40 ー対応ー
それは、朝日も昇り始めた早朝に響いた音で、理音はその音で目が覚めた。
人のざわめきや物音が、やけに迅速で整った動きに聞こえた。
統率のとれたそれは遠くから聞こえ、朝食をとってその場へ向かう時には、既に静まっていた。
「エーゲーリーアルア!」
フォーエンが、すっと右手をかざすと、音は止む。
一種の儀式のように一人の男が旗を掲げると、それを合図に機敏に行進した兵士たちが歓声を受けて門へと歩んでいく。
戦争が、始まるようだった。
謀反騒ぎで捕まった男の一族が、反旗を翻したのだ。
とは言え敵の兵士は少数で、戦うとしても大した規模ではないらしい。なのでそこそこの部隊が、その一族を狩りに行くために、今、出発した。
それでも、理音には相当の人数に思えた。
重苦しい雰囲気で歩んで行くのかと思えば、彼らは堂々と、それは羨望の眼差しを受けて、立派に城を後にしていく。
まるで、パレードだな。と思った。
戦いに行くのに、あんなに威風堂々、正義をかざして、戦地に赴くのだ。
結局は、人を殺しに行くのに。
王を狙った罰だ。そのための粛清である。
戦ってこなければ監視程度で済んだものを、戦いに身を投じたわけだ。
フォーエンは、その予定があると、昨日言った。
だから、明日は兵士が戦地に赴く姿を見るために、また舞台に立つのだと。
そこにもちろん理音も立つ。早朝になるため、先に説明をよこしたのだ。
別に説明などいらないのに。呼ばれれば自分はそこへ行く。囮であることは、重々承知している。
けれどフォーエンは、既に知ったことだからと、予定を教えてくれたわけなのだ。
ちゃんと出ろよ、と念を押したのかもしれないが、律儀なことだ。
兵士の後ろ姿は、まだ続いている。
「戦国時代、みたい」
ぽそりと呟いた言葉に、フォーエンは耳を傾けたが、二度は言わなかった。
これはこの時代のこの世界の戦いで、フォーエンの戦いである。口出しはしない。狙われた彼がしなければならないことなのだ。
国を安定させるために必要な犠牲であって、強固なものにするには、不穏分子は全て取り払いたいのだから。
謀反を起こした者の末路は、見せしめにもなる。今後の反乱抑制にもなるはずだ。
それでも、戦いに行く者を見送るのは、複雑な気持ちだった。
相手が少人数であろうが、それでも犠牲はあるだろう。あちらを全滅させたとしても、犠牲は出るはずだ。
それがわかってるのに、あんな歓喜して見送るのか。
こちらの、やられたらやり返す、の重さが違いすぎる。
戦いたくなくても、戦ってきたら、戦わなければならないのだろう。
当然だ。守るために戦う。
国を盤石にしたいのに、邪魔をしてくる。それを崩そうとする。戦わざるをえない状況で逃げてしまえば、滅びるのは自分たちであり、理不尽に蹂躙されてしまうのだ。
どの世界にもある、弱肉強食の時代。
けれど、まるでテレビのニュースを見ているようだった。
他国で起きている戦争を、ただ映像だけで知る。
遠くの話を、他人事だと見て聞くだけ。
今、ここにいてもそう思う。
へえ、戦いに行くんだ。くらいのものだ。
直面しない限り、わかることなどない。結局は対岸の火事。
そうして、ただ平和になればいいと、願うだけなのだ。
「リオン?」
「え?」
伸ばされた腕に、理音は顔を上げた。
もうここにいなくていいのだと、フォーエンは戻ることを促してくる。
「ああ、…」
「リオン?」
「ううん、何でもない」
かぶりを振って、フォーエンの後をついて行く。ちらりと後ろを見て、いや、まさかな。と呟いた。
いや、まさか、こんなところで、兵士をしているわけが。
警備をしている者の中に、前に見た、短髪の男がいたような気がしたのだ。
舞台からは遠く、警備をした兵士などはしっかり見えるわけではないのだが、何となく似た男を見た気がした。
いるはずがない。と思いながら、いてもおかしくない。と思える男である。
兵士として紛れ込んでいても、何ら疑問を持たない。それくらい怪しげな人脈があっても、納得いく男だ。
例えそうだとして、何の用で兵士の格好なんてしているのだろうか。城の中に入り込めながら、フォーエンを狙うわけでもない。
何だろうな…。怪しさは相当なんだけど。
「リオン?」
「はい!?」
訝しげに呼ばれて、勢いよく返事をする。心あらずと歩いていたのが気になったようだ。
「あー、早く終わるといいね。ルータ?えっと、ヴィシス」
先ほど思っていたことを伝える。終わる、早く、の単語だけだが通じただろう。けれどフォーエンは納得いかないのか、じっと人の顔に注目した。
あ、文法ちゃんとやれって?
「えーっと、」
考えている間にコウユウに呼ばれたフォーエンは、あとで行く、と捨て台詞を残して行ってしまった。
文法使って話せと、注意を受けそうである。
英語に比べたらかなりの早さの習得数なのだから、許してほしい。
無論、フォーエンとツワがマンツーマンで教えてくれていて、その分勉強しているのだが。
しかし、フォーエンは厳しい。
何分、彼が習得するよりもずっと覚えが悪いのだから、彼も苛立ちが募ることだろう。彼の頭のレベルと、一緒にしてはほしくないのだが。
「はあ」
別に疲れてはいない。朝から重いものを見ただけで。
部屋について、やはり大きくため息を吐いた。
フォーエンを助けたいと思うが、現実を知っただけだ。
そうか、そういうことが後々起こってくるのか。と今更気づいただけである。
内々の暗殺未遂や誘拐で、終わるわけでない。競技場内での謀反だって起きているのだから。
なのに何だ、想像していなかったわけである。
それが、戦争というものに、変化することを。
かのハンムラビ法典では、やられたらやり返すと言うことは同等のものであり、同じ傷を得ることによって、それ以上のことはしちゃだめよ。と言うお話なのだから、それでいいじゃないか。とはいかないのだ。今更だが。
やり返すだけではない。
粛清である。
そうでないと、後々やり返される。
そう言う考え方だ。
そして、それが実際起きるのだろう。
「ほんと、文化が違う…」
こんなことで気落ちしていても仕方がないのだが、納得しても理解できるかは話が違った。
「難しいな…」
着物を脱ぎ捨ててからベッドにダイブして、理音は大きく息を吐いた。
早朝からの騒音は、眠気を奪っていた。それが忘れた頃に思い出させられる。
「ダメだ。寝ちゃう。昨日の復習しよ」
寝転がりながら、理音は音声アプリを開いた。
実は、昨日の授業をちゃっかり録音してあるのである。
難しい内容であったので、リスニングのためにとっておいたのだ。
それを再生して、最初から読み直す。自分の声が入っているのがつらいが、音があると復習にはいい。
誰かに聞かれてもあれなので、イヤホンで聞きながら始めた。
まあ、寝転がってである。
頭をベッドにつけたら終わりである。
いつの間にか睡眠学習になっていた理音に、怒りの声が届くのはすぐであった。




