第12話 未来であった過去を話して。
ああ、やはり。
ハーシィーはそう思った事など顔に出さずこくりと頷いた。
ここへ来るようにと指示された時点で感じていた事だ。
あの場ではただ時間を遡った事だけ告げており、その後は曖昧になっていた。今まで両親祖父母とも聞いては来なかったし、きっと両親祖父母なら気付いているのだろうとハーシィーは思っているけれども。ハーシィーの事をとてもとても愛してくれている両親祖父母だからこそ。
詳しい事など話せるわけがない。
けれど、ハーシィーは気付いてもいた。
その時のネルフェの鋭い視線に。
曖昧にした、いや、曖昧になったのは、ネルフェが話をハーシィーの教育に持っていったからだ。
おそらくは気付いたのだ。
時間を遡るという事が、何を意味していたのかという事を。
だからこの場を用意した。
「イジス。これから話す事は、貴方の胸の内にだけ、留めておいて」
後ろへ振り向く事も無くネルフェをまっすぐに見据えたまま、ハーシィーはイジスへとそう告げた。当のイジスと言えば、それに訝しげに眉を寄せはしたが「解りました」とだけ言葉にし、その後は何も発しずにただ護衛として徹する事と決めてその場へと佇む。
「先生も、ここだけの話として、他言無用。決して漏らさず秘密としておいて頂きたいのです」
ハーシィーの願う声音にネルフェはこくりと頷いた。
そして訥々と一つずつハーシィーの口から語られていく。それは、ハーシィーの記憶。まだ思い返せる中で、言葉を選び、伝えていく。
ネルフェはハーシィーが話しやすい様にだろう、合間合間に相槌をうち、お茶の用意もしてくれた。
だが、話が進むにつれて、イジスもネルフェも顔がこわばっていく。
ようやく語り終えハーシィーは一息ついた。
しん、と静まり返る場に、ふぅ、と誰かの吐く息の音。
このどこか張りつめた空気を割ったのは、ネルフェから。
「つまり…この街は、滅びた、というわけですか」
ただただ呟いただけ、という感じの否めない平坦な声音。
「……私は最後までこの街に残ったわけではありませんから、もしかしたら、誰か生き残って下さった方が、いると、いいえ、いてくだされば、と」
願う事しか、出来ないのです。
そう思いを吐露するも意味がない事だとハーシィーは理解していた。
「お嬢様…」
イジスが声をかけてくれるのに、ハーシィーは「私は大丈夫なのよ、もう終わった事だわ」と返す。実際に終わった事だ。今を生きなおしているハーシィーはそれをひしひしと実感しているのだから。
けれども、イジスはその言葉を聞いても安心はしなかった様で。渋面を作っていた。
納得は、出来ないのだろう。
あの時に、護衛としてその場にいなかった事が。
護れなかった事が。
「あの時は、私の世界は狭かったの。今のあなたとの関係も、こんな風に言葉を交わせるものではなかったわ。本当にただの挨拶程度で」
「お嬢様」
「あれは、誰も予測なんて出来なかった。いきなりだったもの。イジスが気に病むものではないのよ」
「それでも、私は…」
優しいわ。いえ、優しすぎる、かしら。
ハーシィーはイジスの事をそう感じる。本当にもう終わった事なのだ。今を生きているのだし、もうすでに色々と未来であった過去より変わった事が多々ある。
それはこうしてイジスと話せている事であるし、ネルフェに師事する事が出来た事も。
そのネルフェはただ自分の考えに没頭している様で、ぶつぶつと呟き続けているが。
「そう、イジェットやハシェリナも。騎士団だって精鋭がそろっている。この街に施されていた結界は?大規模な魔法?亜魔森からの魔物の大群?ああ、どれもこれもありえない。いや、でも。これがずっと、仕組まれていた事なら。ああ、違う、いや、でも―――」
結論は出ない様で、ネルフェはさらに呟き続ける。
