↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/9

序章


死にかけている。


胸の中で、溶けた鉄が渦巻いている。八十九年分の病んだ肉体が、みすぼらしい部屋に横たわっていた。霞んだ視界の中、《システム》のインターフェースが赤く点滅する。俺の苦しみになど、微塵も関心を払わずに。


**【名前:トマス】**

**【レベル:1】【HP:1/5】**

**【筋力:2】【敏捷:1】【スタミナ:1】**

**【状態:臓器不全(末期)― 残り時間:11分】**


十一分。犬のようにおとなしく死ぬつもりはない。


震える指でインベントリを開く。そこにあった――俺の唯一の宝。最後の崩落の下で死にかけながら、ギルドの監督官から盗んだものだ。**【残留経験値の結晶:災厄級】**。


レベル1でこれを使うのは、胸にダイナマイトを打ち込むのと同じだ。


「弾けるがいい」俺は呟いた。


爪を結晶に食い込ませる。胸骨に押し当てる。


バキッ!!


金色の、濃密で、暴力的なエネルギーが肉に沈み込む。通知が脳内で花火のように弾けた。


**【結晶発動! +2,000EXP読み込み中……】**

**【レベルアップ!2】【レベルアップ!3】【レベルアップ!4】【レベルアップ!5】【レベルアップ!6】**


ぐああああああああっ!!!


骨がきしみ、組み直される。折れた背骨が油圧ピストンの力でマットレスに押し付けられ、まっすぐに伸びる。関節が細胞レベルの速さで癒えていく。乾いた皮膚が張りを取り戻す。白内障が、熱湯に溶ける砂糖のように消えていく。


跳ねるように立ち上がる。木の床が足元でひび割れた。


鏡の中にいたのはもう死体ではない。肩幅の広い、殺気立った目をした男だった。


金色の文字が目の前に浮かぶ。それは同時に、一つの呪いの宣告でもあった。


**【進化完了!】**

**【固有パッシブスキル:『逆さの時計』】**

**【効果:レベルが上がるたびに、肉体は正確に1歳若返る】**

**【固定効果:年齢は《システム》に固定される――もはや時の流れでは老いない。動かせるのはレベルアップのみ、そして常に逆方向へ】**

**【現在の状態:83歳――レベル6】**

**【筋力18|敏捷20|スタミナ22|知恵45】**

**【固有隠しステータス:器質性不妊――レベルでは変更不可】**


三倍速で計算する。血の気が引いた。


他のプレイヤーたちはレベル80、90まで経験値を稼ぎ、伝説になる。彼らはあの階段に憧れる――無限の力、永遠の若さ、決して衰えない肉体。


俺も同じ階段を持っている。だが、逆向きに登っているだけだ。


同じことをすれば、レベル80で俺の肉体と脳は九歳の子供のものになる。最深部のダンジョンに取り残され、子供の背丈で、生き延びる術さえ忘れた頭で。


レベルアップは、もはや褒美ではない。


俺自身が消え去るまでの、カウントダウンだ。


八十三歳。八十三レベル――それが、『トマス』という存在が残っている限界だ。


さらに悪いことがある。俺の肉体は、もう普通の人間のように時間で老いることはない。《システム》がその扉を封じた。自然に歳月が降り積もるのを待つことはできない。立ち止まって、時間が勝手に解決してくれるのを待つこともできない。今や、俺の年齢を決めるのはレベルだけだ。進める方向は、後ろしかない。


地球では、俺は爪弾き者だった。不妊。あの頃の記憶で鮮明に残っているのはただ一つ、古い写真のように縁が焼け焦げた光景――ある女が、音も立てずにそっとドアを閉めていく姿。それが何より、こたえた。「不良品の容れ物」――医者たちはそう言った。工場の故障を告げるのと同じ、抑揚のない声で。妻を持つことも、子を持つことも、誰かの家系図に枝を伸ばすこともなかった。この世界は、ただその呪いをステータスとして刻み直しただけだ。二十九年の坑道労働と老いが、残りの何もかもを空にした。


そして今、《システム》がその仕上げをしようとしている。


「急いで上がれば、無力な子供になる。立ち止まれば、死ぬ」拳を握りしめる。関節が銃声のように鳴った。


採掘用のツルハシを手に取る。片手で軽々と持ち上げる、まるで玩具のように。刃が渇いたように風を切る。


真夜中に外へ出る。迷わず《嘆きの迷宮》へと向かう。


ポータルをくぐる。薄闇。百メートルの沈黙。


そのとき、うめき声が聞こえた。


闇の中から**感染ハンター(レベル9)**が現れる――かつてプレイヤーだった者の、蘇った死体だ。腸を地面に引きずり、膿を垂らしながら。


目もくらむ速さで襲いかかってくる。


知恵45が、その一撃をスローモーションに変える。鉤爪の軌道が正確に見えた。短く、冷たく、処刑人のように横へ一歩。死体は俺の横を通り過ぎていく。


両手でツルハシを振り上げる。


「沈め」


ズシャッ!!


鋼が腐った果実のように頭蓋骨を貫く。頭が弾け飛ぶ。骨片と灰色の脳漿の雨が顔に降りかかる。死体が痙攣しながら崩れ落ちる。


通知が瞬く。また過剰摂取のような感覚が襲う。


**【敵撃破! +220EXP】**

**【レベルアップ!7】**

**筋力:18→20|敏捷:20→22|知恵:45→48**

**自由ステータスポイント:5**


熱が胸を引き裂く。黒い血だまりの上に膝をつく。肋骨が独りでに組み直される。こめかみの白髪が抜け落ち、黒い髪に置き換わっていく。


八十二歳。


より殺傷力を増し、より追い詰められていく。


不妊の刻印は今も消えず、俺が自らの血筋の終わりとして生まれたことを思い出させる――そして今、《システム》は俺を後ろへ、幼年期へと押し戻している。


昨夜眠った家を思い出そうとする。


何も出てこない。


ある名前が、この上なく鮮明に脳裏をよぎる。もう存在しない地球の言語で。顔は思い出せない。声も思い出せない。ただ名前だけが、誰のものでもなくなったまま、宙に浮いている。家までの道を、思い出せない。


「どこ……」心臓が戦太鼓のように胸を打つ。「――どこだった、俺の家は」


闇の奥から、二つ目のうめき声が答える。さっきより近い。そしてその後ろに、三つ目の気配。


このダンジョンに、俺は一人じゃない。


そして、それすらも恐れるべき理由を思い出す時間さえ、もう俺には残されていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。