閑話~隣国の勇者~
「10年か……」
キルシュ国の王宮の客室で俺は自分のステータス画面を表示させた。
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名前:大友和成 KAZUNARI OHTOMO(27)
職業:レノン国の勇者(異世界人)
ステータス:
・生命力(HP):10000/10000
・魔力量(MP):50/50
・俊敏性:60/100
・筋力:80/100
・体力:60/100
・運:100(MAX※1)
・魅力度:80
・魔法攻撃力:0
・魔法防御力:0
・物理攻撃力:100(MAX)
・物理防御力:100(MAX)
・魔法適正:なし
備考:
魔法契約:キリ=ナルバエス(異世界名:井成(旧姓:成宮)霧子)とは必要以上の接近は禁止※2 New
※1:レノン国内のみ
※2:キルシュ国・レノン国のみ有効
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「魔力がないに等しいから魔法契約も無効かと思ったが……しっかり記載されているな」
10年ぶりに再会した幼馴染。
再会した場所が『異世界』だなんて小説か漫画かって突っ込みたくなる。
だが、これは現実。
俺は『勇者』の仕事を終えた後も『元の世界』に帰れなかった。
10年前のあの日
俺をこの異世界に連れてきた彼が俺に告げた言葉。
「異世界より召喚された者は召喚された国で死ぬまで生きる。その時まで元の世界には帰れない」
「なっ!?どういうことだ!元の時間元の場所に返してくれるんじゃないのか!?」
「ワタシにはその力はない」
「は?」
「ワタシでは君を連れてこちらの世界に戻ってくるのが限度」
「どういうことだ」
「本来、召喚士は『異世界の人間』を召喚することは出来ない」
「は?」
「同じ世界に生きているものを呼び寄せる。それが本来の召喚士だ」
「じゃあなんで……」
「ワタシの命と引き換えに君をここに連れてきた」
「は?」
「無責任なことを言っていると自覚している。だが、君を連れて来なければこの国は亡びる」
真剣な眼差しに俺は反論ができずにいた。
「君には全く関係のないこの国の存亡を君に託す」
「俺に国の未来を託すのか?何も知らない、どんな力を持っているかすらわからない俺に」
「そうだ。それが古より伝わる『勇者・聖女』というものだ。それに『勇者』としての地位を得れば、他国の『召喚士』に出会うこともあるだろう。ワタシでは不可能な君を元の世界に戻せる『召喚士』に出会うことができるかもしれない」
その言葉が俺を『勇者』という地位に就けた。
この国以外に元の世界に戻れる可能性があるという言葉に縋るしかなかった。
あれから10年。
彼も知らなかった『勇者』の行動制限。
召喚された国内ならば自由に行動は出来る。
だが、他国に出るには面倒な手続きや監視が付く。
今回、キリのいるこのキルシュ国からの招待にもかかわらず何十枚という書類をかかされた。
そして監視として数人の護衛が付く。(しかも行動内容は逐一報告されている)
キリ曰くハーレム要員の一部だ。
この10年、俺なりにいろいろと調べられることは調べた。
だが、結果は惨敗だった。
あらゆる伝手を使って調べたが元の世界に生きたまま戻れる術は見つかっていない。
とある国で神より遣わされた『聖女』が国に酷使され精神的にも肉体的にも極限まで痛めつけられ瀕死状態になってしまった時、神が『聖女』を哀れに思い『聖女』を元の世界に返し、以後その国に『聖女』『勇者』を送ることはなかったという文献があるだけだった。
それも別大陸にある国の絵本に記されているだけだった。
あと『聖女』『勇者』の遺体は死後、光に包まれて消えるそうだ。
つまり遺体はこちらの世界には残らない。
ということは元の世界に戻るには死ぬしかないのかもしれないという結論に達した。
「カズナリ殿」
ステータス画面を眺めていた俺に声をかけてきたのは、俺が『勇者』になった時からの影の護衛兼教育係だという監視人の一人。
「カズナリ殿はキリ=ナルバエス様とどのような関係で?」
「黙秘」
「カズナリ殿!」
「黙秘」
「……帝国の皇帝に関係していても?」
「は?」
突然の言葉に俺はステータス画面を消して、護衛と視線を合わせる。
「どういうことだ?」
「キリ=ナルバエス様は……中央帝国の皇帝陛下の関係者かもしれません」
「……はぁ!?」
異世界人のキリが中央帝国の皇帝の関係者!?
寝言は寝て言え!
異世界人がこっちの人間と関係あるわけねえだろうが!
