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戦造魔との戦い


「着いたぞい。ここが試験会場じゃ」


 のんびりと白い口髭を撫でるルキウスが到着を告げるその先を見れば、先ほどクランとやらが活動していた運動場とは大きな石壁で仕切られたすぐ隣、学校のグラウンドほどの広さの土地を石造りの立派な壁が囲っている荒野の一画だった。

 これから試験をするにしては周囲に机も椅子も問題用紙さえ見当たらず、あるのはただ何処までも続きそうな草原とそれを取り囲む長大な石壁、そしてずっと向こうに見える鬱蒼とした森ばかり。


「ここ、ですか?」


「なんだこりゃ。おい、本当にここで合ってるのか?」


 辺りに生える足首ほどの高さの草が鬱陶しい荒地には当然テストが出来そうな場所なんて影も形もなく、代わりに草の陰に見えるのはゴミのような金属や木の塊が雑多な形で数箇所に纏めて置かれているばかり。

 試験会場というよりはスクラップヤードのような様相を呈している野原を前に、こんな所で一体どんなテストをするのかと疑問を抱いた弘樹の視線を受けた学園長は、白い眉の向こうに静かに佇む霧のような灰色の瞳で静かに笑みを形作ると辺りを見回しながら告げる。


「うむ。先ほどシンシア先生から話があったように、ここは探索士としての能力を鍛える為の錬成場じゃよ」


「錬成場って……要するに運動場だろ。こんな所で試験をするのか?」


 こんな所でぬけぬけとテスト用紙なんぞを配り出した日には即座に纏めて眼前の老人の口に詰め込んでやろうと胸中で決意しながら問うと、ルキウスはあっさりと首肯した。


「うむ。この試験ではお主の戦闘能力を測ろうと思う」


「せ、戦闘!?」


 これから机に向かって問題を解くミユの後ろでのんびり昼寝でもしていようと思っていた弘樹は、学園長の口から急に出てきた物騒な単語を聞いて思わず耳を疑う。

 予想外の展開に硬直している弘樹に向けて言葉を続けたのはシンシアだった。


「探索士という職業では、冥宮内に巣食う魔物や犯罪者など様々な敵と対峙し戦う事になる。どの程度戦えるのかというのはその実力を示す重要な指針だ」


「先ほどの話によれば、お主は今日初めて剣を握ったのじゃろう?」


「そうだ。何なら剣なんて実物を見たのも初めてだっつの」


「ふむ。ではまず、お主がどの程度剣が扱えるのかを見てみようかの」


 学園長の言葉を受けてシンシアが懐から持ち出したのは人間の前腕部に満たないほどの長さの透明なガラスの筒。紫色の水晶のような小石が中にぎっしりと詰まったそれは頭上からの陽光を受けて鮮やかに光っていた。


「おい、なんだあの筒」


「あれは魔鉱瓶といって中に魔鉱石という魔力の塊が入った瓶だと思います。燃料として使われる物なんですけど」


「燃料? そんなもん一体何に――――ってなんだ!?」


 弘樹とミユのやり取りを余所に、地面に転がる瓦礫の山に黙って歩み寄ったシンシアが徐にその魔鉱瓶を差し込んだ瞬間。周囲に散らばっていた金属の棒がまるで見えない糸に引っ張られるように一所を目指して地面を独りでに転がり始め、集まったそれらは互いに擦れ合い硬く乾いた音を響かせながら規則的に並び自ら立ち上がっていく。

 弘樹の驚愕の声が辺りにわんと響く中、ガラクタの山だったそれはあっという間に人の形となってこちらに向き直った。


「先ほどお前が操った小さな人形があっただろう? こいつはあれと同じ造魔(ゴーレム)戦造魔(スケルトン)と呼ばれている、戦闘訓練をする為の標的として学園で使用している物だ」


「さて、まずはムトウ君。今のお主の腕前を確かめよう」


「た、確かめるって、まさか……」


 立ち上がった瓦礫人形を改めて確認した弘樹は学園長とシンシア、二人の言葉を受けてごくりと生唾を飲み込む。

 金属製の二本の脚で眼前に立ち塞がる造魔の背の丈は弘樹とほぼ同じかやや高いくらいだろうか、バケツのような兜を被った顔は見えないが昆虫の甲殻のような鎧に全身を包まれたその立ち姿は異様そのもの。

