第11話「龍の背に揺られて」
帝都の喧騒を離れ、蒼龍帝と玲玉を乗せた大がかりな行幸の列は、北の国境近くへと向かっていた。
玲玉にとって、これほど長い旅は生まれて初めてのことだった。
白家の地下室という、わずか数歩で壁に突き当たる狭い世界がすべてだった彼にとって、窓の外に広がる景色は、どれもが神々しいまでの輝きを放っているように見えた。
移動に用いられているのは、皇帝専用の巨大な龍輿だ。
いくつもの車輪が平らに整えられた路面を滑らかに転がり、内部はさながら移動する宮殿のようだった。
床には上質な毛皮が敷き詰められ、壁には龍の彫刻が細密に施されている。
「玲玉、外ばかり見ていては飽きぬか」
背後から、低く心地よい声が響いた。
龍帝が、玲玉の腰に腕を回して引き寄せる。
玲玉の体は、龍帝の広い胸板の中にすっぽりと収まってしまった。
「……飽きることなどありません、陛下。山の色も、空の高さも、私の知っていたものとはまるで違います。世界はこんなにも、鮮やかな色に満ちていたのですね」
玲玉は夢見るような心地でつぶやいた。
龍帝はその細い肩に顎を乗せ、満足げに目を細めた。
「お前がそう言ってくれるなら、この旅を企画した甲斐があったというものだ。だが、少しは朕のことも見てくれぬか。景色に嫉妬するなど、皇帝の威厳に関わるからな」
龍帝の手が、玲玉の腹のあたりを優しく、けれど離さないという強い意志を込めてなでる。
玲玉は顔を赤くし、自分を抱きしめる逞しい腕に手を重ねた。
「陛下、意地悪を言わないでください。私はいつでも、陛下のことを考えております。……こうしてそばにいられることが、まだ不思議でならないのです」
「不思議か? 朕にとっては、これこそが真実だ。お前の温もり、お前の香り……これがない夜など、もう想像もできぬ」
龍帝は玲玉のうなじに顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
玲玉から放たれる清らかな気は、移動中の龍帝の疲労を確実に癒やしていた。
Ωとしての性質を持つ共鳴者の力は、ただそこにいるだけで、強大な力を持つαの暴走を鎮め、精神を平穏へと導く。
行幸の目的は、北部の聖山にある「龍の涙」と呼ばれる水源の浄化だった。
近年、その場所には正体不明の瘴気が溜まり、下流の村々に病を広めていると言う。
「陛下、私の力で、本当に大地を救えるでしょうか」
玲玉はふと、不安げに問いかけた。
宮廷の庭を癒やすのとは、わけが違う。
広大な大地の気を整えるという大役が、自分のような者に務まるのか、どうしても自信が持てないのだ。
龍帝は玲玉の顔を自分の方へ向けさせ、その唇に短い、けれど熱い口づけを落とした。
「お前だからできるのだ。朕がお前の盾となり、剣となる。お前はただ、その清らかな心のままに、大地を愛してやればよい。……よいか、玲玉。お前は朕が選んだ、唯一の片割れなのだ。自分を疑うことは、朕の眼力を疑うことと同義だぞ」
龍帝の強い言葉に、玲玉は小さく頷いた。
「……はい。陛下が信じてくださるなら、私も私を信じます」
◆ ◆ ◆
二人の乗る輿は、ゆっくりと深い森の中へと入っていく。
森の木々は、心なしか元気を失い、葉の先が黒ずんでいるように見えた。
風に乗って運ばれてくる空気は、微かに腐敗したような、嫌な重みを帯びている。
瘴気は、着実にこの地を蝕んでいた。
龍帝は玲玉の肩を抱き寄せ、その身を守るように寄り添った。
これから向かう先には、白家の差し向けた刺客よりも、もっと根源的な「悪意」が潜んでいることを、彼は本能で察していた。
けれど、隣で瞳を輝かせる玲玉を守り抜くという決意は、いっそう強固なものへと変わっていた。




