#10 移り変わるフィールド
あるとです。
今回で髙木vsジュン+香取戦が終わりです。
長々とやってきたこのバトルですが、
実際の時間でやれば経った3分ちょっとの
短い時間での出来事なんです。驚きですよね。
よくここまでバトルを伸ばせたな、と。
自分でも感心してます(笑)
FF車でFR車の動きを再現するというのは、"不可能"である。
サスペンションセッティングを煮詰めたとしても、タイヤにどれだけ気を使ったとしても、挙動をどれだけ寄せようとしても。
似せることはできる。限りなく近づけて走ることだって、することは可能だ。だが、完璧に再現することは、絶対に不可能である。
だが、髙木はその不可能を可能にしようとした。
Candies Strikeというチームのガレージは、彼のやりたいことをやる為の、アトリエのようなもの。
そしてチームは、アトリエで作り上げた"結果"を公開テストするために結成していた。
それから1年。いろは坂で香取と出会い、惹かれ、追うこととなった。誰よりも速い香取のラインが、彼らの目標、指標となった。
髙木は、彼の走るラインこそが最速だと結論づけ、その後を追った。そしてその目標を見失わないように、目標の行く先を追い続ける為に、彼をチームに迎えた。
FR車のラインをFFで再現するために、セッティングをオーバーステア寄りに寄せたり、パワーを上げたり……。
様々な試行錯誤の上、現在のレビンの仕様に至る。彼はこの目標を追いながらも、自分のやりたい事を見失いたくなかった。
そして彼のレビンに積まれている7A-GEは、彼のやりたい事を詰め込んだ、まさに結晶である。
そして、その作り上げた結晶を最大限に活かす、彼に培われたテクニックも含めて、峠では負け無し。
な、はずだった……。
C-7を抜けた3台。S字区間は終わらず、まだ少し続いていた。ジュンはギアを変える事をやめ、2速に固定した。
これは、次に来る右コーナーでの最速のライン取りを狙うために、ステアリング動作に集中するためである。
コーナーの立ち上がりで最適なラインを走り、そのまま素早く3速に叩き込み、一気に車を前へと押し出す。
ジュンの狙いは、ただそれだけだった。
(くっ……やっぱレブ当たるから、速度伸びねえけど、立ち上がりを狙うならこのやり方しかねえ。辛ェな、この時間……ん?)
32Rのフロントウィンドウに、ポツンと何か音がした。音がした方へ目をそらすと、ウィンドウの一部分が小さく濡れている。
すると、だんだんとウィンドウ全体……それどころか、車体全体が濡れ始めたのだ。ジュンはすぐに気づく。
「……雨か!」
そう悟った瞬間、徐々に雨の量が増え、勢いも強くなっていった。(雨か……こっちにとっちゃ、都合がいい。)
髙木も雨の存在に気づく。ワイパーをつけるほどの雨量ではないが、目に見えてコンクリートが黒くなっていくには十分。
"ハーフウェット"。現在の路面状況を表す言葉で、最も適した言葉である。髙木のレビンはFF。
路面が濡れてリアのグリップが減っているこの状況下では、タックインを最も出しやすい。
ヘアピン区間直前の右ヘアピンコーナー。髙木はブレーキを踏んで前荷重を作り、同時にハンドブレーキを引いてリアを一気に流した。
レビンのリアタイヤの動きが一瞬で止まり、一気に滑りながら車体はコーナーの先を向く。そして持ち前の加速力で一気にコーナーを立ち上がった。
「すっげぇ、あんな走り今まで見たことねぇ……!」ジュンは髙木の走りに感激しながらも、彼の後を追うべく、同じくハンドブレーキを引いてコーナーに侵入する。
マフラーから火を吹きながら、コーナーを立ち上がる32R。香取は、出来る限り動きを抑えたドリフトでその後を追う。
ヘアピンに続く左90゜コーナー。雨の降る中、躊躇なくアクセルを踏み抜き走る3台。水しぶきを上げながら、コーナーに侵入していく。
(次のヘアピン区間じゃ、タックインを出しやすいこっちが有利だ。このまま行かせてもらうぜ……!)
