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群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー  作者: MIRICO
第一章

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50 ー再来ー

「すごく、よかった。全然緊張してなかったよね」


 帰り道、小河原は興奮冷めやらぬと、理音のヴィーナスを惜しげもなく褒め称えてくれた。正直勘弁してほしかったが、小河原はあれがお気に入りらしい。

「要くんもしてなかったじゃん。マネージャを釣る餌役」

「え、餌って」


 実際、その餌はうまくまけたのではないだろうか。

 話もうまく、顔もいい。子犬でない時は可愛い顔をしながら、どこか冷たさの残る微笑みを浮かべる男である。あとは身長だが、それは今後期待だ。

 これからライバルが増える。は多分当たっている。


「マ、マネージャ集まっても、俺興味ないから!」

 何て、ムキになるほどはっきりと宣言してくれるわけである。こっちが照れるわ。

「理音も、視線集めてた」

「あの服じゃな」

 へっ。とやさぐれる。

 ただの見世物だ。他の二年たちがクスクス笑っていたのを、見逃す理音ではない。

 舌打ちしたくなる舞台であった。


 全く、誰だ。コスプレしようなんて言ったの。


「似合ってたよ。すごく。綺麗だった。俺、好きだな、あの格好」

「露出のあるのが?」

「ち、違う!理音が似合ってたって話!」

 うん、フォローはありがたいが、聞いていると切なくなってくる。

「理音って、結構綺麗目の服似合うんだなって、思った」

「要くん。もう切なくなるから、いいよ無理して言わなくて」

 褒められすぎて、聞いているのが辛くなってくる。小河原は賛美を惜しまない。

「本気で言ってるよ。すごく、似合ってて、好きだなって」

 目が点である。照れて言われているが、理音の心臓によくない。そこまでべた褒めされて、さすがにこちらも赤面する。

「はい、ありがとうございます」

 なぜか敬語になって、目のやりどころに困った。小河原が照れても顔を背けず言ってきたからだ。

「俺、本当に理音のこと好きだよ。理音が、誰か、他に好きな人がいても」

 突然の告白に、理音は顔を上げた。

 触れられた手のひらがとても冷たくて、小河原の赤面が消えて、白のそれに変わっているのを見た。


 知られていた。

 それはわかっている。


 けれど、それを小河原から言うとは思わなかった。


 自分たちはまだ友達のような付き合いで、それから始めようとしているのだから。

 しかし、それを言ったら決定的ではないか。


「それでも、好きだってこと」

 小河原は理音の考えていることはわかると、もう一度同じことを口にした。

 それでも、始めてほしいのだと。


「私は、要くんのことは好きになれると思う」

 それは正直な心だ。

 小河原はすぐに返ってきた応えに言葉を失った。

 思いもしなかった応えに、一瞬顔が緩む。


 けれど、

 理音はけれど、と続ける。


「会えなくても、会いたい人はいる。一緒にいて、一緒にいたのなんて二ヶ月くらいだけど、それでも好きになっちゃって、でも会えなくなった。別れの挨拶もできなかったし、お礼も言えてないしで、たくさん後悔してて、だからどんどん会いたくなる。でも会うことはもうないから、忘れた方がいいんだけど、忘れたくない」

 忘れるわけにはいかない。

 全てが夢なのかもしれない日々を忘れてしまったら、ここにはもうフォーエンの名を呼ぶ者すらいない。名前すら忘れてしまったら、本当に夢になってしまうのだ。

 それだけは嫌だった。フォーエンの名前だけでも覚えていたい。

 好きでも報われなくても、せめて名前だけは。


「フォーエンのことは忘れたくない。要くんと一緒にいても、彼のことは思い出す。でも思い出さないようにしてる。あの小瓶は忘れたくないから持ち歩いてた。あれしか、彼が存在した証拠がないから」

「証拠…?」

「夢みたいな話なの。だからもう会えない。ごめんね要くん。私はきっと、しばらく、ずっと、彼のことは忘れられない」

「俺は待つよ!」

 間髪入れず小河原は答えた。それはとても真っ直ぐで、だから理音も小河原に添えればと思ったのだ。

「うん。…うん。できるだけね、できるだけになっちゃうけど、私は要くんといたいなって思う。要くん私に甘々だから、ほんとの要くんも知りたいかなって」

「俺、性格偽ってるわけじゃないからね!?」

 本人も自覚があるわけだ。だが偽っていない。それは真実だろう。疑っているわけではない。

 焦って返す小河原に、理音は笑いかけた。

「子犬だと思ってたら、シェパード成犬みたいな」

「え、何その例え…」

 的確な例だと思うのだが、小河原は不服らしい。

 子犬って、と一人考え込む。


「ねえねえ、今度デートどこ行こっか。私、要くんの行きたいとこ行きたい」

 これは精一杯の返答だ。みるみる紅潮する頰を見ながら、その手を握った。

「俺、次は水族館行きたい。理音と動物園回るの楽しかったから。次は、手を繋いだままがいい」

 タラシ込み子犬発言である。

 要所で恥ずかしがりながらも、正直な心を伝えてくれる。

「要くんは、予想以上のタラシだね」

「何で!?」

「はー、子犬でそんなの頼まれたら、きゅんってするわ。ずるいわ」

「そ、理音に言われたくないよ。理音も急に近づいてきたりするから、俺結構、…」

「結構?」

 小河原は真っ赤のまま腕で顔を隠すと、

「嬉しくて死にそうになる」

 血を吐きそうになることを、さらりと言ってくれた。


 わだかまったものがあったのだと思う。

 それは当然で、小河原を悩ませたはずだ。

 理音の想い人が、近くにいると考えたかもしれない。けれどそれは小河原にとって杞憂で、あり得ない話だった。

 フォーエンのことを話したおかげで、小河原との距離は前よりも近くなったかもしれない。


 そのまま一緒にいれば、きっとうまくいったかもしれない。

 けれどそれは仮定であり、可能性だった。


 ひとまずが終わり、元に戻ったはずだった。

 しかし、また新しい状況で、新しい場所に行き着くのだ。




「おい、お前、こんなところで寝るとは、どう言う了見だ!起きろ、この女!」

 人を覗き込み、おかしな格好で叱咤してくる男が誰なのか、寝ぼけた頭で考えた。


 ゆっくり起き上がろうとした理音は、男が妙な着物を着ていて、頭に鉢巻をしていたことに気づいた。

 否、髪をまとめたお団子の包みから、リボンのように垂れていたのがわかった。


「ウーゴの木の下で眠るとは、何と言う罰当たりなことを。さっさと起きてそこをどけ!ここは神聖なるウーゴの棚であるぞ!」

 仰々しい表現に、いやに宗教じみた言葉と、その知っている名前に理音は呆然とした。

 起き上がって頭の上にある木の枝を見つめて、それから辺りを見回した。


 月が、一つ、二つ。


 大小二つの月が、空に浮かんでいる。


 それが何なのか、理解するには時間が必要だった。

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