 スケルトンの呼び名の通り骸骨を思わせる金属剥き出しの手足は無骨という表現がこれ以上ないほど似合っており、特に腕と呼んでいいのか胴体から飛び出した二本の金棒にはそれぞれ上半身をスッポリと隠せる円形の盾と、こちらの腰に収まっているそれよりも一回り以上は長い剣が繋がっている。

 視線の先でカタカタと小さな音を立てて突っ立っているその人形は何処からどう見ても友好的な雰囲気には見えず、ニコニコとした笑顔を浮かべながらこちらを見遣る学園長に説明を求める視線を向けると、白い髭を揺らしながらゆったりと笑った老人は


「ムトウ君。お主に先ほど渡したその剣を使い、あの戦造魔(スケルトン)と戦ってみてくれぬか」


「ふざけんな! あいつ剣持ってるじゃねえか殺す気か!」


 果たして。学園長の要求を聞いた弘樹は思わず叫び声を上げるが、悲鳴混じりの抗議を聞いた当の学園長は涼しい顔で


「安心するがよい。シンシア先生から守護霊石を受け取っておるじゃろう?」


「さっきの石ころか? こんなの本当に役に立つのかよ?」


「ここの運動場の地下には術式が巡らせてあっての。その守護霊石を身に着けておれば危険な攻撃から一度だけ身を護ることが出来るんじゃ」


 先ほど渡された石を懐から出してみても、相変わらず表面には意味不明な模様が刻まれているだけで特に変化はなく、もちろん周囲に盾なんて何処にも見当たらない。

 こんな怪しげな石ころ一つに命を預けろというのか、と胡散臭そうな視線を向けていると、そういえば隣のミユも先ほどシンシアから同じ物を受け取っていた事に気が付いた。


「おいミユ、お前も同じ石を貰ってたよな?」


「え、あ、はい。先ほどシンシア先生に……って、あ、あのヒロキ様? ど、どうしてこちらに剣を向けておられるんですか?」


「ちぇすとぉおおおおお!」


「きゃぁあああああっ!?」


 少女の言葉を聞くや否や、弘樹は腰に提げていた剣を鞘に収まったまま怯える少女の頭部に容赦なく振り下ろした、その瞬間


「ぬわっ?!」


 振り下ろした鞘がミユの身体に当たるその瞬間、ミユの中から見えない透明な何かが一気に膨れ上がったように爆発し、弘樹の剣を不思議な力で弾き飛ばしたのだった。


「す、すげえ! 本当に防いだぞ!」


「うぅ、びっくりした……」


「この馬鹿! 高価だと言っただろうが!」


「痛でっ!? ってぇなアホか! 剣持ってるんだぞ相手は! 安全を確認するのは当然だろうが!」


 すぐさま駆け寄ってきたシンシアがその銀色の篭手で脳天をゴチンと殴ってくるが、その威力が先ほどのそれと比べてかなり控え目だった辺りを見ても、どうやらこの守護霊石とやらは本当に高額な品で弘樹の持っている石の効果を無駄に発動させないように気を付けているらしい。

 しかし、高価だろうが何だろうがこればかりは弘樹も退けない立場であった。剣で武装した怪しいロボットと生身で戦わされようというのだから、それが本当に安全なのかを確認しておくのは当然の権利であろう。

 だが鞘に収まっていたとはいえ主人に至近距離から剣を振り下ろされたのには相当驚いたのか、フラフラと立ち上がるミユが何かに気が付いたように懐から取り出したのは黒く煤けて割れた石ころが一つ。


「あ、あのこれって……」


「やはり割れたか。次にやったらもう替えはないからな」


 そう告げて新しい石をミユに渡して下がっていくシンシアは怒る気力も湧かないのか溜め息混じりで、そんなこちらを見ていた学園長は二人を宥めるように


「まぁまぁ、とにかくこれで心置きなく戦えよう。それにあの戦造魔(スケルトン)はただの訓練用じゃから剣の刃は潰してあるでな。まず死んだりはせんから大丈夫じゃよ」


「ただ刃が無いとはいえ戦造魔が剣を振る力は一般的な人間のそれを余裕で上回る。守護霊石無しでまともに喰らえば骨折くらいは簡単にするぞ」


 にこやかな学園長の宥めるような声の後ろから、表情を一切変えない無表情のシンシアによる容赦ない一言が続き、弘樹はどうやら自分の予想が間違っていなかったらしいと眉間に皺を寄せながら理解する。

