55 ー王都ー
王都はかなり広いらしい。
町に入ってからも想像より長く歩かされ、いつ着くのかともう精魂尽き果てそうなほど歩いて、キノリすらだんまりし始めた辺りで、やっとお屋敷に辿り着いた。
それを見て、ああ、これは良家だわ。と素直に感嘆した。
何と言っても王宮が近い。さすがに隣に位置しているわけではないが、内城壁が近くに見える。
近くに見えるのは、その城壁が遠目から見るよりずっと高いものだからだが、それでも近い方だろう。
王宮に近ければ近いほど、その家に住む人の位も高そうだ。
小さな豪族と聞いていたので、もっと端の方に家があるのかと思ったが、そこはやはり良家である。広さも観光地の庭園の中に入ったみたいである。
庭が既に迷路だ。これで小さな豪族とか、もっといい家はどれだけ広いのだろう。
門を潜り、静々と頭を下げる屋敷の人々、この家の女中やら家臣やらだろう、を前にして、彼らの作った道を通ると、嫁入り行列は屋敷の前で止まった。
お嬢様が馬車から降りて、その階段を上がっていく。お嬢様を見るのが初めてだが、後ろ姿しか見れなかった。理音たちは別の道から行くのだと、先ほどののんびり歩きはやめて、せこせこと動き始めた。
もう足痛いのに、急に早足で、まるでマラソンのラストを息切れしながら走っているかのようだった。
「リオン、あんたの部屋はここよ。お嬢様が大尉にご挨拶されるのについていくから、すぐ着替えて。着替えはこれよ。さっさとね」
「たいい?」
「旦那様よ」
休む暇なく次なる場所へと移動して、理音は一部屋をあてがわれた。自分の荷物を持ったままでそこにへたり込んだが、まだ休む時間ではない。
お嬢様が階段を上ったのは、屋敷の表玄関から入るためだけであって、自分たちが表玄関から入ることはない。
だからそそくさとその場を去り、裏口から急いで入り込み、お嬢様のお嫁道具の荷物やらを、疲れた体に鞭を打ちながら片付けた。
その間、お嬢様が何をしてたか知らないが、まだ旦那様、大尉にはご挨拶をしていないらしい。
そのご挨拶に自分もついていくわけだが、正直へとへとである。
理音は男役であるわけなので、荷物運びは主に大きい物。女性たちも運んでいたが、それは細かい物である。彼女たちに比べれば、理音は重労働だった。
それも納得して来たわけだが、さすがにきつい。
「リオンまだ!?︎」
「今すぐ!」
後悔する暇などない。後悔する意味もなかった。自分を守れるのは自分だけで、それができなければ、無事に帰ることができないとわかっている。
立ち上がると、おぼつかないが服を着替えた。帯の締め方は教えてもらってある。
そうして帯の間にシャーペンを忍ばせた。これはただのお守りだ。今までの経験からの、念のため、である。
待っていたキノリの後を追って、理音たちは大尉へのご挨拶に向かったのだ。
若。
初めてお嬢様を見て、まず思ったこと。
そして、大尉を見て思ったこと。
え、若っ!
