11 ー舞台ー
今日は髪をまとめているが、お団子の髪飾りがまた細かい。
ブランド物の高級ブレスレットのようで、金細工に宝石が散りばめられている。
王冠のような、サイズの小さめの髪飾り。
着物は袖裾共に、びらびらのものだった。足元を隠すほどの長さで、もちろん指先もすっぽりと隠されている。
体の線のわからない、重ね着のその多さ。
十二単だろうかと疑問に思う。それに近しい重ね着だった。
腰に帯が見られることから帯で締めているのだろうが、いくつもの羽織を着ているので体格はわからなかった。
そしてその模様の豪華なこと。鳳凰ような鳥、孔雀やキジのような羽模様の派手な鳥だ。
細々した模様はある種の絵画のようだった。しかもそれが刺繍である。
かといって、下品に見えないのがまた素晴らしい。
あれだけ重ね着をしているのに、調和がとれているのだから。
とにかく、恐ろしく長い時間を使って作ったものだろう。芸術作品だ。
しかも、着ている本人に似合うのがまた驚きだ。
服に着られるような気もするのだが、本人の美貌が華美さに優っている。
自分が着ている服は馬子にも衣装だとわかっている分、織姫が着こなせているのを見ると、心なしかひがみたくなるのだが。
しかし、何だって自分がこんな格好をしなければならないのだろう。
ちらりと一瞥する織姫が、内心何を思っているかはわからない。
霧氷の張った表情は、人を竦ませるには美しすぎた。
周りに待機している女性たちが、ほうっと感嘆の息を吐くのが聞こえる。
整いすぎる人形のような造形だ。それが、非現実さを増加させる気がする。
CGとでも言われれば、納得できるのだが。
織姫は、そのままお局に呪文を唱えた。頷くお局が、理音の手にしている物を奪おうとする。
リュックだ。
自分から荷物を離したくない。
だから、お局が置いていくように何度も言った。言ったと思われるが、頑として無視し持ってきたのだ。
しかし、やはり織姫は気に食わないと、それを置くように命令してきたのだろう。
綱引きのようにお局とリュックを引っ張り合ったが、他の女性たちも参戦してきて、結局奪われてしまった。
ただお局は側に控え、リュックをどこかにやろうとはしなかった。
だから仕方なく彼女にリュックを預けた。仕方なくだ。
そうこうしているうちに、扉が開いた。
それが、外への扉だと知ったのはすぐ後だった。
舞台。
一言で言うとそれだ。
織姫の後ろ姿は、舞台俳優さながらだ。
舞台には豪華絢爛なソファーやテーブル、その上に並べられたのは、大皿に乗せられた料理たち。
脇にあった背丈もある巨大花瓶に、花が活けられている。
その手前で立ち止まると、織姫はさっと片手を上げた。途端、怒濤の大声が響き渡った。
理音の耳には、えーげーと聞こえた。
それを数回復唱したのは、舞台下にいた人々だ。
道を挟むように、中央をあけて料理と人が遠くまで連なっている。
宴会場のようになっているが、そこは大きな広場だった。
そこで何百、何千という人々が舞台を見上げている。
映画のワンシーンのようだと思った。
古代の王族の宴会シーン、さながらなのだ。
織姫は、声が止む前にソファーに腰を下ろした。
背もたれも腕置きもある、ソファーは座り心地がとても良さそうだった。
理音はその後ろでただ呆けて見ていたが、お局がそっと理音に動くように促した。織姫の隣が空いている。そこに座れと言うのだ。
はっきり言おう。
お断りする。
隣に座る意味がわからない。そして、こんな大舞台に乗りたくない。
女性がリュックを持ってきてくれたが、理音は踵を返した。そそくさと逃げることにした。
奪い取ったリュックを持って来た扉へ戻ろうとすると、槍を持った従者たちが立ちはだかる。そこでぱっと女性がリュックを奪い返した。逃げるようにお局に渡すと、彼女はソファーの脇に置いてにこりと笑んだ。
その笑みが怖い。
そしてそこにリュックを置くとは、理音の心をよく理解している。
どうぞ、とお局はソファーへ促す。両膝を地面につけた彼女は、敬うように頭を下げた。
誰に下げているのかと甚だ疑問だが、織姫の命令は強固なようだ。
鋭い視線を感じて、大きくため息ついた。
ソファーに座りながらも織姫はこちらを睨みつけてくる。
なんだかな。
よって、当初の予定通りソファーに座ることになった。
初めからやれよ。の視線が飛んでくる。
いちいち睨みつけないでいただきたいものだ。
ソファーから眺める景色はまた格段なもので、人々から舞台上にいる二人、織姫と理音に多くの視線を飛ばすのは当然だった。
ことに理音は異質なのだろう。わかりやすく舞台近くにいる者たちは、理音を視線に入れながらこそこそと話している。
どう見ても良い話をしているようには思えなかった。
織姫が高位の者だとはわかっていたが、どうやらこの場所で一番の身分を持つ者なのだと理解する。
言うなれば王様だろうか。
その隣に座る理音が、なんとも滑稽で仕方がない。そう自分で思う。
居心地の悪さはそれだけでなく、頭の重みと服の重さでも増してくる気がした。その上これだけの大人数であるのに、舞台に人が上がるとシンと静まった。
仰々しい、儀式のように思えた。
うやうやしく首を垂れて、何かしらの口上を唱える。織姫は真っ直ぐにそれを見据えて、頷きもしない。
ただの観客であれば写真でも撮るのに。
スマフォはちゃっかり手に持っているので、写真を撮ろうと思えばいつでも撮れるのだが、さすがにこの状況でカメラ音は出せない。
舞台下は、皆舞台上に注目していた。
舞台に上がるなんて中学校の卒業式以来だ。卒業証書を手にして礼をする。その程度。
今ここにいる舞台は、その規模も派手さも比べようもないのだが。
そうこうすると、織姫が盃を持って立ち上がった。
彼の呪文は、マイクも使っていないのに広場に響き、誰もがその声を聞いた。
彼は王だ。
この場所で、舞台下の皆の王なのだ。
その威厳と風格は、年若いのに当然のごとく備わっている。
焦りも困惑もなく、冷静さを欠くこともない。顔色ひとつ変えない。
これだけの人々の前で声を上げているのに。
言葉が終われば、どっと地面から突き上げるような歓声が湧いた。
えーげーりーあるあ。
復唱する言葉が何か、考えなくてもわかる気がした。
皇帝万歳だ。
だからなおさら、なぜ自分がここに座らなければならないのかが、どうしても理解できなかった。