しかし中央帝国か……
俺はまだ一度も中央帝国に行ったことがない。
というより入国を拒否された。
王宮の地下書庫に保管されていた書物に中央帝国の王族は異世界へ自由に行き来できるらしいという一文を仲良くなった文官が見つけた。
事実確認の為、表向きは国王が数年に一度行われる国際会議に参加するための護衛という名目で俺も中央帝国に着いていったが、戸籍を作っていなかったため入国審査に引っ掛かり入国拒否された。
まあ中央から離れた田舎の国の勇者(無戸籍)がおいそれと大陸全土を把握している帝国の皇帝に会えるわけないよな。
国王は皇帝から丁寧な詫び状を貰ったとかでめちゃくちゃ喜んでいたけど、帝国に入国を拒否られたってことで一時期俺の立場が危うかったんだぞ。
といっても8年前のことだけど……あれから一度も帝国の事は口にしなくなったからすっかり忘れていたということは黙っていよう。
「キリ=ナルバエス様の魔力が皇帝陛下と似ているのです」
「……『鑑定』をしたのか?」
この影の護衛、稀な『鑑定』スキルを持っている。
大抵のモノは鑑定できる。
一部例外を除けば……
「……鑑定は出来ませんでした」
「鑑定できなかった?」
「キリ=ナルバエス様は私よりも魔力量もレベルも上のようです」
「レノン国一のお前より上なのか?」
「鑑定しようにも弾かれるのです。こんなことは昔、国際会議に参加する国王陛下の護衛として赴いたときに中央の皇帝陛下をこっそり鑑定した時以来です」
おいおい、こっそり皇帝を鑑定って……怖いもの知らずだな、おい。
「それだけではありません。彼女に弾かれたときに中央帝国の守護聖獣の姿が一瞬ですが見えたのです。皇帝陛下を鑑定したときとそっくりな守護聖獣の姿でした」
「守護聖獣!?なんだそれ」
「中央帝国を守護している聖なる獣の事です。代々皇帝陛下に加護を与え、帝国の繁栄を支えているというのが一般的に知られていることですが……カズナリ殿はお忘れか?」
うん、忘れてた。
中央帝国に興味もなかったし、俺には関係ないと思っていたからな。
視線を逸らした俺に護衛は深いため息を吐いた。
「中央帝国の皇帝は聖獣が選ぶといわれています。表向きは長子継承を謳っておりますが、聖獣に気に入られない者が帝位につくと国が荒れ周辺国にも影響を及ぼします。約30年ほど前にも兄を追放した弟が帝位についたその日から日照りや嵐等の天災が続き、10年ほど帝国は国としての機能を停止していました。しかし、兄君のお子が追放先から帰還し、叔父から帝位を取り戻すと天災は納まり、瞬く間に復興を遂げたのです」
なんだ、その御伽噺のような話は……
「御伽噺ではありません。現皇帝が即位されて20年弱。当時10歳だった皇帝陛下もそろそろ伴侶をという話が出始めており、各国が必死になって売り込んでいます。我が国の姫君も必死にアプローチをしていたではありませんか」
ああ、そういえばそんなこともあったな。
散々俺の妻にって迫ってきていたのに、皇帝の妃探しの話が出てきたらコロッと手のひらを返したように俺の扱いが雑になったな。
まあ、俺はあの姫君たちにはうんざりしていたから願ったり叶ったりだったからすっかり忘れていたわ。
ただ、あの姫君たちのアプローチっていうのが自身を着飾ることっていうのがな~
多分、皇帝はただ着飾った娘には興味は示さないような気がする。
皇后として同じ位置に立つものを選ぶんじゃないかな。
「そういえば、この国の第一王子の元婚約者候補の皆様がこぞって皇帝陛下の妃選びの試験に向かうことが急遽決まったそうです」
「はぁ?」
「元婚約者候補は合計5名。全員が聖女に骨抜きにされて腑抜けた第一王子に見切りをつけて次の縁談を探していたところに皇帝の妃探しの話を我が国の外交官がぽろっと告げたことで急遽決まったそうです。ほら、我が国の姫君たちもカズナリ殿がこの国に来る前日に中央帝国に向かって行ったじゃないですか。試験開始は半年後ですが早く行って交流を深めるんだとかなんとか喚きながら……」
「…………」
「まあ、試験開始まで皇帝との面会は許可されていませんけどね。宮殿に入ることもできず、与えられた屋敷以外に出歩いていいのは城下町のみとされていますからね。姫様方の目論見は木っ端みじんに砕けるでしょう。ああ、でも皇帝が作ったという『学園』に入学できれば別かもしれませんけど……年齢的に無理でしょうから……末姫様がギリギリってところか?」
何気にこいつ、自国の姫に辛辣じゃね?
