第16話「蛇の影、凍てつく戦場」
北の荒野を埋め尽くすように現れたのは、かつて帝国の歴史から抹消されたはずの蛇の民の軍勢だった。
彼らは龍の血を引く蒼龍帝とは対照的に、大地の毒――すなわち「陰」の気を糧にする一族だ。
その先頭には、巨大な黒蛇を従えた王、蛇王が立っていた。
「龍の末裔よ、ついに見つけたぞ。お前が隠し持っていた、最も清らかなる餌をな」
蛇王の声は地を這うような不快な響きを帯びており、砦の兵士たちはそれだけで魂を削られるような恐怖に陥った。
彼の視線は、龍帝の背後に隠れるように立っていた玲玉に注がれている。
「陛下……あの方が言っているのは……」
玲玉の体がかすかに震える。
蛇王の瞳に宿る、ねっとりとした欲望の炎。
それはかつて白家の人々が彼に向けた「便利な道具」を欲しがる目とは比べものにならないほど、醜く、深い渇きに満ちていた。
龍帝は無言のまま玲玉を片腕で抱き寄せ、もう片方の手で聖剣を力強く握りしめた。
「玲玉、案ずるな。あのような蛇風情に、お前の髪の毛一筋さえ触れさせはせぬ。……黒鋼、全軍に告げよ。一歩も引くな。この地でおぞましき影を断ち切るのだ」
「はっ! 」
黒鋼の号令とともに、砦の門が開いた。
雪混じりの突風が吹き荒れる中、帝国の精鋭部隊と蛇の軍勢が激突した。
蛇の民が放つ毒の矢が空を覆い、触れただけで石を溶かす黒い霧が立ち込める。
龍帝は最前線に立ち、黄金の咆哮とともに剣を振るった。
彼の一撃ごとに炎が奔り、黒い霧を焼き払っていく。
しかし、敵の数は想像を絶するほど多く、倒しても倒しても闇の中から新たな影が這い出してきた。
「くくく。無駄だ、龍帝。我が軍は絶望がある限り無限に蘇る。……だが、あの美しい『龍脈の共鳴者』さえ手に入れば、我らもまた光を奪い、新たな世界の神となれるのだ」
蛇王が手をかざすと、地面から巨大な蛇の形をした闇の腕が伸び、玲玉の立つ高台を直撃した。
「玲玉! 」
龍帝の叫びが響く。
土煙が舞い上がる中、玲玉はかろうじて後方へと逃れたが、その足首に黒い糸のような呪縛が巻き付いた。
「嫌……っ! 」
玲玉が必死に抵抗するが、呪縛は蛇のように這い上がり、彼の衣服を汚していく。
その毒の気にあてられ、玲玉の体から力が急速に奪われていった。
『陛下……。私は、また足を引っ張ってしまうのですか……? 』
玲玉の心に、古傷のような自己否定が顔を出す。
けれど、戦場の只中で自分を呼び続ける龍帝の声が、その弱音を打ち消した。
「玲玉、目を開けろ! お前は一人ではない、朕と共にあるのだ!」
龍帝の言葉が、玲玉の魂に熱を灯した。
玲玉は歯を食いしばり、自分の内側に眠る「聖なる力」を、今度は攻撃のためではなく、自分と龍帝を繋ぐ「鎖」として解き放った。




