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群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー  作者: MIRICO
第一章

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16 ー狙いー

 何かが近づいてくる。

 それが何か、涙が溢れて滲んでよく見えなかった。


 火の玉のように、ゆらゆらと近づいてくる。

 それが灯りだとわかると、涙しか出なかった。



 肩に掛けられた羽織を握りしめて、理音は震える身体を自分の手で撫でた。


 この場所は女ばかりと思っていたが、男もいる。鎧を着た男たちだ。それがガシャガシャと音をたてながら、足早に動く。


 男たちが布に巻かれたモノを並べると、殺伐とした空気を更に淀んだものにしていった。


 辺りは喧騒としていた。

 他の兵士が、片耳を抑えながら爆音を発している板をつまみ運んでくると、それを彼に見せた。それが何かわかる彼は、音を止めてこちらへ近寄ってきた。

 手渡されたタブレット。端が泥で汚れてしまっている。それをはたいて、理音は抱きしめた。


 犯人は急な歌声に驚き、逃げていったようだった。


 追いかけられてどうすればいいかと混乱している時、理音はとっさに音楽を流すことを思いついた。


 犯人がタブレットからの音を確かめるとしても、自分はそこに長く留まれないと思った。

 だが、さすがに大音量で音楽を流せば、建物の者たちも目覚めて、何事かと音の先を探しに来るだろう。

 音量を最大にして音楽を流す。これだけで助けが呼べると思った。

 犯人も驚くはずだ。

 だから、音楽を再生するとタブレットをそこに置いて、木陰に身を隠した。

 草の中でじっとして、震える身体を我慢して、ただ誰か助けが来るのを待ったのだ。


 その時間がどれほどだったのか、よく覚えていない。

 長く、そして永遠に思える時間は、火の玉が近づくことで終わった。

 いくつもの光が近づいてきて、理音の姿を見つけると、すぐに保護された。


 布で巻かれたモノは、既に事切れている。

 並べられた数は数えたくなかった。

 理音が見た場所以外でも、それは行われていたのだ。


 侵入者。その言葉が一番妥当だろう。


 誰が犯人であるとか、何のための殺人だったのか、理音はわからない。

 男たちがあちこち移動して、今も犯人を追跡しているのだろうか。


 タブレットをいつまでも抱きしめていると、上から織姫の呪文が聞こえた。

 言ってもわからないのだから、話す必要などないだろうに、けれど彼は何か言った。そうしてすぐに顔を背けて誰かを呼ぶ。お局だ。

 走ってきた彼女は膝を折ると、理音のために目線を同じ高さに合わせた。ゆっくりと肩を撫でて、立ち上がるように促してくる。だから立ち上がった。もう震えてはいなかった。

 促された場所は別の部屋で、湯おけを持ってくるとそこに足を入れさせた。走っている間に足元が草で切れたのだ。

 何カ所か赤く滲んで、洗われるとちりりと痛んだ。

 彼女は丁寧にそれを洗って拭いてくれる。そうして、別の女性が濡れた布で顔を撫でてくれた。

 涙でボロボロになっているのだろう。鼻をすすって、理音はその布を自分でとった。

 もう自分は落ち着いてきている。女性たちは憐れむような目線を送りながらも、けれどどこかぎこちなく、理音の視線を避けた。だから布を自分で手にしたのだ。


 彼女たちは、この状況でも理音を恐れている。

 