レビンのテールランプが光る。髙木はすぐにブレーキを離し、アクセルへと踏み変える。リアだけでなく、フロントタイヤも滑るために、車体は外側へ膨らもうとした。
その瞬間、髙木はアクセルを離し、フロントタイヤを自由にさせる。グリップが戻り、一気にコーナーを曲がっていくレビン。
タックインのお手本とも言える、最適なタイミングとラインで、ジュンと香取を置いていこうとした。
だが、2人とも食らいついたまま、彼の後を追い続ける。つかず離れず、距離を保ったまま、コーナーを走り続けている。
立ち上がりで近づくものの、コーナーに入ればまた離れていく、3台の距離。この繰り返しだった。そして、ついに見えた4連続のヘアピン区間。
(この位置関係だ、アイツらを離せるだけのマージンはできてる。ヘアピンじゃアイツらが詰めるほどの距離はない……このバトル、もらったッ!)
緩い左を抜け、再びテールランプを光らせる。それに続いて、32Rとワンビアのテールも光る。コーナー進入から立ち上がりまで、一瞬の隙も与えない髙木とレビンの走り。
1つ目のヘアピンを抜け、再び2つ目のヘアピンへ。その時、32Rの右フロントタイヤから、"何か"を踏んだ音が聞こえた。
それと同時に、32Rの車体が軽く浮き上がり、着地と同時に走行ラインがどんどん外へ寄っていった。「なっ!?」
即座にラインを修整するジュン。ミラーからその様子を見ていた髙木は、笑みを浮かべながらコーナーを抜けていく。
暗くてよく分からない"何か"を踏んだ影響で、32Rとレビンの距離がだんだんと離れ始める。だが、ジュンはその結果に屈せずに、3つ目のヘアピンに備える。
峠という特殊なステージでバトルするとなると、コースの構造や天候に左右されやすい為に、必ずアンフェアーなバトルになる。
公道というステージでのフェアーな試合というものは、どんな時でも存在しない、絶対にありえない。
ジュンはそれを理解している。だからこそ、今回のアクシデントを不服なく認め、先へ進もうとしたのだ。
3つ目のヘアピン。やはり2つ目のヘアピンでのアクシデントが効いたのか、レビンとの距離が離れているのがよくわかる。
ジュンのペースが明らかに落ちてきていた。右足の違和感が再びぶり返し、アクセルを踏み切れていなかった。
(またこんな時に……!)だが、ジュンはその違和感に被せるように、ハンドブレーキによる豪快なドリフトでヘアピンを曲がっていく。
そして加速する間もなく4つ目のヘアピンへ。ジュンの目に、髙木のレビンのリアが、0.5秒だけ映った。明らかに離されている。
(マズい。この先は得意な高速コーナーだけど、今のペースで行けば絶対間に合わねぇ。仕方ねえ、また"アレ"やるか……!)
ジュンはヘアピンを抜けてすぐ、左コーナーが迫る。迷いなくコーナーに突っ込んでいく3台。
そのインサイドの縁石の先、インフィールド地帯に、ジュンは迷わずタイヤを引っ掛けた。
が、すぐ目の前に標識が迫ってきた。ジュンは驚いてすぐにインフィールドを脱出し、本ラインへと戻る。
標識の急接近によって焦り気味のジュンだったが、これで差は少しだけ縮まっていた。安心したのもつかの間、高速コーナーに突入する。
(……今だッ!)ジュンはこの時を待っていたように、シフトノブを握りしめ、ギアを3速へと叩き込んだ。
一気に加速した32Rは、レビンとの差を一気に縮めようとする。そしてその勢いのまま、3台はコーナーを曲がっていく。
すると、32Rのリアがどんどん外へと流れていった。タイヤの摩耗に加え、雨によって路面が滑るために、オーバーステアの特徴を含んだアンダーステアが出てしまっているのだ。
ジュンはすぐに修正舵を入れる。今回は早めの判断だった為に離されることはなかったが、髙木は得意のタックインで、いとも容易く車を曲げていく。
が、立ち上がりで髙木がタックインのタイミングを見誤ってしまった。オーバーステアが、予定よりも早く出てしまったのだ。
(チィッ……やらかした!)軽く舌打ちをして、自分がミスをしたとバレないように、ラインを自然に修整した。が、ラインが外に寄っている事は、ジュンにはバレていた。
コーナー終盤。髙木はクロスミッションによる加速力で、コーナーを立ち上がろうとしていた。髙木はバックミラーをのぞく。
すると、ジュンの32Rがすぐ後ろにまで迫っていることに気がつく。髙木はやっと、焦りを覚えた。(ここまで近づかれちゃ、ストレートで防衛する術が……!)
