45 ー情報網ー
「プラネタリウムって、あんなに面白いんだね!」
子犬の尻尾ぱたぱた。小河原は、今見た星空の説明と音楽に酔いしれて、恍惚と目を輝かせていた。
初のプラネタリウム体験だったらしい。彼の目は子供のそれで、上映された内容について熱く語ってくれる。
ここまではまってもらえると、行ってよかったと思える。
誘ったのは自分ではないが、彼が選んで誘ってくれたことに、彼が喜んでくれると言うのは、やはり嬉しくなるものだ。
「山奥に行けば、目で見れることもあるよ。去年行ったところは、すごく綺麗だった」
ふと、あの日の星空を思い出して、語る。綺麗だったけれど、実の所、あまり印象に残っていない。
自分の見た星空はあちらのもので、こちらのものではないと気づいて、いや、と続けた。
「海外とかで見れば、もっときっと綺麗だろうねー」
「でも、日本でもあんな星空は見れるんだね。俺、祖父母の家も都会だから、そう言うの見たことなくて」
「私もだよ。親の田舎でも、あんな星空なんて見ないなー」
「部活の一環で、山奥に泊まりに行ったんだよね。そう言う活動もいいな。俺らの時なんて、夜起きてる余裕なんて全然」
「だよね」
夏合宿は吐きそうになったと聞いている。
運動部の厳しさは、文化部にはわからない世界だ。
夏の日差しの下で走っている姿を想像するだけで、無理だと首を振れる。
運動は嫌いではないが、厳しさは別であろう。
小河原はこの日のために前知識を得ていたらしく、覚えたことが出てきて嬉しかったとのことも逐一教えてくれる。
素直な子である。
どれだけ頑張ってくれるのか、逆に申し訳なくなってくるわけだ。
理音は、小河原の好きなものを、よく知らない。
「あ、あそこだよ。新しくできた店。混んでないといいね」
指差された先は、女子率の多そうなおしゃれカフェだった。店舗限定メニューがあるらしく、客が少しだけ外に漏れている。
「と、混んでる、かな」
「いいよ。ちょっと並ぼ。その限定メニュー食べたい」
せっかく誘ってくれた店だ。できれば彼の望むところに行きたい。ちょっぴり待つくらい、どうってことはなかった。
それだけでも小河原は顔を紅潮させる。肌が白いので、なおさらわかりやすく赤くなるのだ。
外で毎日走り回っているのに、色白なわけである。なんとも羨ましい。
小河原は、理音が彼の誘いを断らないだけで、顔から愉しい気持ちが溢れてしまっていた。
その素直な表現力を賞賛したい。嫌味でなく、自分が彼氏だったら、何だこの小動物可愛すぎだろう。である。
こんな女子力を持ってみたかった。今後まずあり得ない望みとわかっている話だ。
羨ましいと思いつつ、努力しようとは思わないダメな女ぶりであるが、人には向き不向きがある。短いスカートで足を大っぴらに広げる理音には無理な話。
それでも、最近は気をつけているのだが。
「限定メニュー、二つあるんだね。どっちにしようかな」
並んでいる間に渡されたメニュー表を見て、どちらも女子好きのする小さなプレートに乗せられた料理だな、足りるのかこれ。と大食いを口にはせず、小河原にメニューを渡す。
小河原は真剣に考えている。可愛らしいプレートの上に乗ったオムライスか、可愛らしいプレートの上に乗ったパスタか。お前それで足りるのか?と言いたいが、黙っておく。
ここはせめて、足らないねーなんて言わないようにしたい。
追加でケーキセットにできるので、それで何とかするかと算段する。
「俺、オムライスにする!」
一大決心。力んで言うと、小河原はメニューを返してきた。もう変える気はないらしい。
「んーじゃ、私パスタにしよ。小河原くん、ちょっとちょうだい。そっちも食べたい」
「え、う、うん!」
断りもせず、人の食べ物を奪うのは、さすがに小河原にはまずかろうと思って確認してみた。
フォーエンであれば気にせず横から奪うのだが。そして睨みつけられるわけだが。
内心そう思ってかぶりを振った。ここでフォーエンを引き合いに出すとは、小河原をバカにしすぎである。丁度店員に呼ばれて、立ち上がることでそれを振り切った。
今一緒にいるのは、フォーエンではない。
「東雲さんって、何で天文部に入ったの?中学ってバレー部だったって聞いたんだけど」
誰から聞いたのだろうか。突然の質問に、つい唸る。
小河原はどこかに情報網があるらしく、理音が話したことのないネタをちょいちょい出してくるのだ。その辺りだけ、小河原の謎な部分だなと感じる。
理音と同じ中学の人間は高校に多いが、仲がいい者はいなかった。むしろ知らない者ばかりで、彼らに自分の中学時代を知っているかと聞けば、知らないの一言だろう。
それなのにだ。その辺り、探りをいれたくなる。
「天文部は、前から入りたかったのね。中学はそんなのなかったから。バレーはお兄ちゃんがやってたから、その影響で」
運動は嫌いではない。かと言って得意な物があるわけでもない。どれに入っても満遍なくできて、そこそこの結果しか出せないであろう。それくらいの運動レベルだ。別に苦手な運動があるわけでもなかったので、結局何でもよかった。
ただ、バレーは五つ上の兄が長く続けていて、よく練習相手にさせられていたから、試合の経験はなくとも、それなりに行うことができた。
だから中学はバレー部だったわけだが、高校はやりたいものに手を出したのだ。
