24 ー事件ー
ねえ、あれなあに?
聞きたいが、今は聞ける状況ではないようだ。
フォーエンは、市町の視察に来ているようだった。
訪れた城から出て町へお供を連れて、へこへこする男たちから話を聞いている。
サラリーマンの接待のようだ。
行く先々でかしこまる人々、さもそれが当然だと歩む男たち。フォーエンが近づけば、すぐに頭を下げた。
見ているのは町の警備や川の堤防であったり、道なりであったりで、わかりやすく市井の状況と言ったところだろう。
男たちはフォーエンに話すのに夢中で、初めは理音を気にしていたけれど、今はこちらを見もしない。
邪魔な理音は離れて後ろを歩いた。いても何もわからないからだ。フォーエンの隣にはかならずコウユウが陣取り、彼に時折フォーエンがささやく。
お仕事、なのだろうな。
フォーエンの仕事だ。王さまであるゆえの、地方の巡回だろうか。
政治関係を彼が担っているのも、理音からすれば考えられない話である。
フォーエンは、どう見ても二十代そこそこであろう。若作りだとしても三十はない。それが国を統べるという事実。
市長すらで三十代は若いと言われているのに、二十代が総理大臣ということだ。
聞くと、え、その国大丈夫?がまず第一で言われるだろう。なんの冗談かと思う。
「リオン」
「はい!」
不意に声を掛けられた。
遠目を指差し、写真と一言。
ああ、はい。撮れってことね。
タブレットを取り出し、どこを撮るのかと電源を入れると、フォーエンは後ろから抱きつくようにタブレットに触れた。
「は!?」
そりゃ、声を上げますわ。
けれど、黙ってろと言わんばかりに、タブレットを持った理音の手を握った。
風に揺れる袖はタブレットを隠し、男たちからの視界を外れた。
「トル」
「はい!」
それを数回続けて、理音は察した。
あ、このために連れてこられた?
タブレットを使うのは、他の者たちに見られたくないようだ。
コウユウにも見えないように、それは行われた。
使うのを見られるのは自分も好まない。ほしいと思われて、奪われたくないからだ。
遠目であればなんだかわからないであろうから、気にせず使っているが、近くに人がいれば使うのも考える。
初めは、フォーエンにも見られたくなかった。けれど彼は奪おうとせず、理音の使う間に触れようとするため、気にするのはやめた。
その彼も、もう使い方は万全で、何の問題もない。使えないアプリが多くあったが、使えるものはもうマスターしている。
充電器の使い方も十分わかっただろう。これで奪われたら目も当てられないが、それはないと信じたい。
滞在期間はいつまでわからないが、こちらに来てからフォーエンは外の見回りに理音を必ず連れた。食事も同じにしたため、あちらの城、王都と命名。にいた時よりも、ずっと時間を共にしていた。
しかし周りに人が多いせいか、彼は終始無表情で、二人でいる時に見せるちょっとした気安さと言うものは皆無だった。
気安さと言っても、主に注意される時に見られる、眉を潜めてからの呆れ怒り(足を出している場合多い)であったり、勉強中の記憶力の悪さに目を眇めてからのわざとらしいため息であったり、なわけだが。
それでもたまに小さく笑うので、そこそこの表情はあった。
けれど、今は無である。
笑うことはおろか、不機嫌になるわけでもない。
無言でも、目で訴えてくる圧力ですら、見られなかった。
接待をしている人間からすれば、彼の考えは全く読めないことだろう。張り合いもないのではないだろうか。
どれだけ押しても表情が変わらず、反応がないのだから。
そのせいで話が終わると、フォーエンへののれんに腕押し状態が接待者に重くのしかかっていた。どこが悪いのだろうと、困惑の顔をする者は少なくないのである。
誰に対しても同じ態度だ。食いつく話もないのだろうか。けれど写真だけは取らせるので、興味がないわけではない。
「分析でもしてんのかな」
頭のいい人だ。考えがあってのことだろう。
フォーエンのお供をしない間は、部屋にこもることになった。庭には出れるので、特に問題はない。そこでは勉強をした。あとは夜星を見る程度しかすることがないからだ。
空を見上げれば、やはり満天の星。
ここから見る星と、王都で見る星はそこまで変わらない。
ただ若干、こちらの方が空が暗いようにも思えた。王都の方が光があるのだろう。あそこでも十分な星は見えたのだが。
中庭の木々に囲まれた小さな岩影で、理音はタブレットを置いて録画を始めた。星の動きを確認するためだ。
月はその存在を薄くして、星の煌めきがいっそう濃い。リュックをそこに置いて、しばらく待つことにした。
その時だ、女性に呼ばれたのは。
着物はツワたちと同じ着物だったが、見たことのない顔だ。緩やかに微笑まれたので、つられて笑うと部屋へと促された。
そこで何か変だな。と思っていた。思っていたが、それの理由を考えることはなかった。
ただ漠然と、変だな。と言う気持ちがあって、けれどそれがすぐには警戒に繋がらなかった。
後から考えれば、理音に微笑む女性はツワぐらいで、他の女性は理音を恐れていた。だから笑うことなどまずないのだ。それを不思議に思っていたのに、それが何の違和感か、その時には気づかなかった。
だから、部屋に入ったのち、すぐに後頭部に衝撃が走って、それが何だったのかも考える余裕はなかった。
耳に入ったのはノイズだった。小さなノイズで、それがジージーやらキーキーやら耳の奥に響く音だった。
空は宝石を散りばめたような星空だった。
天の川のような、けれどそれよりも大きな星雲が続いている。
その周りにも、色とりどりの星が目に入る。
その隙間を、白いものが通り過ぎた。
目の錯覚かと思えば、一瞬にして数多くの星が流れた。
流星群だ。
あれは前に見たものだ。
それは流れて、地平線まで伸びて見えなくなる。
あそこまではっきりと見える流星群は初めて目にした。
美しい風景なのに、なぜか寒気がした。
耳鳴りのようなノイズは遠く離れて、星と共に流れた。
いや、流れているのは自分だ。流星群と共に流されて、どこかへとたどり着く。
だから、ここに来てしまった。
ここは、エイシ国。王都はシャビス。今いる町を、エシカルと言った。
エシカルの周辺には小さな町があり、それぞれに名がついているが、そこまでは聞いていない。
王都からエシカルの町までの道のりで、通った町の名は聞いていたが、それ以外は何もわからない。
だから、そこで捨てられても、どこへ向かうなど、簡単にできることではなかった。