この国に妃探しの話をこぼしたのもわざとな気がする。
「あ、そうそう。それでキリ=ナルバエス様はその候補者たちの護衛の一人として帝国に向かうことが決まったそうです」
「は?」
「というより、帝国側より『妃試験参加は許可する。ただし、キリ=ナルバエスを随行させろ』という密書が届いたみたいなのです。そのことで上層部が荒れているみたいですね。一般人のキリ=ナルバエス様をなぜ帝国がと。まあ国王の一言で強制的に随行することが決定したんですけどね」
「なあ、なんでそんなに詳しいんだ?」
「だってこの国のセキュリティ。ものすごくゆるゆるで情報が駄々洩れ状態。今までよく他国に侵略されなかったなってくらいですよ。下っ端の俺でこの程度の情報が拾えるってことはうちの上司なら根こそぎ拾ってくるんじゃないですか?侵略の糧になりそうですが……正直、旨味がないので現状維持でしょうね」
「旨味がない?」
「これといった特産物がないんですよ。珍しい石が取れるわけではない。食料が豊富なわけでもない。武力が強いわけでもない。侵略するだけ無駄な国ってことですよ」
「つまり何もない国だから生き残っていると?」
「あと、この国を興した人が帝国の皇族の一人だったというのが大きいですね。微力ながら加護もあるようですし」
いままで知らなかった情報が出てきたな。
『勇者』としてある程度の勉強をさせられたが周辺国の事はそれほど興味もなかったからスリーしていたようだ。
「あ、カズナリ殿。あなたも帝国に行きたいといってもすぐには無理ですからね」
「なんで?」
「なんでって戸籍作ってないじゃないですか」
そういえばそうだった。
帝国に入国拒否されたときに作るかって聞かれたがいらないって言っちゃったんだよな。
それに、戸籍作ったら速攻誰かを娶らせようという国の思惑も見え隠れしていたからな。
戸籍がないから婚姻できないと貴族令嬢たちは強硬手段(夜這いなど)をとることはなかったけど、平民はそんなこと関係ないとばかりにやられたけどな。
「申請して発行されるまでにどれくらいかかる?」
「通常でしたら即日ですが、カズナリ殿の場合は特殊ですからね。上層部の心持次第ではないでしょうか」
「特殊って……」
「『勇者』『聖女』という役職は異世界人であることが第一条件です。そして、国に根付かせることでその恩恵を国にもたらしてもらいたいというのが国の考えです。戸籍を所有していると簡単に他国に移動・移住することが可能になります。よって国としては『勇者』『聖女』に戸籍を与えるのを嫌がる場合が多いのです」
「なるほどな。だから俺がいらないって言ってから誰も戸籍の事は話題にしなかったのか」
「それもありますが、上位貴族のご令嬢方がカズナリ殿が誰か一人のモノになるのを防ぐためにあえて戸籍の話題は上げないようにしているという話もありますね」
「……………………」
まあ俺の戸籍問題はこの際、横に置いておいて
「で、キリはその随行の話に頷いたのか?」
「いいえ、ご本人にはまだ伝わっておりません。あくまでも上層部で勝手に決めたことですが……きっと承諾されるでしょうね。あの『聖女』様から離れることができるのですから」
キリと『聖女』の関係については国王と宰相から簡単に聞いていた。
あの二人を接触させるなという命令(王令)が王宮内で徹底されていたからな。
表向きは『聖女』の安寧の為と言われているが、実際は『聖女』がキリに危害を加えないようにあえて、自分の息子たちを与えて王宮の奥深くに遠ざけているらしいな。
まあ、息子たちは嬉々として仕事を放り出して『聖女』に侍っているというからいいんじゃね?
その代わり各家の継承権は凍結されたみたいだけど……剥奪されていないだけましか?
「さて、どうされますか?カズナリ殿」
ニヤリと笑みを浮かべる護衛に俺は両手を上げた。
「申請を頼む。……おまえ、本当意地悪よな」
「さて、私は見たまま、感じたままのことをあなたに話しているにすぎません。護衛といえども私も一人の人間。興味あることに首を突っ込んでもいいではありませんか」
「となると、申請が降りて俺が帝国に行くとなるとお前もついてくるってことだな」
「当然です。なにやら面白いことが起こりそうですからね」
その後、俺はレノン国に帰国後、戸籍申請を出した。
当然のごとく上層部は慌てたようだが、姫様の護衛にということで一応の許可は下りた。
姫様の護衛なんてする気なんてサラサラないけどな。
帝国領土に入れば、あとは不干渉。
多少の恩義はあるが、俺もキリと帝国の事は気になるからな。
10年『勇者』を務めたんだ。褒美をもらってもいいよなということで、戸籍を貰った翌日にはレノン国を出国し帝国に向かった。
帝国でキリ以上に懐かしい人物に出会うことになるとはこの時の俺は夢にも思わなかった。
更新が遅くなり申し訳ございません。
プライベートが多忙で……(-_-;)
執筆時間が取れません(>o<)
今回、大友和成視点でしたが、色々とぶち込んできましたね~
霧子の元の世界での苗字の事だったり、守護聖獣の事だったり、皇帝の事だったり……
今後徐々に回収していく予定です
今後も不定期更新となり数カ月悪場合もありますことをお詫びいたしますm(_ _)m