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群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー  作者: MIRICO
第一章

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46 ー真相ー

 部活のない試験前、一週間は二人で図書館で勉強しよう。

 などと学生として素晴らしく、かつ、付き合いたてカップルにはわかりやすく、一緒にいられるイベントが発生した。


 発端は理音であったわけであるが。


 いつも授業の半分は半寝の理音が、小テストで驚くべき最低点を更新したのが、主な理由だ。

 何と英語の小テストが、一点だったのである。

 十点中ではあるが、一点である。それが何と、三学期丸ごと続いた。


 これはダメだな。と頭を入れ替えて勉強することにした。

 どうせ眠れないのならば、勉強に身を入れようと夜中頑張っていたわけだが、やはりそこは眠れなくても体は眠りを欲しているわけで、勉強をしようとすると睡魔が襲ってくると言う、ふざけた話である。

 かと言って、深くしっかりとした、良質な睡眠がとれるわけでもない。しかも机上で眠ると言う、真冬にあるまじき真似をして、風邪すら引いてしまった。

 試験前に体調不良と合わせ技の寝不足ぶりを見せた理音に対して、小河原が、それなら一緒に勉強しよう。と誘ってくれた次第だ。


 放課後、ホームルームが終われば、図書館でお互いを待つ。早めに終わった方が席を取る。そんな約束をした三日目、理音は遅くなったホームルームがやっと終わって、図書館に向かっていた。

 また待たせちゃうな。あの担任脱線しすぎなんだよ。思いつつ、廊下を小走りにして通った。

 担任の話は時折長くなる。勉強をしっかりやれよ。からの、なぜかプロ野球の話である。脈絡がなさすぎて、何の話をしているかもわからなかった。

 担任の中では努力した人が報われていくんだぞ。みたいなことを言いたかったようだが、例が極端だ。しかも、ちゃっかり自分の好きなチームの話に持っていくので、何の話をしていたかも忘れてしまった。

 そのおかげでホームルームがいつもより十二分に長引いた。

 小河原を待たせてしまっているので、急いで図書館までの階段を駆け上る。


「ごめ、ホームルーム長引いちゃって」

 既に席について教科書を開いていた小河原に、理音は息切れしながら駆け寄った。

 何せ図書館は一番階上で、一階から六階まで一気に走ってきたのである。

 文化部には結構な運動量で、理音は咳き込みそうになりながら席へ座った。

「そんな急いで来なくても、大丈夫だよっ」

 汗をかきそうなほど全速力で走ってきた理音に驚くと、小河原の方が焦ったように立ち上がった。

「やー、私が頼んでるのに。それに、昨日くれた英文法のノートがわかりやすくて。ありがとうねー。これなら迷わないで覚えられそう」

 先日、文法がどうもごちゃ混ぜになってしまう理音は、小河原より手作りのノートをいただいたのだ。試験範囲の文法とその例題なのだが、それがまたわかりやすい。答えも隣のページに書いてあって、何この神ノートと崇めたくなるほどだった。

「あれは、塾でやったやつ、写しただけだから」

 照れながら言う小河原を撫で回したくなる。

 写してくれるだけでもありがたいことだ。そんな献身な真似を、誰かにしたことがない。

「ほんっと助かります。もーさー、混ざっちゃうんだよね、言葉」


 何の、とは言わなかった。

 小河原も気にせず、そうだよね。と頷いてくれる。


 難しい文法などは学ばなかった。けれど物の名前は毎日覚え、細かい状況なども覚えている途中だった。

 そのせいで、単語が英語と混じるのだ。


 一日のほとんどを、言語の勉強に費やしていただけあったと自負したい。

 しかし、それが大きな障害になるとは、思いもしないことだった。


 フォーエンとツワのスパルタが、今では英語の勉強の足を引っ張っている状態である。

 何言語も話す人間の気が知れない。

 日本語から英語へ変更する問題で、あれこの単語どっちの単語?とわからなくなる日が来るとは思わなかった。

 混じってしまうほどのレベルに上がっていたことも驚きではある。

 小学校からゆうに六年は学んでいる英語と、二ヶ月少々学んだ言語とレベルが似たり寄ったりなのだから。

 ただ、その二ヶ月学んだ言語は手書きができなかった。何分、文字を書くことは教わっていない。なので、あれ、どっちの単語?と思った時に、綴りが全く浮かばない方が偽物なのだ。 

 その考える時間のロスは、テストでかなりの邪魔になる。一度あの言語をすっぱり忘れなければ、頭の回転の悪い身として大変問題であった。


 けれど、それを忘れようとしていないのも事実なのだ。

 忘れたくないと言った方がいいだろう。


 彼らとの時間をなかったことにしたくないため、思い出した単語は全て書き記してある。 

 全ての単語を思い出すのは難しいだろうが、それでもやってきたことを失いたくなかった。


 だが、今日は頭を切り替えて英語の時間だ。

 単語は自分で覚えるとして、文法である。


「過去完了と過去進行形はいいとして、仮定法過去と仮定法過去完了の使い方と…」

 覚えればこれくらいちょろいはずだ。ダーデュとかデュとか、出てこなければいいわけである。

 ディヴァダーデュとか、濁点多すぎだ。ヴァインとかジーンも微妙な舌使いの音なので、英語とフランス語の合間みたいな音がする。それをやりそうになるのを堪えて、発音記号もチェックした。

