18 ー名ー
近すぎる織姫は、理音の手元をちらりと見る。
スマフォが欲しいのだろう。すぐに渡してやる。
パスワードを入力しはじめたら、奪い返す気なのだが。
しかし、織姫はスマフォには触れず、じっと微動だにしない。
「どうしたの?」
聞いてもわからないが、一応聞いてみる。
無言で無動。
何なのだろう。
何か考え事でもしたいのか。邪魔するのはやめて、タブレットを広げた。小説を読んでいたのである。本棚にいくらか保存してあるのを思い出して、読み直していたのだ。
庭を散策して時間をつぶしていた毎日だったが、さすがに今日、庭を歩くのは気分ではなかった。なので早めにここでのんびりしていたのだ。
読んでいる小説はミステリーで、犯人がわかっているのがあれだが、暇を持て余すよりはいいと最初から読んでいる。
すると、当然のごとく織姫が覗いてきた。
考え事はどうした。
覗き込んだ先は文字の羅列だ。彼に読めるわけではないが、それが文字であるとはわかるだろう。
読めないとわかっているこそか、画面をなでなでしてきた。
「あ、ちょ!」
ページが飛んだ。
あっという間に、ひゅーっと先へ進んでしまった。織姫もそれはわかったか、流れたページをなでなでして戻そうとした。そうして、ひゅーっと戻ってくる。
「いや、もうどこのページかわかんないから」
初めて見るものがあれば、触りたくなるのは子供の心情だ。子供だと思って我慢する。
織姫はとりあえず触って確認が第一で、そこに遠慮というものは全くない。
なので、これ以上読むのは難しいと放置した。しかし、そのページが気に食わないのか、不機嫌な目線を送ってくる。
まるで、このアプリは気に入らないとでも言うように。
「もー、何が見たいのよ」
言って、写真データを取り出す。
「織姫の撮ったのなら、これだよ」
出してやった写真は、織姫が宴で撮った写真だ。かなり捨てたが、それでもいい枚数が残っている。
「これとか、綺麗に撮れてるよ」
広げた写真に満足するかと思ったが、特に興味ないらしい。なので、次の写真に移動させてやると、すぐに試してきた。
中身が見たいのではなく、写真が変わったことに興味を持ったようだ。
なでる方向によって移動が叶うとわかった織姫は、慣れた途端にひょいひょい次の写真をめくっていく。
そうして最近撮った、殺人犯のムービーまで行った。触れて動くと、それを黙って見た。
それが見たかったのか。
ムービーは三分少々の長さだった。思ったより長く撮っていたようだ。
池に光が入るのを待ったため、録画し放していたおかげで犯人も撮れたわけだが。
見終わるとホームボタンを押して、それを終了する。段々使い方をこなしはじめた。
しかし、今開いているのはパスワード認証後の画面である。織姫がそこを見るのは初めてで、内心しまったと思った。数あるアプリを端から押すのではないかと、つい身構えた。
しかし、杞憂だった。
なでなでするのである。
なでなでしかしない。
うん。なでても起動はしない。
そうして、こちらを見やる。
なでても隣の画面に移動するだけなので、よくわからないのだろう。そして、何かを目で訴えてきた。
想像するしかない。
織姫に教えたのはホーム画面でのものであるので、とりあえずそれにしてやるのだ。すると、また画面に目がいった。それでよかったらしい。
まだ小さい子の方が、少しは会話ができるから話がわかるだろうに。織姫はそれすらできないので、内容を悟るには難しいものがあった。
何せこの男、ジェスチャーをしないのだから。
ボスンと枕にしていたリュックによりかかると、かつんと何かが椅子に落ちた。織姫の裾まで転がって、タイミングよく織姫が握りしめる。
手のひらにあったのは、あの時もらった小瓶だ。
中身を飲むのが嫌で、リュックのポケットに入れておいたのだ。
手にした小瓶をじっと見つめ。いや、それ、あんたんとこの小瓶。なのに、怪訝な顔をしてくる。
呪文が出たが、やはりジェスチャーはない。
「それ、もらったやつ」
こちらもジェスチャーなく返す。
いらないので、そのまま持っていってくれても構わないのだが。
織姫は小瓶を握ったまま、何かを言ってくる。
いや、わからん。
「それ、あそこでもらったやつだよ。ほら、あそこ、木の、彦星の」
言葉を区切ってもわかるわけないのだが、つい言葉を発してしまう。
理音は仕方なしに、お絵描きアプリを起動した。
「大きい木あったじゃん」
適当な絵を描いてみる。
織姫はデバイスには興味あるのだから、何かをすればすぐに覗き込んだ。
案の定理音の手元を見てきて、つたない絵でも描かれていることに興味を持ってくれたか、真剣な顔をした。
「彦星がさ、木に傷つけて、樹液出て、瓶に入れてくれたの。もらったの」
小瓶を描いて、わかった?と問う。
絵のレベルがいたずら書きレベルなので、理解してくれたかどうか。
けれど織姫は、納得したように小瓶を持っていろと押し付けてきた。
いや、いらないのだが。
そうして指差す。
はい、お絵描きアプリですよね。
「このペンのとこ選んでさ、そのまま描くの」
ブラシの太さや色を選んで描けるのと、間違えたら元に戻す方法を、簡単なやり方でやって見せて、ほらやってみろと膝の上に置くと、織姫は指で何かを描いた。
しっかり教えた通り、ブラシの太さや色、やり直し機能まで使ってくるところが真面目人間織姫の偉いところだ。言われたところは必ず履修するのである。
見習うべき、習得意欲だ。
そうして、描かれたものは文字のように見えた。
「フォーエン」
指差す文字に呪文。それが、この文字の読み方なのか。
「ふぉーえん?」
一応復唱してみる。
これが何の意味を持つのだろう。
すると織姫は、くるりとタブレットを理音に渡した。
指差す相手は織姫だ。そしてフォーエンと一度言って、理音を指差した。
お前は?の意味にとれた。
「リ・オ・ン」
漢字で書いてやる。
「リ・オ・ン?」
おうむ返しがきた。間まで取らなくていい。
「理音だよ。理音。え、じゃあ、えーげーって何なの?やっぱ位?」
えーげーりーあるあだっただろうか。
えーげーを口にすると、織姫は少しだけ間をおいた。何かを考えている。
「フォーエンエーゲイ」
繋げてきた。
ならば、フォーエン王みたいな感じだろうか。この場合、フォーエンと呼び捨てるよりエーゲイと言った方がいいのだろうか。迷うところだ。
「リオン」
呼ばれて顔を上げる。その反応で納得したか、意味もなく頷いた。
そうして織姫こと、フォーエンは理音の名を呼ぶこととなった。
やっとお互いの自己紹介が完結して、それがわかった途端、フォーエンは理音を連呼するようになったのだ。




