第8話「皇帝の涙、静かなる誓い」
玲玉が目を覚ますと、そこは再び天龍宮の広大な寝台の上だった。
窓の外では月が白く輝き、香炉の煙がゆったりと漂っている。
玲玉は自分の指先を動かしてみた。
毒のしびれは消え、以前よりも体が軽く、力が満ち溢れているような感覚があった。
枕元を見ると、龍帝が椅子に座ったまま、玲玉の手を握って眠っていた。
その眉間には深くしわが寄り、統治者としての重圧とはまた別の、個人的な苦悩が刻まれているように見えた。
『陛下……ずっと、そばにいてくださったのですか』
玲玉はそっと手を動かそうとしたが、龍帝が即座に反応した。
「玲玉、気がついたか! 」
龍帝の瞳が、驚きと喜びに大きく見開かれる。
彼は皇帝としての威厳も忘れ、玲玉の体を抱きかかえて、その肩に顔を埋めた。
「怖かった……。お前の輝きが失われるのではないかと、生きた心地がしなかった」
その肩が、かすかに震えている。
帝国最強の男が、自分というちっぽけな存在のために、これほどまでに心を砕いている。
玲玉の胸が熱くなり、自然と涙がこぼれた。
「陛下、ごめんなさい。私が不注意だったばかりに」
「いい。お前のせいではない。……白家は、今日限りで歴史から抹消する。二度と、お前を脅かすことはさせない」
龍帝の声には、断固とした決意があった。
「……待ってください、陛下。白家の当主たちは憎いですが、そこで働く使用人や、私と同じように苦しんでいた庶子たちに罪はありません。どうか、不必要な血を流さないでください」
玲玉は必死に訴えた。
自分は復讐など望んでいない。
ただ、誰もが穏やかに暮らせる世界であってほしいのだ。
龍帝は目を見開き、やがて呆れたようにため息をついた。
「どこまでもお前は……お人好しを通り越して、仏のようだな。お前を傷つけた連中を、なぜそれほどまでにかばえるのだ」
「かばっているわけではありません。ただ……、陛下の手を、これ以上汚してほしくないのです。私は、陛下の清らかな魂が好きですから」
その言葉は、龍帝の心に深く刺さった。
孤独に、そして冷酷に国を治めることだけが自分の道だと信じてきた男にとって、玲玉の言葉はこれ以上ない救いだった。
「……分かった。お前の願いだ。当主以外の命は助けよう。だが、白家の財産はすべて没収し、二度と再興できぬようにする」
「ありがとうございます。それで十分です」
玲玉が微笑むと、龍帝はその微笑みを食むように、再び唇を重ねた。
今度の口づけは、毒を消すためのものではなく、愛を確かめ合うためのものだった。
「玲玉。お前を正式に、朕の皇后として迎えたい。共鳴者としてではなく、朕が心から愛する唯一の伴侶として」
龍帝の瞳には、一切の迷いがなかった。
「私のような男が、皇后になどなれるのでしょうか。性別も、血筋も……」
「そんなものは朕がすべて黙らせる。お前の存在自体が、この国の奇跡なのだ」
龍帝は玲玉の手を取り、その薬指に、龍の紋章が刻まれた美しい指輪をはめた。
「これは、龍脈と繋がる契約の証だ。お前が望むなら、この国を共におさめよう。お前の優しさと、朕の力があれば、千年の平和を築くことができる」
玲玉は、その重みのある言葉を心で受け止めた。
もう、逃げ隠れする必要はない。
自分は愛されていい存在なのだと、ようやく心の底から信じることができた。
二人の間に流れる空気は、これ以上ないほど甘く、そして深い絆に結ばれていた。