 小河原も素朴な疑問を持ってくる。理解しているのに、なぜ一点なぞ取っているのかと。

 それには自分も同意だ。主に時間のロスが多いわけではあるが、英語より先に思い出しやすいのが難点なのだろう。


「これなら大丈夫だよ。数学やった方がいいかな?」

「それでお願いします。数学は普通に無理」

 まず先にお断りを入れておく。英語よりまずいかと思われる。何せ基礎ができていない。

 クスリと笑われながら、数学の教科書を出している時だった、女子のお声がかかったのは。


「あー、要くんだー。べんきょー?」

「え、彼女ー?ほんとに天文学部と付き合ってるんだー」

 天文学部を強調されているように聞こえて、ついその声の主を見る。見ただけだ。まだ睨んではいない。

 小河原には不似合いな、真っ赤な口紅をした、けばい女子たちが声をかけてきた。

 小河原の周りならば、もっと可愛い子が集まればいいのに。などと、彼女としてあるまじきことを思う。

 何を言い返そうかな、と思った矢先、理音は考えるのをやめた。

 小河原が女子たちに振り向く一瞬、辺りを凍らせるほどの鋭い睨みを効かせたからである。

 女子たちは気づいていない。

 あれ?と思う間に、小河原はにこりと笑顔を作って、何か用?と優しく言った。

「私も教えてもらおうかなー」

「私もー。数学苦手ー」

 香水の匂いがきついのでお断りをしたいが、それを言う前に小河原が突然立ち上がった。

「悪いけど、彼女と一緒だから遠慮してくれる?」

 やはり笑顔で返すのだ。けれどその中にどこか脅すような迫力を感じて、理音は小河原の顔をまじまじと見つめた。

「え、要くん、怒ってる?やだあ、怒んないでよー」


 あ、それ以上やめた方がいいと思う。


 止めようとした理音を後ろにして、要は言い放つ。

「邪魔だって言ってるんだけど。わかんない?」

 優しい声で言いながら、言葉にはっきりとした否定をのせた。その上、小河原に不似合いな凄みを効かせると、すとんと席へついた。そうして、そのまま理音に笑いかけるのだ。数学やろうか。と言いながら。

 女子たちは思わない言葉を耳にして、しばし呆然としていた。

 しかし小河原はもう振り向いたりしない。完全な拒否を態度に出されては、すごすご帰るしかない。

 小河原はそれを見送る前に、あと、と付け足した。

「名前で呼ぶのやめてね」

 ダメ出しである。それが全て笑顔であった。ただし、表面だけのものだ。

 逃げるように図書館を出ていった彼女たちの背を理音がぽかんと見ていると、小河原が焦ったように教科書の折り目を強くして、ここをやろうと話題を変えてくる。


「小河原くん、要くんて呼ばれてるの?」

「や、違うよ!彼女たちが勝手に呼んだりして、俺は断ってるんだけど!」

 先ほどの雰囲気はどこへやら。理音に対して、焦って違うからと力説してくる。

「要くんか。小河原くんより言いやすいかな」

 別に嫉妬して言ったわけではない。ただ、小河原の態度が引っかかったのだ。

 あまりにも彼女たちと自分への態度が違いすぎた。

 自分をひいきしてるにしても、言葉のやりとりの差がひどく別人に思えた。


 だから、あえて彼女たちと同じことをしてみようと思ったのだ。


 だが小河原は想定していた通りに、顔を真っ赤にさせた。

「や、え、そ、それは、し、東雲さんが、よければ、全然それでっ」

 照れるのだ。彼女たちの言葉を、あれだけ冷たくあしらっておきながら。


 この子、結構きつい性格してるんだ…。


 理音の前では常に紅潮するような子であるのに、どうでもいい相手にはすこぶる冷たい。 

 笑顔で返しているため気づかれていないようだが、心がまるでこもっていない。

 それは意外な一面だった。

 誰にでも子犬の顔をしているのかと思ったのに。


 照れるのも本当であるし、冷たいのも本当なのだ。二面性を持っているかのようだった。

 今の顔を自分に向けることはあるのだろうか。そんな疑問が浮かんだ。ネガティブに考えればだが。

 ポジティブに考えれば、自分にしか照れた顔はしないのかもしれない。

 それを優越感を持って受けとるか、迷うところである。

 好かれているのはよくわかったが、あちら側の面も見てみたいと思ってしまうのだ。

 そこはやはり、まだ小河原を好みと思っていないからかもしれない。嫌われてもそこまでショックを受けないと感じているからかもしれない。


 ただ、面白い子だなと思った。

 前よりも、ずっと興味を持ち始めていた。

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