第25話 思い出の先【第二章完】
旧市街地から少し離れた小高い丘にメルディの木は立っている。樹齢千年を超えるその木はマグヌス大聖堂と同じく、いかなる厄災にあってもその身を守り続けていた。
(この時間なのにけっこう人がいるんだ)
夜はキルケの夜景が見下ろせることもあって、カップルが楽し気に散歩していた。
メルディは口数少なく、彼らの横を通って『メルディの木』を目指す。マグヌスの思い出に浸り過ぎて感傷的になっていた。
(別れがこんなに突然なんて思わなかったし……)
最後にマグヌスとどんな会話をしたか必死に思い出す。千年後にやってきて、これほど落ち込んだ気分になったことはない。
(私、生意気な弟子だったな……師匠に恩返しもできてないし……)
そんなメルディの気持ちを感じ取ったのか、ユーリもエリオも何も言わずメルディの隣を歩いた。
風に吹かれて、『メルディの木』が大きく揺れている。ザワザワと優しく響く葉の音が心地いい。
「今日はやめとくか?」
エリオがそっと声をかけた。メルディが泣きそうな顔をしていたからだ。ユーリも心配そうに頷いている。
「……最後までやり遂げなきゃ」
一生懸命微笑みながら、メルディは自分の名前のついた木の前に立った。千年前はここにマンドゴラが群生していた。
「ん……?」
メルディは眉間に皺をよせ、自分の足元を確認する。……なにも起こらない。手元の鍵もだ。
「あれ?」
男子二人も同じ表情になっていた。
場所がずれているのかと、木の周りをうろつく。ぐるりと一周してもなにも変わらない。
「え!? ここじゃない!?」
そんなことある!? と、三人で顔を見合わせる。
「キャッ!」
近くにいたカップルの方から小さな悲鳴が聞こえた。強い風が吹き荒れたのだ。メルディも乱れた髪を抑えつける。
「ど、どうしよ……」
ここまできて……と悔しそうに口元に手を当て、他に何かないか考える。『メルディの木』を見つめ、記憶の海に潜った。その時、木にとまるカラスと目があう。美しい黄金の瞳と嘴が怪し気に光っていた。
(……さっきケオンで見たカラス……?)
「メ、メメメメメメルディ~~~!!」
ユーリの大声にハッとしたメルディは、一瞬でその声の意味を理解した。
「げぇぇぇぇ!!」
振り返った瞬間、目の前に葉でできた巨大な鳥が現れていたのだ。カップル達の悲鳴がかき消されるほどの大風が丘の上を駆け巡り、その鳥を形作るための葉や花びらを集めていた。
「ははっ……!」
ああそうだ。マグヌスとはそういう師匠だったとメルディの心はどんどん晴れやかになっていく。
「師匠がなーんにも仕掛けてこないわけないんだった!」
しょぼくれた気持ちも大風に乗って飛んでいった。
(そうだったそうだった……こんな感じの魔獣討伐、無茶振りされたっけ~……)
キルケから少々離れた街に現れた巨大な鳥型の魔獣討伐をメルディに一任したのだ。……自分が行くのが面倒だったからという理由で。ボロボロになって帰って来たメルディを見て、やはりマグヌスは大笑いしていた。
出来上がった巨大鳥の姿が、その時メルディが死に物狂いで倒した魔獣の姿がそっくりで(ちょうど羽根色も緑だった)、視覚から彼女の記憶を刺激し続けた。
――キィィィィィィィ
まるで本物の魔獣かのようにその巨大鳥は甲高い咆哮でメルディを威嚇……どころか、葉でできた羽根を飛ばしてきた。まるで鋭利なナイフのように、それは巨木に突き刺さる。
「メルディ!!」
風にかき消されないようエリオがあらん限りの大声を出していた。
だがメルディは巨大鳥を見据え不敵に笑っている。まるで先ほど池で見た幼い日のような笑顔だ。ほんの数分前までウジウジと落ち込んでいたなんて嘘のように。
(使用人も雇わず弟子に何でもかんでもやらせてさ! いや、そういう約束で学んでたからいいんだけど! でもさでもさ! まさか師匠に来た仕事を肩代わりして、凶暴な魔獣と戦ったり、とんでもない場所に生えてる薬草探しに行ったり、お腹空いたって騒げば何を後回しにしてもパイを焼いたり、夜中に店にお酒買いに走ったり……ってことするなんて思わないじゃん!? あーーーそうだそうだ、師匠って師匠だった! なんか思い出美化してた……!!)
メルディの指先がゆっくりと大きく円を描きながら光る。その間も、巨大鳥は数十本もの羽根の矢をメルディに向かって飛ばし続けていた。
「プラエシディウム」
落ち着き払ったメルディの声。羽根の数だけ現れた黄金の小さな盾が危なげなくメルディを守った。
「あれでしょ? ちゃんと大技使えるかチェックってことなんでしょ? もう一回コイツと戦ってボロボロになるんだったら話にならないよ? ってことなんでしょ?」
今度は好戦的な声だ。マグヌスがマグヌスらしくて嬉しい、そんな気持ちも含まれている。
「ケーラマギカ」
声と共に魔術が発動した。メルディの描いた円が黄金の輪となって一瞬で巨大鳥を捕える。相手は鳴きわめきながらもがいてみるも、輪の方はびくともしない。
「現実を思い出させてくれてありがと!」
メルディは拳を前に出しギュッと握りしめ、
「エヴァネルケーレ!」
直後、巨大鳥は形を失い、大量の葉っぱが大風に乗って舞い上がった。
「よしっ」
今回は完勝した、とメルディは思わずガッツポーズをしている。死に物狂いで勝ったあの日からの確かに成長していることがわかったのだ。
(どんなもんだ!)
メルディはいつも間にかまた形を変えていた鍵を指先に持ち、マグヌス大聖堂を見下ろす。相変わらず美しい建物だ。
「!!?」
ほんの数秒置いて、視線の先がグニャリと歪んだ。
「空間が……!」
後ろからユーリの声が聞こえる。
手元の鍵が強く光り始めていた。そして……、
「扉だ……」
いつの間にか隣に立つエリオが真っ直ぐにそれを見ている。
「……ミスティリオン」
ついに入り口が現れた。
◇◇◇
「先生。メルディがミスティリオンを見つけたようですよ」
「よかった! 流石我がライバルの弟子! ……おっと失礼」
「イザベルさんじゃあるまいし、ヤキモチなんて焼きません」
小さく笑いながら、レンが横たわるセフィラーノの側に氷水をそっと置く。
「飲めますか?」
「ああ。ありがとう」
そう言いながらも彼が起き上がることはない。
「心配をかけてすまないね。大丈夫。レンが一人前になるまではもつさ」
「そうでなきゃ困りますよ」
目を伏せながら、寂しそうに……だが決してそれがセフィラーノにバレないように、レンは師の体を支え、そっと冷たい水を飲ませた。
「流石に長く生きすぎたようだ」
セフィラーノの視線の先には、キース・ロヴェナの記録石が小さく光っていた。




