4 自己迷走
「フユトはこの後どうするんだ?」
少し真面目な顔をして聞いてくるライラに、冬斗はきっと父親に関することなんだろうなとおおまかに当たりをつけた。そしてそれが、勇者である自分に関係することだろうとも。
だが、ここで自分が勇者とバラしてどうなるのだろう。勇者としての記憶を持ち合わせていない状況でライラに伝えて、それがどうなる?
(ライラの目標は……きっと復讐だろう)
冬斗は復讐には意味があると思っている。それがきっと生きる糧になるとさえ。好きの反対が嫌いなように、一の反対はマイナス一だ。ベクトルが違うだけで正も負も強い気持ちであれば、原動力になる。
それを身をもって知っているからこそ、冬斗は黙ってライラの気持ちを聞こうと思った。
「次、次か……。ライラとペトラは何かあるの?」
「アタシは今見せた通りラファの番人って称号があるからな。この町を守るよ」
「そっか。ライラは?」
ライラはどこを見ているのか分からない目を瞬かせて、自分の手のひらを見た。小さく、柔い手だ。
「我は、勇者を探す」
紫に輝く瞳を怒りの炎で覆い、ライラは強い決意を口にした。片手を差し出してライラは冬斗へと告げる。
「それにフユトにもついてきてほしい」
冬斗はそれにどう答えるか、決めてしまった。
一度息を飲み込み、冬斗はライラを見上げる。ライラは……まだ子供だ。きっとすぐに騙されて、魔王の娘と名乗ってしまうだろう。そうすれば父親の仇をとる前に奴隷商にでも捕まって死ぬまでこき使われる。
悪い想像がいくらでもつく。
「ついていけない。俺は、ハイネスに会えない」
ライラの性格を考えたら、一人で行かせない方がいいんだろう。ここに目的の人物がいるのならば探しに行くだけ無駄だ。
冬斗は自分が好きだ。自分のことは信じられる。自分のことを大切にしたい。だから冬斗はライラの未来よりも自分の未来を優先した。
「……そう、よな。なにせ我は勇者を殺そうとしているのだから」
「ごめん。……俺には、出来ないよ」
差し出した手をゆっくりと下ろすと、ライラは「頭を冷やしてくる」と言って外へ出た。
軽い音を立てて扉を開けると、小さな背中をさらに小さくしてライラは出ていった。
「俺も……少し外に出てくるよ」
ペトラの腕を解いて、冬斗はベッドから立ち上がる。傍らにおいてあった剣を手にして自然に閉まった扉に手をかけた。
「待ちなよ。フユト、あんたは何者だ?」
「……何者?」
ベッドの傍らで西日を浴びながら冬斗の背中へ声をかける。その右手には真っ直ぐで刃こぼれひとつない剣があった。
「アタシはあんたに勝てない。それでも、片腕くらいはもぎ取れるはずだ」
冬斗の背中に剣を向けて、ペトラは物騒なことを口にした。
「アタシより強い気配を持つ癖に、ステータスがあれだけ低いってことは……何か隠してるよね」
警戒するペトラに冬斗は笑って答える。
「隠してるってなんのこと? それに俺はペトラと戦いたくないよ」
背を向けたまま冬斗は呟く。
「嘘だっ! ただあんたはアタシを見下しているだけだろう! アタシの本当のステータスを見たな! それなら分かるはずだ!」
ペトラから苦しげな叫びが漏れる。怒号。まさにそう称すべきものだろう。
「俺はスキルもアビリティも、そして記憶すら無いのに? そんな暴くみたいな使い方出来るわけないよ」
冬斗の正論のような虚言にペトラは言葉を切り返す。歯ぎしりの音がした。
「看破のスキルは自動で出てくるッ! 記憶のない馬鹿でも使えるさ。それなのにアタシのスキルはあんたに使えなかった……っ!」
かたかたと震える剣が、ペトラの気持ちを表していた。
「あんたは何者だ。いや、言わなくても分かるさ。……勇者、だろう? その姿は勇者にそっくりだ。ハイネス=ブレイブに」
冬斗は後ろを振り返った。どんな顔をすればいいか分からなかったがいろんな感情が混ざり混ざって泣きそうな顔をしていた。
