に話すかと言う話だ。
「だってさー、私もあんまよくわかんないし。ただお仕事してるだけで、よくわかんないことに巻き込まれてるとしか。他のとこで働いてたら別の人に使われちゃってる状態で、何か説明受けてるとかじゃないんだよね」
「だろうな。そんな適当じゃ。ハク大輔の部下につけられているくせに、仲良く話してるんだから」
「で、あんたは何なの?」
再度聞いてみる。
一応どんな答えが返ってくるかは聞いておきたい。
ナラカは鼻で笑ってくれた。どうせわからないんだろ?の意味にとれた。
「暇なんだよ、俺は。面白そうなことを調べているだけだ」
「調べるだけで、エシカルのお城に入れちゃうの?」
「あそこは元々、たっるい警備なんだよ。誰だって入れる。あの町は先々代の皇帝の影響が強いからな。現皇帝が死んでも誰も損害は被らないし、先々代皇帝は浪費家で金の使い方が異常だった。それに同調するような町だ。賄賂を渡せば、すぐに入れる」
なるほど、納得の理由である。
誘拐犯と暗殺者がかぶる程度の、がばがばセキュリティなわけだ。
そのおかげで、路頭に迷いそうになった。
「あ、そうだ。あの時は助けてくれて、ありがとうございました。お礼も言えず、すみません」
この男にも礼を言うのを忘れていて、あの時のことを思い出して深々と頭を下げる。
何だかんだで、ナラカがいなければ、もしかしたらエシカルにも戻れなかったかもしれない。遊郭に再び捕まって、出られなくなったかもしれないのだから。
理音の礼にナラカは真顔になると、何を今更。と大笑いをした。
「お前、面白いな。大体、何であんなとこにいた。捨てられたのか?」
「おい」
そんなひどい扱いは受けていない。誘拐されて逃げてきただけと伝えると、更に大きく笑った。
「あれは面白かったからな。丁度娼館の前を通ったら騒ぎが聞こえて、そうしたらお前、花瓶は投げるわ机は投げるわ。あそこは拐かしの娼館で有名だった。手篭めにするのがいいって趣味の人気の場所でな。そこでああも暴れたのを見たのは初めてだったから」
面白かったから助けた。そんなことを飄々と言ってのける。いい奴とは言い難い。だがそれで助かったのはありがたかった。素直に礼を言いたい。
「泣き叫ぶのは見たことあるが、あの抵抗ぶりはないわ。笑わせてもらった」
思い出したらしく、ナラカは笑い始めた。
あの時の切羽詰まった状態をそんな面白おかしく見られていたと思うと、かなり腹が立つのだが。