その姿にハーシィーもイジスも声をかける事が出来ない。
息苦しい……。
ハーシィーはごくりと喉を鳴らし、その原因であろう目の前のネルフェを見る。
空気が段々重くなっていったのは理解していた。
闇属性に適性があるのだろうか?ネルフェの周囲に黒々とした靄まで見える。
流石のハーシィーでもこれはキツイ。
イジスもイジスで息をのむ気配が伝わってきたし、下手に動くのはまずいと判断しているのだろう。
この間もネルフェは呟き続け、この重い空気を生み出している事に気づいている様子はない。
どうしたら良いのだろう、とハーシィーが考えていた、その時。
バシンっ!と勢いよく誰かがネルフェの頭を叩いたのである。不意の衝撃に備える事など出来なかったネルフェはゴツンとテーブルに頭を沈めていた。
おかげでようやく重い空気は霧散し新鮮な空気を取り込めたが、その様を一部始終見てしまったハーシィーとイジスは目を見開いて固まってしまう。
一体、誰が、ネルフェの頭を叩いたのか。
ネルフェの隣に立っていたのは思いもよらない人物だった。
「フェルド?!」
そう。そこにいたのは、リングドット家執事長のフェルドである。だが、普段見掛けるフェルドと今のフェルドでは違和感を抱く。私服姿なのは別に問題ではない。
今日は非番で休みを取っているのだと、邸の他の執事が朝食を終えた席でイジェットへと伝えているのを聞いていたし、何時もの執事姿も私服姿も変わらず、服を着こなしているのは流石で、仕事でも使用している懐中時計は大切なものなのだろう、私服姿でも胸ポケットから鎖が覗いている。
けれどもどこかが。
何かが。
何時もと違うと訴えてくる。
そして気付いた。その違和感の正体。
耳が、尖っている。
種族的特徴。それはエルフに見られるものだ。
何時もは魔法具か何かで隠しているのだろう。だから違和感があったのだ。
そんなフェルドであるが、握りこぶしを作った手を下ろして、ハーシィーとイジスを見やりこちらへと駆けよってきた。
「申し訳ありません、お嬢様。お身体は大丈夫でしたか?」
すぐさま謝罪し頭を下げたフェルド。
ハーシィーは「私は大丈夫よ」と伝えると、ホッとした顔をし後ろに控えていたイジスにも「申し訳ない」と口に軽く頭を下げていた。
フェルドが謝る必要がどこにあるのだろう?と思わなくもなかったハーシィーだが、復活したネルフェとフェルドのやり取りで理解する。
「まったく…本日お嬢様の授業をこの温室でするとは聞いていたが、異常で濃密な闇魔法をお嬢様に浴びせる等とんでもない!本当に愚息が申し訳ない事を……お前も謝りなさい」
「ちょ、いた、いたた、耳を、ひっぱるのはっ!あ、いや、あの!父上、これは、ちょっと、感情の制御が疎かになってしまいまして」
「もっと駄目じゃないか!これはもう一度魔法制御からやり直させるべきか?」
などなどやり取りしているのだ。
相手に対する気やすさ。愚息という単語。父上、エルフとハーフエルフ、それらをあわせて考えればとてもわかりやすい。
「お二人は親子ですのね」
思わず呟いてしまったハーシィーの言葉に、ふぅ、と息を吐き出し口を開いたのはネルフェの耳から手を放したフェルドだった。
「はい、隠しているつもりはなかったのですが…」
フェルド曰く、ハーシィー以外のリングドット家の者に、古参の使用人達は知っているという。ネルフェも昔、リングドット家の使用人達の暮らす棟で住んでいた事もあるのだとか。
もっとも、今はこうしてギルドマスターとして身を立て邸を購入しここを生活の場としている。しかしながら、多忙故になかなかここへ帰って来ないネルフェに代わって、リングドット家の隣という事もあり、フェルドもこの邸を管理しているのだという。