 何が怖いのかわからない。けれど、彼女たちは理音に怯えているのだ。

 お局はその顔を見せない。けれど彼女も同じ思いなのかもしれないと思うと、もう大丈夫だと言うように理音は立ち上がった。

 自分の部屋に戻って、とにかく隅っこに座っていたい。

 知らない部屋は落ち着かなかった。せめて、知った部屋で落ち着きたかった。


 そう思っていたのに、遮ったのはお局だ。

 彼女は部屋へ行かないようにと道を塞いだ。別の場所へ促してくる。それが嫌で彼女の前を通り過ぎると、他の女性たちも混ざって邪魔してきた。

 それがなぜかわからなかった。

 けれど、自分の部屋近くまで来た時に悟った。あの部屋には戻らない方がいいと。


 女性が、恐ろしさに顔を背けながら理音のリュックを持ってくる。

 その廊下で、運ばれているモノが見えた。

 そうして、壁に赤色のペンキがはねているのが目に入ったのだ。それは理音の部屋の扉の中にまで染み、嫌な匂いを漂わせていた。

 理音は悟った。

「狙われたの、私…?」


 もしかしたら、あの刺客はこの部屋に入り、理音がいないことに気づいて逃げる途中だったのではないだろうか。

 侵入する前に警備を殺して、部屋に来てみれば理音はおらず、何かに気づいた誰かをこの場所で殺し、そうして犯人は庭の方へと逃げていた。

 その途中、理音に会った。

 そうだとすれば辻褄が合うのだ。


 女性たちはすぐに理音を別の部屋へと連れた。あの部屋に入られないとわかれば、理音も嫌がることはない。

 ただその後は、どう歩んでその部屋に来たかは覚えていない。


 暖かいお茶を目の前に出されて、それを手に持っていた。そうして、口をつけないそれが冷えているのに気づいた時に、織姫がゆっくりと部屋に入ってきた。


 対面に座って、当たり前のようにお茶を出されて、それを口にする。

 あまりに普通の動作で、理音はそれをぼんやり眺めていた。

 夜中なのに、彼の服は寝巻きには見えなかった。

 しっかりと重ね着をして、帯も締めている。普段からその格好で眠っているのかは聞けないのだが。


 織姫も何も言わなかった。

 言ってもわからないので言わないのだろうが、それでもそこにいた。

 途中、男が報告をしに部屋へ入ってくる。織姫は終始毅然と接して、男たちに冷静に指示を与えていた。

 出たり入ったりそれは何度かあって、女性が入ってきた時はスマフォを持っていたのに気づいた。枕元に置いておいたものだ。

 織姫から手渡されて、それをただ眺めた。

 それで思うのだ。

「あっ!」

 理音はいきなり立ち上がった。

 持っていたタブレットを乱暴に開く。キーボードが邪魔だと外して認証をすると、コレクションを起動し、保存されたデータを開いて再生した。

 音は大音量のままで、外の虫の音が部屋に響いた。


 織姫が何事かと目だけで驚いたが、理音の再生したムービーに目を止めた。

「あった、ここ!」

 遠目を見るために拡大したその先、少しぶれているが、月明かりに照らされた相手が映っている。

 犯人は目と鼻だけを残し、布で顔を隠していた。服は黒の着物で、動きやすく短い裾だ。忍者のような格好をしており、足元には死体が転がっている。そうして、カメラがずれると、理音に向かって走り出した、その瞬間を、理音は停止した。

 映像を拡大する。犯人の顔がはっきり見えないか、マスごとに動かすと、一度だけしっかりと映っている姿があった。

 それを撮る。そうして更に拡大した。

 顔は男に見えた。体格もそうであろう。眉尻に大きなほくろがあって、二重まぶたの特徴のある目をしていた。


「ね、こいつ。こいつ犯人!」

 言ったと同時、織姫が立ち上がって人を呼んだ。

 呼ばれただろう課長が入ってくると、織姫の言葉にタブレットを覗いた。動揺するように眺めたが、眉根を寄せた。そうして頷く。

 織姫の呪文は、課長を部屋から出した。颯爽と出ていった。何かわかったようだ。


 役に立っただろうか。これで犯人は捕まるだろうか。

 織姫が何か言ってもわからないのだから、それがわかることはなかった。

 けれど、ふいに頭に手が届いた。ゆっくりと撫でられたそれは髪を巻き込み、耳元で途切れた。


 呪文が唱えられる。

 ふっと小さな笑み一つ。


 それがなかったように、踵を返して姿勢よく部屋を出ていった。

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