ジュンは一瞬、2速へ戻して加速を保ちながらコーナーを立ち上がり、ストレートに出た瞬間に再び3速へ戻し、アクセル全開。
(今だ……吠えろ、RB26。お前の底力を、あの" ジムカーナかぶれ"に見せつけてやれッ!)
420馬力を発揮するRB26の圧倒的なパワーで、ストレートを走り抜けようとするジュンの32R。
(速い、抜かれるッ!)
髙木はクロスミッションによって僅かに起こる、ストレートでのシフトロスに頭を抱える羽目になっていた。
それに加えて、32Rの発揮した驚異の加速力による追い上げにより、ついにサイドバイサイドに及ばれてしまったのだ。
(宏一クンの言ってた事は、こういう事だったんだな。アイツはクロスミッションだから加速力はいいが、その分シフト回数が多い。
シフトロスによる失速は、ストレートではデケえ弱点になるんだ! だったらこのまま……!)
そして、ジュンにそのままの勢いで走られてしまい、髙木はジュンに呆気なくオーバーテイクを決められてしまった。
「……クソッタレ……がァ……ッ!」髙木は、悔しさで歯を噛み締める。
後ろでオーバーテイクの様子をみていた香取は、自分が心のなかで思い描いていた、髙木に勝つ走りを再現するかのように走る彼を見て、舌を巻いていた。
そこで、香取はあることに気づく。(やっぱり上手い……そうか! ジュンさんが速い理由は、オーバーテイクのスムーズさにあるのか!)
ジュンは追い抜かれるよりも、追い抜く事が得意であった。相手をよく観察して、弱点を見出してから最適なタイミングで追い抜ける。
どれだけ追い上げる速度が速くても、相手を追い抜くという動作に手こずってしまえば、上手く抜けずにパワーを持て余すだけでしかない。
バトル慣れしている人間でしか、オーバーテイクでのスムーズさを見せつけることはできないのだ。
ジュンはバトル慣れしている。オーバーテイクのコツを掴んでいる。だからこそ、こんなにも呆気なく、髙木をオーバーテイクすることができたのである。
ジュンのオーバーテイクにより意気消沈していた髙木の真後ろに、香取のワンビアも迫る。それに気づいた髙木は、すぐにオーバーテイクのラインをふさぐ。
(お前だけは行かせねえ……今日こそ、なんとしてもお前を負かして──)
が、髙木はブロックした際に意図せず作られた抜け道を通られ、香取にも軽々オーバーテイクされてしまった。
(……結局、FFでFRの動きを再現するのは不可能なんだ。見かけがどれだけ近かろうと、結局はどこまでもほど遠い。
それに、再現できたとしても、その走りが速いとは限らない。
アンタは上の世界を見過ぎたんだ。上を見すぎて、足元の状態を見ようともしなかった。そのせいでこの結果になった。そこからなんだよリーダー。俺に勝つには、そこからだ。
アンタがそれに気づけるまで、俺はもうアンタとはバトルしない……その時まで、ずっと……。)
香取はテールランプを光らせながら、髙木の視界の中から一瞬で消えてしまったのだった……。
2つ目のヘアピンにて32Rが踏んだのは、
どこにでもある、それなりにデカい石です。
そう、今君が思い浮かべている、その石です。
あ、補足はそれだけです。
以上、あるとでした。




