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群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー  作者: MIRICO
第一章

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49 ー可能性ー

「理音。そ、それで舞台出るの!?」

「ねえ。何でだろうね」

 昼食を早めに取って、理音は着替えていた。

 白の布に包まれたその姿に、小河原は照れるどころか、眩しいものでも見るかのように、顔を隠しながらよそを向く。


 予定では、違う人が着るはずだった。

 サイズは彼女に合わせて作ったし、綺麗系の彼女に似合うように、お色気プラスの露出度を出したもので、男子部員を釣ろうと言う計画もあった。


 なのにである。

 ここにきて、まさかの風邪でお休みをしてくれた。


 一体、このお色気ヴィーナス衣装を誰が着るかと言う話になって、体のサイズの似た理音が着ることになった。

「何で私が…」

 背中はばっくり、手足は出て、胸が少々足りない衣装である。

 体のサイズは同じなのに、乳のサイズだけ違うのは卑屈になるしかない。

 似合う人が着ればいいのに、サイズが合わないからと理音に白羽の矢が当たった。

 そんなもん、当たってほしくない。


 ぶすくれた顔でヒールを履く。かかとの高いそれは、理音の背筋を伸ばした。そのため、目線が小河原と同じになる。

 敢えて小河原と一緒の時には、高いヒールを履かないようにしていたのに、台無しである。

 小河原も居心地悪そうに、後ろに一歩下がった。

 わざとではないのだから、逃げないでほしい。


「でも、すごく、き、綺麗だね」

 目線も合わせずに言われても、あまり喜べない。

「大丈夫、お世辞は十分。早く終えて早く脱ぎたい」

「え、ほんとだよ。すごく似合ってる!」

 力説されても、それはそれで恥ずかしい。

 早く脱ぎたいをぶつぶつ呟いて、これから体育館へ行かねばならないと思うと、憂鬱になった。

「理音、しゃ、写真撮っていい!?」

「やだ!」

 即答に小河原は肩を下ろした。友達が、撮らしてやれよと横目で見てくる。

 嫌なものは嫌だ。記憶から消去したい。

 こう言うのは似合わないのだ。ならば、何が似合うのかと言われると、それはそれで困るけれども。

 大層な顔をしていないのに、無理に似合わない服を着るほど滑稽なことはない。

 分相応なものを着るのが、身の程と言うものである。いつもびらびらな装いをされて、思っていたことな訳だが。


「いーじゃん、理音。せっかく化粧もしてんだしさ。小河原くん、一緒に撮ってあげるから。おいで」

 子犬を呼ばないでほしい。

 耳と尻尾を振らせて、子犬は近づいてきた。

 撮った写真はあとでこっそり消してやろうと思いつつ、その他数枚撮られたことに機嫌を悪くした。撮った写真をしっかり共有してくるのが腹立たしい。


 そんな理音の近くにいた小河原も、いつの間にかユニフォームに着替えていた。

 小河原は天文部より先に、サッカー部代表として説明をするのだ。

 女子マネージャーを釣るためだと耳にしている。

 本人はとんでもないと首を振ったが、多分本当なのだろう。


 ユニフォームに着替えた彼は、既に子犬ではなかった。


 彼はマイクを持っても、赤面することがない。

 メモも持たず、どもりもせず、流暢に説明していく。

 一緒に舞台に上がった二人の男は、リフティングをしてアピールし、マイクを持った女子マネージャーは、小河原に促されながら、恥ずかしげにメモをつっかえながら読んでいた。

 読み終えれば、小河原が言葉を追加する。

 メモを見ていても間違えた女子マネージャーのフォローをしているのだ。


「ねえさー、小河原くんって、実はイケメン?」

「ね、私も思った」

「お前が言うなよ」

 舞台脇で待っている天文部員が、運動部の派手なパフォーマンスに尻込みしながら見ていたわけだが、小河原のあの落ち着きが、普段理音の前にいる小河原と全く違うことを知って、友人たちが一様に驚いてみせる。

 そうなのよ。あの子、私の前以外じゃあんななの。


 実は、あっちが素なのかもしれないと、薄々気づき始めた。

 どっちも素なのだろうが、理音と共にいる時が特別別人なのだ。

 理音の前では焦るあまりどもってしまう彼だが、今はナチュラルに司会を務めている。声も聞きやすく通るので、聞いている新入生たちは静かにその様を見つめていた。

「あれだわ。ライバル出るわ。理音、やばいわ」

「あれで身長あったら、やばそー」

「伸びてるって言ってたよ。今ヒール履いたら、同じくらいになっちゃったけど」

 まだ高校二年なわけだから、伸びないことはないだろう。

 本人は伸びると信じている。それを一緒に信じてあげたい。

 ローヒールしか履けないので、もうちょっとでいいから大きくなってほしいのは、理音の切実な願いだ。それ以上に小河原の願いだろうけれど。


 パフォーマンスを終えたサッカー部が、舞台袖に帰ってくる。

 その時も焦ることなく堂々と戻ってきたのに、理音と目が合った途端に照れだした。

 その変貌が、また不思議である。


「少し、緊張した」

「全然でしたが」

 あれで緊張してたとか、何を言うか。である。こちとらコスプレで、緊張どころか気分が悪い。

 自分はヴィーナスの役で、ヴィーナスが美と愛の女神と自分で言う罰ゲームだ。

 金星の大きなパネルを持って説明するので、それを顔の前で持っているつもりである。

 頑張ってね。と優しく送り出されても顔が強張った。不機嫌にだ。とてもではないが笑顔など作れない。


「天文部でーす」

 もう既に笑い声が薄ら聞こえて、居心地が悪くなってきた。

 天文部の活動を説明しますーだのが始まり、それを聞きながら、理音はため息つきそうな顔でパネルを持ったまま自分の番を待った。


 舞台に立つのは、あれ以来だ。


 戦争を見送った、あの日以来。

 意気揚々として、フォーエンを皆が見上げていた。

 彼は当然とあそこに存在した。存在だけでその威厳を表していた。

 揺るぎなき燦然たる宝石のように、毅然と佇む。それを横で見ていた。


「ローマ神話では、ヴィーナスは愛と美の女神です。メソポタミア文明では女神イシュタル。ギリシアではアフロディーテ。キリスト教においてはルシフェルと、ほとんどの方が耳にしたことのある名前を持った惑星になります。地球の隣に位置する金星は目視でも簡単に見つけられ、知らず目にすることもあるでしょう」

 パネルを持っているのでメモはない。パネルの裏にはカンペを用意していたが、見ることはなかった。

 それなりに噛まずに発表できたと思っている。脇で控えていた小河原が音を出さないようにエアで拍手をしていたので、問題はなかっただろう。


 フォーエンを思い出して、背筋を伸ばしたことは口にしない。

 自分は、どれだけ彼に影響を受けているのだろう。


 どれだけの想いを、募らせてしまったのだろう。

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