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群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー  作者: MIRICO
第一章

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56 ー秘密ー

 少し離れての警備。

 しかし、かなり近いところでの警備。

 なのでシュンエイの姿はいつも部屋の中で見れるのだが、言葉を交わすことはなかった。


 ちなみに部屋は広く、布のパーテーションで仕切られているので、はっきりと姿が見られるわけではない。

 パーテーションと呼ぶわけないが、理音からしたらパーテーションである。御簾とも違うし衝立とも違うようなのだが、名はわからない。従ってパーテーションである。

 しかし同じ部屋だけあって、彼女が側にいる女官と話すことはしっかりと耳に入った。 

 部屋には彼女にぴったりと付き添う若干年配の女性、ツワのような立場だろう。その人とあと二人女性がいるだけだ。

 そして理音がパーテーションの後ろで彼女の警備をする。

 更に部屋の外に男性が二人。

 つまり、現実部屋の中で話を聞くのは理音までになる。外の男にまでは聞こえない。だからこそ、このポジションを男にされるのは確かに嫌であろう。

 何せ微妙な話も多い。つまり夜の話だが。未だ旦那様がこちらに来ない。のような話題が多い。

 シュンエイ的には良いらしく、安心している様なことを口にしているが、シュンエイの家にとっては良い話ではないだろう。


 ツワポジションの彼女、名はユムユナだが、ユムユナはそれをかなり気にしているようだった。

 そのため、よくシュンエイに文を書かせる。

 嫌々それを書かせると、理音にその文を大尉の従者へ渡せと命令してくるのだ。

 そうして今日も文を預かると、理音は爛々と部屋を出ることになった。


 何と言っても息がつける。

 文を預かると、別の仕事も頼まれることが多いのである。あの部屋でじっと時間がすぎるのを待つくらいならば、外で何かしていた方が気が紛れていい。

 今の所特に問題はないので、大尉の屋敷に入ることに嫌気はない。ただ気兼ねしないと言うことではないので、挨拶などは気をつけなければならなかった。


 シュンエイの部下であるわけで、その部下が粗相をするとシュンエイの恥になる。そのためシュンエイの屋敷から出る時は、特に所作を間違えないように気を遣わなければならないのだ。

 とは言え、余程のことがない限り、目くじら立てて怒られることはない。

 通りすがりの従者や女官に挨拶をしっかりすれば問題はない。作法は教わっている。

 もしも旦那様に出会ってしまったら、すぐに邪魔にならないように脇に退いて跪き、顔を見せないように頭を下げておけばいい。ただそれだけだった。


「失礼します。シュンエイ様より、文を預かって参りました」

「やあ、また会ったね」

 いつもはいるはずのない男が部屋にいて、理音は一瞬動きを止めた。


 嫌な奴がいる。


「ユウリン様、お仕事中、申し訳ありません」

 頭を下げるのは、礼節をわきまえなければならないからだ。仕方なく頭を下げる。

「構わないよ。少し休憩しているだけだから」

 笑って返すその顔が嘘くさい。


 理音はこの男が若干苦手だった。


 あまり会いたくない男、ユウリン。

 彼は大尉の側近で、なぜかよく文を渡すための部屋にいることが多い。


 理音が入った部屋は、大尉に渡す文を預ける場所である。

 理音はこの部屋までしか入られない。奥にまで入る許可が出ないので、この部屋で待機している従者に文を渡しているのだ。


 しかし、たまにユウリンがここにいる。


 本来であればここに待機しているのはユウリンではなく、下使えに近い従者である。

 そんな従者がいるような場所に、大尉の側近であるユウリンがいるのは少々おかしい話で、何のためにいるのか知らないが、とにかく身分的にいてはならない人だった。


 だがいるのである。

 ただいるだけならば問題はないのだが、この男、理音を見るたびにちょっかいを出してくるのだ。


 そのちょっかいが、また微妙なのである。


「大尉への文なら、私が渡しておくよ?」

「いえ、ユウリン様のお手を煩わすことはできません。従者の方に渡すよう言われてますので、お仕事を続けてください」


 そんなの渡しちゃえばいいじゃん。と理音も思うのだが、これがダメらしい。

 文を渡す相手は必ず従者に。ユムユナのお言葉である。

 大尉に直に渡すのもダメ、まさかの正妻が渡してあげるよと言ってきてもダメ。従者以外は絶対ダメ。

 それがなぜダメなのかと言うと、まず大尉に直は失礼である。これは何となくわかる。側室の従者が直接大尉に文を渡す。仕事の話であればともかく私情である。お仕事中かもしれない大尉に、それは邪魔でしかならない。それで渡してしまうと、シュンエイの監督不行き届きになるわけだ。