これ以上騙せるつもりが冬斗に無かったし、何より冬斗自身、ペトラに無理に隠そうと思わなかった。
「……見る? 俺のステータス」
剣を下ろしたペトラに、冬斗はステータスを見せた。本来の、勇者のステータスを。
「……どういうことだ、これ」
唖然とするペトラに、冬斗はぽつりぽつりと言葉をかける。
「俺ね、勇者になんてなれないわ。誰かのために戦うことなんてできないし、大事なものは自分だし。勇者になってるせいで命を狙われるし……散々だよ」
それは冬斗の本心だ。勇者になって世界を救う。そんなおとぎ話のようなヒーローに冬斗だって昔は憧れた。魔王を倒して姫様と結婚して、幸せに暮らす。そんな話の主人公になれて、喜ばなかったわけでもない。ただ、冬斗は疲れているのだ。
「気がついたら王の前にいてさ。あの忌々しい場所から逃げ出せたことには喜んだよ。でも勇者として世界を救ったあとで、しかも俺に感謝していた人は俺を殺そうとしてて。なら俺になんの意味がある? 魔王を倒してない偽物の勇者だよ。俺はただのモブ野郎だよ」
冬斗の言葉には起伏がなかった。空元気で叫んだりしてみた。それでも実際に殺されるという恐怖には勝てなくて……逃げ出した。体力が尽きるまで。
「……称えられても嬉しくねぇよ」
ペトラは何も言えず、そのまま出ていく冬斗を引き止めることも出来なかった。ペトラは地面にへたり込み、「くそっ!」と悪態をついて拳をベッドの縁へぶつける。膝には力が入らなかった。
ペトラを置いて外に出た冬斗は無言のまま草原へ向かった。ペトラと初めて会った、あの草原に。
冬斗はペトラに対して八つ当たりしてしまったことを酷く後悔した。
ライラもペトラも、譲れないものがある。それを改めて感じた冬斗は、どうしようもなく虚しくなった。
「……あーあ。変われねぇなぁ」
草原に寝っ転がる鎌田冬斗はモブ野郎である。野生のバニーガールにも出会わず、空から金髪大食い系の神の使いが落ちてくることも無い平々凡々の人生を送ったキングオブモブ野郎である。
ただ流されるままに生きてきたあの時と、いったい何が違うのだろう。空を見上げて疑問を抱えた。
こうして異世界に飛ばされるという不可解なことが起こったとはいえ、冬斗の大元は脇役。脇役ならではで苦労してきたことは沢山あるのだ。
「ペトラに言うべきことじゃなかったな」
冬斗はいじめられていたわけでも両親に過度な期待を押し付けられたこともない。幼馴染の可愛い女の子はいたし、友人だってそれなりにいた。アニメオタクというほどアニメにのめりこんでいた訳でも無い。
ただ、そこそこ。
そこそこの幸せがあって、そこそこの人脈があって。そしてそこそこの喧嘩をして……電車にひかれただけ。
「勇者になっても、本質は変わらない……」
落ち込む時は酷く落ち込むこともある、至って普通の少年なのだ。それゆえに、ライラとペトラを見ているとどうしても辛くなる。自分は何も無いままに生きていいのだろうかと。自分に問いかけることになる。
「俺は勇者じゃない」
この強さも冬とが手に入れたものでは無い。そう思うと、冬斗は自分がここにいる意味さえ分からなくなってしまった。体も、強さも自分のものでは無い。あるのは思考だけ。心だけが自分だった。
冬斗は目をつぶって眠ろうとする。体を縮めるのは、冬斗の癖だった。
そうして冬斗は眠りについた。
「母さんに……会いたい……」
こぼれ落ちた涙は、やがて冬斗さえ気づかずに消えていく。その涙すら冬斗のものなのかハイネスのものなのか、誰にもわからない。分かるはずもない。
シリアス回になりました。なかなか噛み合わない三人……。どうしてこんなにも噛み合わないのかをそのうちお教えできるように、はげみます。
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