 要するにこれから、剣をまともに握ったことのない俺がどれだけ扱えるのかを確認する為にこの標的を相手に確認しようというのだろう。

 しかしあのロボットがどれだけ強いのかは分からないが、先ほど弘樹が操った小さな人形よりは遥かに手強そうなのは間違いなく、守護霊石の力で死ぬことはなさそうだとはいえ下手をすれば先ほどの学園長のように今度は自分達が髪の毛辺りを引き千切られることにもなりかねない。

 流石に高価な守護霊石とやらでも髪の毛までは守ってくれないだろう。まさかむしられた髭の仇をここで討とうというんじゃないだろうな、とじろりと睨め付けてみても、杖をついた老爺はニコニコと笑うばかりで。


「おい、まさかこれが試験なのか?」


「そうじゃ。まぁ試験の最初の問題という所かのう。探索者たるもの、最低限の所までは武器が扱えぬようでは話にならぬでな」


 やられた、と弘樹はここへきてどうやら自分の立てた完璧なはずの作戦が完全に裏目に出たらしい事に気付かない訳にはいかなかった。

 試験と言えば完全に筆記だとばかり思い込んでいて、まさかこんなマッチョな感じの実戦的な試験だとは思ってもいなかったのだ。

 訳知り顔で頷いている学園長の髭をもう一度引き抜いてやりたい気分の弘樹は、すぐ横で心配そうにこちらを窺っている小さな少女を見て内心頭を抱える。

 こんな子供が戦いで何かの役に立つとは到底思えないが、それでも一応確認だけはしておこうと弘樹は先ほどまでやる気に満ち溢れていたミユにそっと声を掛けた。


「お前、こういう試験だって知ってたか?」


「い、いえ、私もまさかこういった感じの試験だとは思っていなくて……」


 そりゃそうだろう。目の前で困ったように控え目な笑いを見せるこの小さな少女にそんな体力があるとも思えないし、あの長い剣と大きな盾を構えた物騒な戦造魔(スケルトン)とやらを相手に獅子奮迅の活躍をする姿も想像できない。


「で、でも、あの、折角チャンスを頂いた訳ですから、どうにかして合格できるように頑張ります」


 肩を落とす主を前に小さな両手を握り締め、不安そうな面持ちながらそう宣言する少女を胡散臭そうに見た弘樹は一つ溜め息を吐くと


「ならお前、武器は持ってるのか?」


「は、はい。一応護身用としてナイフだけは家から持ってきていますので」


 少女がそう言って懐から見せてくれたのは青白く輝く一本の小さな刃。氷のような透明さと宝石のような煌きを宿しているそれは少女の細く繊細な手にすっぽりと収まるほどの刃渡りしかなく、武器として使うにはあまりに儚く頼りなげな大きさは見れば見るほど戦闘で使うには不安が残る代物で。


「……なんだこれ」


「これは月水晶という石のナイフです。私は癒療士なので金属製の物を装備として身に付けられなくて」


 まさかの石器だった。いや、別にこの少女の家からいきなり巨大な斧や対戦車砲みたいな物が出てくるとは思っていないが、持ってくるにしてもせめてもう少し強そうな物はなかったのか。

 このガラスみたいな見た目の小さなナイフがどれだけ硬いのか知らないが、こんなもんで殴り掛かってもあの大きな盾辺りにぶつかったら最後、瞬時に粉々になるだろう事は想像に難くない。

 というか、そもそもこんな幼い少女の細腕でナイフなんてまともに振れるのかという所からして怪しく、弘樹はどうやら自分だけで試験を突破しなきゃいけないらしいと察して諦めの境地で首を振る。