平伏してお嬢様の拝顔を許され、ゆっくりと顔を上げた理音は、それを口に出してしまうところだった。
どう見ても、同じか下。悪くしたら中学生である。
しかも、それが大尉の側室である。側室だぞ。側室。
一夫多妻の国であれば側室ぐらい、であるが、中学生くらいの歳の側室って。
唖然と言うか、呆れると言うか、それいいの?と問いたくなった。
名はシュンエイ。
ここの主人の嫁になったため、お嬢様ではなくなり、名で呼ぶようになるそうだ。
呼称とかあるのかと思ったのだが、それはないらしい。
そのシュンエイにつきながら、部屋の隅に座らされたわけだが、そこに来た大尉を見て、何これ、この歳で側室いんの?とまた口に出しそうになった。
大尉の見た目年齢は二十代前半。いっても半ば。
フォーエンが二十歳前後で大勢のお妃候補がいたことを考えれば普通なのかもしれないが、いざ目の当たりにするとさすがに絶句した。
「シュンエイと申します。大尉におかれましては、ご尊顔を拝しいただけましたことを嬉しく思います」
「顔を上げよ。よく来た。今日はゆっくりと休むがよい」
大尉の言葉はそれだけで、あとはしゃなりと消えていった。
何だそれ。
しかしそれでいいらしい。さあ次の場所だと、別棟に向かう。今度はどこへ行くのかと思えば、正室の部屋である。
正室も無論若い。大尉、名前はわからない。と歳は変わらないように思う。
その女性の前でまた挨拶をすると、正室の彼女の方が言葉が長かった。
「よく来ました。長旅で疲れたでしょう。まずは体を癒しなさい。慣れるまで時間がかかるでしょうが、これからはこのお屋敷で誠心誠意大尉に尽くしなさい」
正室っぽい言葉である。それを平伏しながら聞いて、彼女が退室するまで頭を床につけたまま、音が遠ざかるとそれが終わりだと、シュンエイがほっと息を吐いた。
終わりである。ご挨拶終了。
さっさと与えられた屋敷に帰るぞと、ぞろぞろ元来た道に戻ると、シュンエイは自分の部屋にこもってしまった。
お疲れですから、と言われてそうだろうと思うが、何か他に旦那に言わなくていいのか、こちらが気になって叫びそうになる。
カルチャーショックだ。
それでいいの?と何度も問いたくなる。
それでいいの!?
「旦那様、素敵な方だったわ」
キノリの言葉に、更に脱力した。
「あんなもんなんですか?ご挨拶」
「あんなもんでしょ?むしろ、すごくお早くお会いになってくださったと思うわ?お会いになるまで何日もかかるかと思っていたもの」
「へー」
内心、えーである。ないわー。とは言えない。
そして、一つ疑問がある。
「旦那様は大尉ってことですけど、お名前では呼ばないんですか?」
「何言ってんのよ、呼ぶわけないでしょう。お名前なんてお二人の時に呼ぶかくらいよ。お名前で呼ぶなんて失礼じゃない。私たちも旦那様か大尉。外ではリン大尉、内では旦那様よ」
再びへー、である。リンは大尉の名字のようだ。
そしてまたふと疑問が残る。
フォーエンって名前だよな…?
それとも、フォーエンには何か意味があったのだろうか。
例えば、皇帝、とか。そうなるとエーゲーが陛下、とか。合わせてフォーエンエーゲー。
あり得る話である。
もう今では問えない。ここでエーゲーと言っても通じなくなる。はずだ。今はこちらの言葉を話しているつもりがなくても、話しているのだから。
もうわけわからん。
名前だと思っていたフォーエンは呼称かもしれない。
今更気付く、重大な事実かもしれない。何だか色々切なすぎる。
言葉がわかるようになって、驚きの新事実が増えていきそうだ。しかし、ため息をついている暇はない。
その後は終わっていない荷物運びにシュンエイの小物整理、終わったら掃除に洗濯、夜になるまでこき使われて、眠ったのは深夜近くであった。
そして、朝四時に起きる。
眠れなかった日々を思い出す、朝四時起床である。
ごいーんとどこかで鐘が鳴った音が聞こえて、そこからせこせこと動き出すのだ。
さてこのお屋敷で一体これから何をするのかと思えば、まず最初の仕事がシュンエイの警備である。つまり突っ立っているか、座っているかだけである。
これがつらい。眠い。眠くなる。我慢。眠い。
シュンエイが屋敷内をちょっとうろつくたびに、近くに座して彼女を見守る。うろつくと言っても縁側に出るのに部屋から出たり、お手洗いについて行ったりという、運動にもならない移動である。
何ともストーカー気分だな。
しかし、これがお仕事である。基本のお仕事である。暇で死ぬかも。