「普段は使用人の棟で寝起きしているのですが、休みの日はこちらに来るんです。丁度お嬢様がこちらにいらっしゃるなら挨拶を、と思って邸で準備していたのですが、温室から黒く濃い魔力を感じたので慌てて来たのです。まさか愚息がその発生源とは…。本当に申し訳ありません、お嬢様」
また謝罪し頭を下げるフェルドに、ハーシィーはふるりと頭を振る。
「顔を上げて下さい、フェルド。私が話した事が、ネルフェにとって、そこまで心を乱してしまう事となったのです」
「しかし…」
「良いのです」
きっぱりそう告げれば、フェルドも頭を上げざるをえない。
そう、そこまで乱されてしまったからこそ、あの空気となった。
ここまでくれば、フェルドにも話さねばならないだろう。空いている椅子に座ってもらい、フェルドにも他言無用と告げ、ハーシィーは口を開いた。さりげなくお茶を用意し差し入れしてくれたフェルドは流石執事の鏡であろう。
そうして話し終えて、また一拍静かになる。
はぁ、と息を吐き出したのはフェルド。「成程、そんな事が、起こって―――」とテーブルに肘をつき、両手で顔を覆っている。
先程よりは落ち着いているのだろうネルフェの口がはくはくと動き、言葉にしようとするが音として出てこない。数分経って、誰も話さず沈黙が保たれる中、ようやくネルフェは語り始めた。
「……許せなかったんですよ。お嬢様の話は本当の事なのでしょう。だからこそ。それなら、皆、死んだという、事なのでしょう?聞いた限りでは、それだけの規模の攻撃と魔法の群れで、被害状況を鑑みるに、生き残れるとは到底思えず、一人二人の犯行とは思えず、内部にも手引きした者がいたかも、いいや、いたのでしょうね。用意周到。証拠を残す事も無いでしょうし、この街だけじゃない。領全体を、巻き込んでいた可能性すら。………ここには、大切な人達がいるんです。その人々を、護れなかった。それが、私は、許せない!」
大切な、人。
ハーシィーはネルフェを見る。そして、フェルドを。
フェルドは、あの日。
目を、つむる。
浮かぶ、情景。
イジェットや、ダン、ハシェリナと、ハーシィーはあの日、地下への道へ向かう途中で。そう、外の、門のそば。騎士達と、フェルドがいた。イジェットが名を呼んだから、そちらへ顔を向けてしまって。何かの攻撃を受けていたのか、片手で魔法を使うフェルド。もう片方は―――。
未来であった過去において、ハーシィーはネルフェには出会っていない。フェルドともそこまで接点はなかった。
けれど、でも。
ネルフェは、悔い、憎み、闇に染まりそうになる程、ここでの思い出を大切にしてくれている事が伝わってくる。
「先生」
だからハーシィーは決めているのだ。
「そこまで、思いを抱いて下さって、有難う御座います。でも、だからこそ、もうあんな事を起こさせたくはないのです。あんな悲劇を、繰り返す事など、あってはならない。死にたくは、無いのです。私、もっともっと、生きたいのです。やり直したい、と願って、ここにいるのです。その為の、力が欲しい」
生きたいと、その為の力が欲しいと。ネルフェに思いを伝える。
この出会いを無駄にしたくない、と。
「先生。私、今までは魔法書を読み、家族に教わって魔法を使用してきました。今使えるのは上級まで。けれどそれでは足りないと思うのです。私は何もかも、今度こそ、失いたくない。だからこそ、その為の知恵を、教えて下さい」
凛とした声。
フェルドもイジスも、そしてネルフェも、ハーシィーを見る。
スッと席を立ったネルフェは、ハーシィーの元へ。自然な動作で跪き、小さな手をとり恭しく額へと掲げ、その手を放すと、まっすぐにハーシィーを見つめた。
「私の伝えられる全てを、君に教えよう、ハーシィー」
その声は震える様にも聞こえたが、しかしはっきりと告げられた。
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