「あぁもういい。お前は下がってろ」


「で、でも……あの、私もお役に立つと約束しましたし」


「アホ。そんな石の欠片でどうしようってんだ。剣持ってんだぞ向こうは」


 控え目ながらも食い下がろうとするミユに向けて適当に要らん要らんと片手を振りながら造魔へと歩いて行く弘樹に声を掛けたのは造魔を起動し終えて壁際に下がったシンシアだった。


「彼女は癒療士だろう。怪我をした場合には何かの役に立つかもしれないぞ」


 壁際で偉そうに腕を組みながらそう講釈を垂れるシンシアの言葉を聞いて、弘樹は先ほどこの暴力女に首を絞められた時にもミユが治療してくれたのを思い出していた。この猫耳娘は子供ながらにかなりの医療知識を持っているらしく、首を絞められて失っていた意識を取り戻した後も幾つもの薬を使って色んな手当てやらを的確にしてくれたのは覚えている。

 言われてみれば確かにこれから戦うのに治療できる奴がいるのは決して悪い話ではないだろう。剣なんて物騒な物を構える怪しいロボット兵士と戦わされるのであれば特に。


「治療出来るのかお前?」


「は、はい、簡単な物でしたら」


 こちらの問いに控えめながらもおずおずと頷いて見せた少女に、弘樹はまぁ何も無いよりはマシかと溜め息を吐いた。


「じゃそれでもいい。とにかくお前は下がってろ。それで俺が怪我をしたら治療をしろ。俺の邪魔するなよ」


「はい! ありがとうございます!」


 こちらの適当な指示にもパッと顔を明るくしたミユが自らの後ろに控えたのを見て弘樹は黙って背中に背負っていた剣を鞘から抜き放つと、背後で杖を突いて待つ学園長に一言告げる。


「要するに爺、俺はアレを倒せなきゃ不合格ってことだな?」


「これだけで不合格が決まる訳ではないがのぉ。お主がどれくらい戦えるかを見ておく必要があるでな」


 どれくらいも何も、俺はこれまで剣なんて持ったことがないと言ったはずなのだが、どうしてもこいつらは俺を戦わせたくて仕方がないらしい。

 まぁ異様なまでにがっちりとした造りの制服を着せられ、入学祝に刃の付いた剣なんて渡された時点でこれくらいのことは予め想定しておくべきだったのだろう。

 これはもう拒否できなさそうだ、と感じた弘樹は代わりに学園長にずいと手を差し出して


「それならさっきの守護霊石だっけか? あれ何個かくれ」


「ダメに決まっているだろう」


 弘樹の唐突な要求にピシャリと冷たい返事を返したのはシンシアだった。こちらを射抜くような視線で見ながら呆れた顔を浮かべた鎧女は


「というか、守護霊石は何個持っていても一度攻撃を喰らうと全て発動し壊れてしまう。複数持っていても意味がないんだ」


「なんだ。大量に持ってゴリ押ししてやろうと思ったのに」


 あの石ころを大量に持っていれば、先ほどの透明なバリアみたいなのが永遠に使えるのかと思ったのだが、流石にそんな都合のいい話はないらしい。

 弘樹の発言に盛大に溜め息を吐くシンシアの横で苦笑いしていた学園長は、もう何も言う気が失せたらしい鎧女に代わって言葉を続ける。


「あれは一応御主ら二人に安全の為に渡しておる物じゃからの。お主の霊石が造魔の攻撃によって発動し壊れたら、その場で危険な攻撃を受けた物と看做して敗北となるから気を付けるように」


「おい、じゃ一発でも喰らったら終わりなのかよ!?」


「うむ、そうなる前に訓練用造魔を倒すのじゃ。簡単じゃろ?」


「ってことはヘマしたコイツが守護霊石を壊されたらその時点で不合格なのか?」


「えぇっ!?」


 横で学園長の言葉を聞きながらふんふんと真剣に頷いていた少女を指差して弘樹が聞くと、ミユはこちらを振り返って驚いたように声を上げるが、学園長はそれを否定するようにはっきりと首を振った。


「いやいや。彼女はただの付き添いのような物じゃからな、霊石が壊れたらそれ以降の戦闘に参加出来ぬというだけじゃよ。試験を受けているのは御主じゃからの、御主が生き残れば試験は合格という訳じゃ」


