わらびもち、かき氷
七夕商店。そんなボロい看板を掲げたのが、俺の職場だ。
俺の店ではない。あくまで職場。店を構えたのは記憶に薄い祖父だし、親父は早々にこの世から引退してしまった為、その後は母親が店を経営している。
変な名前の店だ。由来は祖父が七夕好きとか七が揃って縁起がいい日だとか色々聞いていたけれど、大方祖父の初恋の相手がナナとかナナコとかそんな名前だったんだろうと思っている。ちなみにその話は祖母から聞いた。だからきっと当たりだ。
小さな集落の、小さな商店。食料品から日用雑貨、漫画雑誌まで。なんでも置いていて、何も揃わない店。それでも営業できるのは、他に買い物をするところがあまりないからだが、生憎今では車で行ける距離にそこそこ大きなスーパーマーケットが出来てしまった。品揃えも値段も敵うわけがない。今ではただの昔懐かしい個人商店だ。
それでも死なない程度に生きていけるのは、商魂たくましいというか何事にも豪快な母のおかげかもしれない。今では車で買い出しに行けない年寄りたちの御用聞きもやっている。まあそれを聞いて配達して回るのは俺なわけだが。
「夏由、藤井のおばあちゃんが、わらび餅食べたいだってさ」
近所の子どもが注文してきたかき氷を削っていると、いい意味で年を取らない母が店の奥から出てくる。電話の子機を持っているから、きっとまだ繋がっているのだろう。
「ああ、わかった。あと五分ぐらいしたら行くって言って」
これまた古びた手動のかき氷機で出来た氷の山にいちごシロップをかけてやる。遠慮のない子どもは「もっともっと!」と声をあげる。
俺の伝言を藤井さんに伝えた母は、そのまま一旦奥に戻ろうとして、立ち止まった。
「青ちゃんって、わらび餅好きだったっけ」
俺の方を見て言ったかどうかはわからない。俺は次の氷を急いで削らなければいけなかった。そうしないと、兄弟の間に差が生まれてしまう。
「さあな。嫌いじゃないんじゃないか。姉さん好きだろ」
弟のかき氷を横からつつきそうな兄を諌めつつ、ハンドルを回す。氷も俺も、汗をかいていた。
母は「そうよね。じゃあもっと作っておこうかしら」と独りごとのように言ってから、サンダルをカタカタ言わせ今度こそ奥へと消えていった。
そういや今日は姉さんが来るんだったな、とそれで思い出した。なんとも薄情な弟だ。何があったか朝からやけに張り切っている母を不思議に思っていたが、孫が一緒に来るんだったらそれも納得出来る。
新しい氷の山にブルーハワイをかけてやる。弟はなんとか自分の分を守りきったみたいだ。兄は嬉々として青いかき氷を受け取り、すぐさまかきこんで、お決まりのように顔をぎゅうっとさせていた。
仕事を終えて空を仰ぐ。首からかけたタオルで額の汗を拭く。今こそ俺が輝くときだと言わんばかりの太陽が緑も茶色も眩しいぐらいに照らしていた。
青い空に入道雲が見える。今日も夕立が来るだろうか。
「夏由、ほら、わらび餅持ってって」
奥から母の声が聞こえた。近くに置いていた麦茶を飲み干し、返事をする。いつの間にか兄弟は店の前を離れ、かき氷を吸いながら家へと向かっていた。
「そうだ、藤井さんとこのお孫さん、今度大学卒業だってよ」
小さなタッパーが入った袋を寄こしながら、母は含み笑いをして見せる。
「昌樹ってもうそんな年だっけか」
「馬鹿、潤ちゃんよ」
わざと言ってやったのに、母は遠慮なしに肩を叩いてきた。
「大学卒業って、二十二とか三だろ」
「学生が終わったらみんな一緒よ」
そんな暴論を当然のように吐く母に「はいはい」とだけ答えて、袋を片手に店を出た。
日差しが痛い。藤井さんの家はそう遠くないと、自転車にまたがった。前かごに母ご自慢のわらび餅を入れる。
のんびりこぎ出すと、温い風が髪を揺らした。眩しい光が肌を焦がす。蝉がどこまでもついてくる。
夏だ。当たり前。
でも夏が来るたび、夏だ、と思う。




