第11話 ネルフェの屋敷。
リングドット家のお隣。
ハーシィーは隣の土地に誰が住んでいるかをこの間まで考えた事がなかった。
リングドット家自体が広い土地に建てられており本館と別館に、庭園がある。さらに騎士の訓練所や使用人の為の寮などがあり、隣に人が住んでいる…という感覚が希薄であった。
何せ隣と言ってもハーシィーが住んでいる本館からは隣の敷地を見る事が出来ないし、基本ハーシィーは屋敷から外出する事がない。
高位の貴族だと何か買い物をするのも外から人を呼ぶ為に、外出すること自体があまりなくなる。未来であった過去では外の世界に興味がなく、今生に至っては外出は、三歳の時のあの才を調べる行事の時くらいだろうか。
だからネルフェから指示された場所に関しても、屋敷から近くという認識しかなかった。
リングドット家の屋敷として四角が描かれ、正門と裏門という記載があり、その裏門から矢印が伸びて進んだ先の四角に目的地『高い塀に囲まれた門の前』と書いてあるのだ。
距離感など一切つかめないが簡素なその地図……と言っていいのかどうか、解りやすくはあった。
一番初めに作成した契約書に、魔法を扱える場所として、リングドット家の騎士の訓練所や魔法士ギルドの訓練所、そして、ギルドマスターの屋敷、つまりはネルフェの家も記載がある。
この簡素な地図から、ハーシィーはネルフェの屋敷に招かれているのだと確信し、そしてネルフェが何を思っているのかも理解していた。
足を止めて門を見上げる。
流石はギルドマスターの屋敷だ。そう言わざるをえない。
貴族が所有する屋敷と比べて大きくはないが、高い塀に立派な門構え。その門柱も精緻な彫刻が刻まれている。門から見える範囲には色とりどりの花が咲き誇っていて、薬草の様なものもちらほらと植えられていた。さらに奥に見えるのは屋敷と、庭園だろうか。温室、の様な建物も見える。
「流石、と言いましょうか…見事ですね」
「そうね、ギルドマスターとして相応しいお屋敷だわ」
イジスの言葉を受け、ハーシィーも同意する。
その時、屋敷の扉が開き、ネルフェが姿を現した。ギルドやリングドット家の屋敷に来ていた時とは違い、簡素な清潔感のあるシャツにパンツスタイルである。
しかしながらこれだけ大きな屋敷に暮らしていて、ネルフェ自ら出迎えるとは。というよりも門番も執事もメイドもいないのだろうか。
それよりも一体どうしてイジスやハーシィーが来た事が解ったのか。
そんな風に思われていると知ってか知らずかネルフェは微笑みながらイジスとハーシィーの元へとやってきて門を開けた。
「ようこそ、我が家へ。約束していた時間よりもかなり早いけれど…」
ギィ、と開かれる門扉と少々戸惑った声。
確かに約束した時間よりも早く出てきたのは事実だ。
ハーシィーはにこりと微笑む。
「お招き頂き有難う御座います。待たせては悪いと思いまして、少々早めに屋敷を出てきたのです。今日は宜しくお願い致します、先生」
「……先生?」
「はい。魔法を教えて頂くのですから、私にとっては先生、ですわ」
「……そうか。先生か」
先生。
そう言われて、ネルフェは最初こそ呆けていたが次第にその意味を実感したのだろう。なんとも言えずしかしながら気恥ずかしそうに頬をかいた。
「まぁ、ここは裏通りに面しているけれどどこで誰が見ているかしれないから、入っておいで」
何時までもあけられた門の前で立ち話など、余計な噂が流れても困るのでネルフェに促されて、中へと足を踏み入れる。
外から中を見た時にも思ったが、やはり近くで見るとさらに素晴らしいと思わせられる庭だとハーシィーは見惚れた。
どう育てているのか、四季の花々が咲き乱れグラデーションになる様に配置され、見る者の目を楽しませるように計算された庭はリングドット家の庭よりも華やかではないだろうか。
ネルフェに先導され進む先に広がる光景に、思いがけず「素晴らしい庭ですわ…」と、ほぅ…と息を吐き出しそう零してしまったハーシィーを否定する者はいない。
イジスもハーシィーの呟きに同意するように「確かに」と頷き、しかし別の事に気付いたのか「あら…」と小さく呟く。
「素晴らしく美しい…それだけではありませんね。よくよく見れば、脇に生えているのは雑草ではなく薬草…食用になるものもあります。もしかするとここに植えてある花々は観賞用も兼ねているのでしょうが、ほとんど、いえ、すべて…何かに使用する為のものなのでは?」
ハーシィーはイジスの言葉に、成程、と思った。
ネルフェは魔法士ギルドのギルドマスター。本人は謙遜していたが、ギルドマスターに選ばれる腕を持っているのだ。エルフの血を半分とはいえ引いており魔力は高く、魔法の理解も深いだろう。
そのギルドマスターであるネルフェの屋敷に植えられているのがただの花や草とは思えない。
その答えは、話を聞いていたのだろう顔だけ振り向きこちらを見るネルフェ本人から齎された。
「流石、リングドット家の騎士。ここに植えているのはすべて、魔法具や魔法薬の原料になるものなんです」
自慢の庭なんですよ。
そう誇らしげにネルフェは言う。
「どうしても作りたいものがあった時に、その材料がすぐに入手出来るのは強みですから、自然とこうした庭になりましてね。需要と供給も合わさって、幸い金銭にもあまり困る事も無くなり、ちょっとした専門的な施設も設える事が出来ました」
そして案内されたのは、外からも見えていた温室だった。
ちょっとした、ではないと思われる。ここまで立派な温室は王都にも無いだろう。
全面がガラス張り。一面が大きく、かなり値が張るのではないか。
中に入ると、適温に保たれとても過ごしやすい。
「こちらにどうぞ」
そう言われネルフェについていくハーシィーとイジス。ハーシィーはきょろきょろと辺りを観回す。ここは外の庭よりも色が溢れており、どうしても目を惹いた。
さらに奥へと進み、割と開けた空間に出た。温室の中央になるのだろうか。アンティーク調の落ち着いた白のテーブルと椅子が姿を現す。
丸いテーブルに椅子は四脚。
「さぁ、どうぞ座って。今日はここで話をしようと思う」
ネルフェは慣れた様子で椅子の一つを軽く引きここに座る様に促した。
「はい」そう言って自ら椅子を引こうとしたハーシィーであったが…その前にイジスが椅子を引き、ハーシィーは礼を伝えそこへ座る。イジスはハーシィーの後ろへ控えた。
椅子はまだあるのだが、専属護衛という立場であるイジスは何時でも何が起こっても良い様に、立って傍に控える事にしたようだ。
ハーシィーの対面に座ったネルフェは右手を軽く振った。
リィン、と澄んだ音が鳴る。
これは何の音だろう?そう顔に出ていたのだろうか。
「今、外への音を遮断した。これでこの場にいる私達にしか、ここの音は聞く事が出来ない」
にっこりとほほ笑みそう告げたネルフェはすぐに真面目な顔となり、口を開く。
自然、ハーシィーも背筋が伸びた。
「聞かせて欲しい。もう少し、詳しく。君が、時間を巻き戻ったという、その状況を」
閲覧・ブクマ・評価と頂き有難う御座います。
また続きを投稿しましたら読んで頂けたら幸いです。