「天文部に入ったのは、元々星が好きだったからだよ。うちおじいちゃんがそっち系で働いてたことあって、星関係の本とか物とか、子供の頃からよく見てたの。子供の頃おじいちゃんに星見表と望遠鏡もらって、それからかな、星見るのが当たり前になったの」
その祖父も亡くなった。それから形見で父が譲ってもらった望遠鏡を、理音が使っている。
星を見るのは、日常的なものだ。
夜ご飯を食べてお風呂に入るくらい、普通に生活の一部である。
天文学者のように頭がいいわけではないので、そんな将来はないが、そちら方面で働ければ嬉しいな。くらいには考えている。
勉強しなければならないのは確かなのだが。
「よくさ、グランドの端っこで、何かやってるじゃん。器具みたいなの使って。望遠鏡の時もあるけど、そうじゃない時もあって」
「太陽測定器かな。日影曲線調べたりして。時期によってどれくらい太陽の影が変わるか調べるの。年間通してやってるからね」
「いつもさ、楽しそうにやってるから、何やってるのかなって思ってたんだ。天文部だったら高いところからやればいいのに、グランドでやってるし」
「校内だと、三百六十度空が見れないんだよ。屋上上がるの許してもらえないし。屋上は合宿の時しか許可もらえないんだ。だからグランドでやることにしてるの」
「そうなんだ」
校舎も家もビルも邪魔にならず、建物の影にならない場所は、グランドの隅しかない。
比較的周りに高い建物のない場所を選んで、測定を行っている。主に遊んではいるのだが、測定もやる。
「俺、そこにボールぶつけたことあって、覚えてないと思うけど」
「え?」
言われて思い出した。ボールをぶつけられた覚えはある。太陽測定器を使って記していた時だ。
どこからか飛んできたサッカーボールが、測定器を直撃した。手作り測定器はくしゃりとつぶれて、使い物にならなくなった。
「あー、あー。あれ?あー、え?あれ、小河原くんだったの?」
それを言って、小河原は体を小さくした。申し訳なさ半分、やっぱり覚えられていなかったショック半分の、残念な顔をして。
「俺、だったんだよね。作ったやつ壊したって、怒られて」
「あー、友達が本気でキレて」
初手作りの、初測定器をおしゃかにしてくれた罪は重い。
カッターとノリを駆使して作った、図工作品である。それを壊され友人は本気で怒り、殴りださんばかりに拳を握った。当たったサッカーボールを、当てた本人に当てるくらい怒っていた。
そう、当てたのである、蹴りつけた上にそれが当たった。
「うわー。あれは、ほんとにごめんね。結構時間かけて作ってたから、もうかなりキレてて」
ブチ切れだった友人を諌めて、何とか抑えてもらった。そうでなければ胸ぐら掴んで殴っていたかもしれない。
相手の子が女の子だったのに、そこまで怒ったら泣いちゃうだろう。と思って、急いで止めたのだ。
そう、女の子と思って。
「おう、ああ。おうう。あれか。ああ。そうね。ああ。あああああ」
言葉にならない言葉を発して、あれを女の子だと思っていたことに言葉を濁した。
覚えていないわけだ。ずっと女の子だと思っていたのだから。
「その時、すごく庇ってくれて、それで覚えていて」
確か五月とかその辺りだ。部活に入ってそう経たない頃の話で、そんな前かと思い出す。
「それから、ずっと気になってて。覚えられてないって、わかってたんだけど」
覚えてはいるが、性別と人物が一致していなかったとは言えない。
ああ、と曖昧な相槌しか打てなかった。
そして告白後の、どちら様ですか。である。
自分で言うのも何だが、最低な話だ。申し訳ないと謝りたいくらいである。
「小河原くん、すごい身長伸びたってことだよね。もっと小さかったような」
「う。そう、だけど。確かに一年の始め、すごい小さかったけど」
言って、また失言と気づく。
あの頃、彼女は理音より小さく、肩幅も少女のそれだった。男だったわけだが。
華奢で何て可愛い、サッカー部のマネージャーかと思っていた。それより身長が伸びて男っぽくなったとは言えども、小河原の身長は理音の少し上ほど。百七十センチメートルもないだろう。なので、小さい方ではあるわけで、伸びてもその程度なのだ。
「何か、印象が、違うかなーって」
適当な言葉である。これ以上何か言うと、もっと傷つけてしまいそうなので、口を閉じておく。
「ま、まだ伸びるから。もっと、全然!」
力説である。本人かなり身長の低いのを気にしているらしい。
「男の子、身長伸びるの早いもんね!」
などと微妙なフォローを入れてしまう。黙っていることができない悪い癖だ。
そこにやっと頼んだ物がきたので、そちらへ意識を変える。
しかし、あんな昔のことで気になっていてくれるとは、新鮮だった。
まあ、女子だと思っていたわけなので、助けたと言うのもおかしな話なのだが。
あれが男だったとわかっていたら、そこまで助けなかったかもしれない。
小河原は、理音の楽しそうな笑顔がいつも気になってて、と付け加えた。
恥ずかしそうに言ってくれたが、恥ずかしいのはこちらである。
最初の告白よりずっと身近に感じる告白を聞いて、さすがの理音も耳を赤らめた。
何にせよ、小河原が理音を好いているのは側から見てもわかりやすいことだ。友人談。
自分からではわからなかったが、それを目の当たりにしたのは、試験前の出来事だった。