 そして正妻がダメ。

 わかりやすく握りつぶされるかもしれないから、ダメなのである。


 更に他の人間。

 これはいいだろうと思うのだが、やはりダメだ。文を渡すことが仕事の従者がいるのである。それが仕事なのだから、彼らに任すのがスジ。それには理由がある。

 例えば、下位の者だとちゃんと渡さないかもしれないため、信用性がない。なのでダメ。

 そして大尉付きの側近たち、ユウリンのような者に渡すと、これもまた仕事の邪魔になるからダメなのだ。

 ダメダメづくしである。とにかく従者に渡せ。それだけだ。

 そのため、ユウリンが渡してあげるよ?などと優しく言ってきても、絶対渡してはならない。


 それを知っているのに、この男、しつこく言ってくるのである。


 そして、そう言うときに限って、従者がこの部屋にいない。

 その間は従者を待たなければならず、このユウリンと二人きりが続くわけだ。


「リオンは真面目だね。私は気にしなくていいと言っているのに」

「いえ、これは私の仕事ですので、お気になさらないでください」

 つか、いい加減にしろよ?の意味も込めてやりたい。だがここは我慢である。

 おおい、従者早く戻ってこいよ。トイレかよ。お腹でも痛いのかよ。


「リオンは、外国から来たんだって聞いたんだ。色々理由があってシュンエイ様付きの従者になったとか。そうなの?」

 この男が、自分が女であるか知っているかはわからない。そして、その外国から来た。はどこルートで聞いたのか気になるところだが、聞くのは危険だ。逆に経緯を聞かれて、話さなければならないことになる方の確率が高い。

 なので、下手なことは言わないのが得策である。


「その様な大した話はございません」

 ここは笑顔で返してみる。嘘くさい笑顔だと自分でも思うが、それでそのまま静かに立って待つ。早く帰ってこないかな、従者。

「リオン、実はね、君に頼みたいことがあるんだ」

 唐突な言葉は不安しか呼ばない。

 理音は嫌すぎる。の顔を辛うじて出すことなく、どのようなご要件でしょうか。と応えた。

「外への用事なんだ。たまに私からの文を、とある方に渡してほしい」


 胡散臭い仕事である。


 女かな?と脳裏に浮かんだのは、そこそこユウリンの顔の造形が良いからだ。

 言ったのはキノリであるが、女中たちの反応は概ね良い。遠目から見るだけでもと、つい視線を向けてしまう。らしい。理音には理解できないことだが。

 そして、奥さんがいないようである。そこが狙い目だと、この家に来て一週間も経たない内に女中たちの口端に上がっていた。

 その男が、女に文を渡したいと言っても納得の行動であるが、だがしかし。


「私の一存では、お受けいたしかねます」

 お前には仕えてねえよ。と暗に示す。

 いや、この男に関わりたくないだけだが。どちらにしてもシュンエイかユムユナか、許可が必要だろう。勝手に外には出られない。

「もちろん、シュンエイ様には許可をいただくよ。それならいいよね」

 なら私に聞くなよ。心の声を口にはせず。それでしたら。と笑顔で返す。

 もうこの猿芝居がつらくてたまらない。思うことを口に出せないストレスは、案外たまりやすいのだと気づいた。

「なら、あとで」


 かなり気安い話し方が、なおさら気に食わないのかもしれない。

 ユウリンはそれだけ言うと、微笑んで部屋を出ていた。

 その微笑みも、何か含んだ笑みに見えて仕方がない。

 しかも部屋を出ていったならば、ここで一体何をしていたのか問いたい。

 あの男はただ長椅子に座って、窓の外を眺めていただけなのだ。仕事など何もしていない。

 毎度ここで出会うのは仕事をさぼっているとしか思えなかった。

 実際さぼっているのだろう。

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