 なるほど、弘樹は学園長の話を頭の中で反芻しながらルールを曖昧ながらも理解しつつあった。要するに相手の攻撃をまともに喰らったら守護霊石とかいうこの紙がさっきみたいに発動して倒された扱いになり、倒された者はそこで試験に参加出来なくなると。

 ミユは付き添いだから倒されても試験そのものには影響ないが、俺が相手の攻撃を一発でも喰らったらその場で不合格になるから、そうなる前にあのロボットを倒さねばならないという事だろう。


「まぁ難しく考えることはないぞい。これはあの造魔を倒せるかどうかではなく、お主の実力を見たいだけじゃからの。お主の力を如何なく発揮すればよいだけじゃ」


 言われなくてもそうしてやる。鷹揚に頷いた学園長へ背を向けた弘樹が目標となる造魔を見据えながら試しに手の中の剣を素振りしてみると、そこらの棒切れや模造品とは明らかに違う危険な刃先が空を斬る甲高く鋭い音が辺りに心地よく響き渡った。


「ではこれより試験を始める。途中で無理だと思ったらここまで戻れ」


「でもそうなったら試験は不合格だろ」


「まぁそうだろうな」


 こちらの問いにあっさりと頷いたシンシアは、高みの見物とばかりに腕など組みながら造魔との戦いに向かうこちらの様子を眺めている。そんな教師の反応を苦々しげに見ていた弘樹は、諦めるようにため息を吐くと標的となる造魔に向かい合った。


「仕方ない、やるしかねえのか」


「ヒロキ様、気をつけてくださいね。何かあれば私が治療しますから」


 背後から向けられるミユの心配そうな声など何処吹く風、返事もせず適当に聞き流した弘樹は掌で剣の柄を弄びながら握り直すと一先ず正眼に構える。

 剣なんて持つどころか本物を見るのも初めてな身からすればどうやって構えるべきなのかも良く分からないが、とりあえず標的となる造魔に向けてこんな感じで持てば良いのだろうか。

 今朝まで普通に現代日本で暮らしていた自分が、なんでいきなり剣を片手に武装したロボットを相手取って戦わなきゃならんのか、と頭の片隅で冷静な自分が呟くが、今ここでそんな事を言っても始まらない。

 鬱陶しい紙切れ一枚叩き落としただけで、まさかこんなとんでもない事に巻き込まれるとは考えてもいなかったが、とにかく今は自分に出来る事をやるだけである。


「では始めよ」


 頷いた学園長の合図で、まるで電流が流れたかのようにビクリと動いた戦造魔(スケルトン)は、そのままゆっくりとこちらに向けて歩き始めた。一歩進むごとに鎧同士が擦れる音が響き、嫌が応にも緊張感が高まっていく。


「まぁいい。試し斬りしたいと言ったのは俺だしな」


 まぁ考えてみれば渡された守護霊石のお陰で大きな怪我はしない訳だし、考えてみればこれだけ広い場所で何の気兼ねもなく剣の威力を試せるというのは存外に悪くない話だった。確かに先ほど剣を受け取った時にも試し斬りしたいと言ったが、この凶器を実際に思う存分振り回してみたいというのは男として偽らざる本音である。

 指先に何処か心地よいずっしりとした重量感と銀色に光る暴力的なまでの輝きが戦いの前の緊張と高揚感で荒立つ腹の底から沸々とアドレナリンを湧き出させてくるのを感じ、弘樹は知らず口元に笑みを浮かべながら前置きもなく一気に地面を蹴った。


「おらぁあああっ!」


 こちらに歩み寄る造魔に向けて走り込みながら気合一閃。弘樹が正面から猛然と振り下ろした剣は、しかしあっさりと相手の大きな丸い盾に防がれた。

 しっかりとした金属で縁と中央をガチガチに補強してある大きな木製の盾は、やはり真正面から剣で斬りかかるくらいではどうにも出来ないらしい。


 鋼鉄の剣先が衝突する響く鈍い音と刃が弾かれる硬く冷たい感触に軽く舌打ちしながらも、この結果を予想していた弘樹は相手がカウンターの刃を振りかざすより早く踏み込んだ足に更に力を入れ、振り下ろした剣とそれを持つ右腕をグッと引き寄せながら相手の盾に向けて肩からタックルを繰り出した。


「っ!」


 盾に接触する瞬間、肩に伝わったのは思っていたよりもずっと重く硬い衝撃だった。

 この一見するとフラフラした造魔は見た目よりずっと力も重量もあるようだが、それでも真正面から突如人間一人分の体重で突進されれば体勢を維持するのは難しい。


 構えた盾越しに伝わった突然の衝撃に相手がたたらを踏んだ直後、突進したそのままの勢いで今度は正面から盾を蹴り飛ばすと、造魔はカタカタと細かい音を立てながらバランスを崩した。

 動きを見た感じからして如何にも不安定な印象を受けたが案の定というべきか、この造魔は急な力を加えられると姿勢を崩しやすく、そうなると当然ながら重たい剣や盾を構え続けるのは難しいらしい。


「ドりゃああ!」


 その隙を逃さず叫びながら距離を詰めた弘樹がバランスを崩した相手に向けて叫びながらもう一度剣を振り下ろそうとすると、辛うじてそれに反応した造魔は崩れた体勢からどうにか盾で防ごうとする。

 が、それを読み切っていた弘樹がフェイントとしてそのまま半ば跳び蹴りのような形でまたも構えた盾を蹴り飛ばしてやると、蹴られた造魔は完全に盾を弾かれバランスを崩して膝を付いた。

 その瞬間、弘樹は蹴りで飛び上がった姿勢の慣性と重力をそのままに両手で持った剣を振り下ろす。掌に伝わるのは剣先がまともに相手を捉えた強い衝撃。


 剣と鎧が衝突する派手な音が響き、そのまま糸が切れたように崩れ落ちた造魔は地面へと転がり分散しピクリとも動かなくなった。荒い息を吐きながら訪れた暫しの静寂の後、背後のミユが飛び上がるようにこちらに駆け寄って来る。


「凄い! 凄いですヒロキ様!」


「おぉ一撃で倒すとは中々の膂力じゃな」


 背後の老人と少女が上げている歓声を聞きながら軽く上がった息を整えていた弘樹は、転がっている造魔の鎧を見て己が振り下ろした剣の一撃でバッサリと大きく削られている事に気が付いた。

 運動は別に苦手な方ではなかったが、しかし剣の心得なんて全くないのに、ここまで出来るほど自分に腕力があっただろうか? 己の手を見ても急に筋肉が付いたなんて事もなくいつもと特に変わりないのだが。


「では次だ」


 しげしげと自分の掌を眺めていた弘樹に向けて、シンシアが端的に告げたのは新たな造魔の登場だった。

 顔を上げてみれば既に立ち並んでいる造魔は合計3体で、それぞれが剣と盾を構えて一斉にこちらを見ながらゆっくりと歩いてくる。


「おいまだあるのかよ!」


「当たり前だ。これだけで終わりな訳がないだろう」


 シンシアの容赦のない物言いに歯噛みしながらも、しかしここで諦める訳にもいかず弘樹は仕方なく剣を構えなおすと、背後のミユを振り返った。


「数が多い。下がってろ」


「だ、大丈夫です。ヒロキ様の背中は私がお護りします」


 主人の呼びかけに気の弱そうな垂れ目をキリリとさせた少女は戦いを前に恐怖感に駆られているのか小さな石のナイフを震える手で構えながら弘樹のすぐ後に立っていた。

 修道服のような格好で小刻みに震えながら小さな石のナイフを手にしたミユの姿はどうにも頼りなく、流石に三体の相手を前に子供を庇いながら戦えるほど手慣れている訳ではない弘樹としても少女の申し出はありがた迷惑という他無く。


「要らねえよ。お前は俺の怪我を治すことだけ考えてろ」


「……はい。分かりました」


 ちょっとしょぼんとした少女の姿にほんの少し心が痛まないでもなかったが、しかしこんな子供が近くに居ては危なくて剣も振り回せない。

 ミユが数歩下がったのを見届けた弘樹は、眼前の造魔達を見据えると剣を片手に前へと一気に駆け出した。



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