40話 あの日
数十年前────とある人里離れた民家でのやり取り。
そこから、全てが始まった。
ギャレスの人生、そしてその他の人格達の人生を決めてしまう最悪の実験が。
「イギリスの魔術師が人の人格を他の身体に飛ばすという実験を成功させたという噂が立ってから約百年。ようやく私達もその準備が完成したのね」
木造の民家には相応しく無い近未来的な機械と、更に違和感を覚えさせる所々に散りばめられた紅い血を帯びたナイフ。
そんな光景を目に映しながらギャレスの母────リアラ・メイルは恍惚な表情を浮かべながら言葉を続ける。
「協会の異端児としてもうイギリスには居れないけど……これが出来た以上気にしないわ。今となってはこの計画を成し遂げられたイタリアが愛おしいですもの」
リアラは両手を口の前で合わせながら、喜びを更に露わにしながら夫であるバァスカ・メイルに話し掛ける。
「貴方も早く座って!私はもう待てないわ!」
「わかってるよリアラ。でもこの実験は極めて秘匿にしないと行けないからね。結界は慎重に貼らないと」
バァスカは家の周りに自身の魔術因子を張り巡らせながら、リアラを落ち着かせる。
「この実験を成功させたハルネって人は以降人間の禁忌を犯したとして魔術協会からの永久追放。並びに特定指定魔術師になったっていう噂があるからね」
「酷い話よね!こんな世界を変えうる実験を禁忌に指定するなんて!」
「仕方なかろう。人間の理を真っ向から否定する実験など」
「あら!準備ができたの?フリラ叔父様」
階段を降りながら会話に入り込んだ老齢の男にリアラは視線を移動させる。
フリラと呼ばれた人物はかなりの老齢な男で、階段を降りるのもやっとと言った表情をしていた。
そんなフリラは何とかリアラと同じソファに座ると、リアラの質問にゆっくりと答えた。
「あぁ、覚悟は出来ているよ。子供達はワシが責任を持って守ろう」
「悪いねフリラさん。色々考えたけど、子供達の人格を纏め上げるにはやはり貴方の様な人生経験が豊富で肝が据わった方が必要だと思ってね……」
「何、心配には及ばんよ。どうせこの身体だと老い先短い。ならば愛するお前達の実験に付き合おう」
「ありがとう叔父様!じゃあそろそろ準備を始めますね!」
リアラはフリラに感謝を告げると手にナイフを取り、隣にいるフリラの首元にナイフの先端を当てる。
「後で会いましょう!叔父様」
端的に別れを口にすると、リアラは容赦なくフリラの首を捌いた。
フリラは死を覚悟していたとは言え、一瞬で首元に走った激痛を我慢できずに、ソファから転げ落ちながら首元を押さえる。
呻き声を上げながらのたうち回るフリラを横目に、リアラは恍惚とした表情を変えずに、夫であるバァスカに準備は確認を取る。
「叔父様が可哀想……。早く始めましょう。準備は大丈夫?」
「大丈夫だよ。始めよう」
そうして始まった実験は少年の運命を狂わせる。
まずは全ての人格の器となる少年、ギャレスの身体を民家に相応しくない、随分と近未来的な機械の中に眠らせたまま入れる。
すると、機械の中は怪しい血が混じったような薄い赤色の
液体で満たされ始め、ギャレスの身体を段々と湿らしてゆく。
「あぁ……私の子達が一つになるなんて、なんて感動的なんでしょう!思わず笑みが溢れてしまうわ!」
両手で口を抑えながら、涙を眼に溜めているリアラの肩にそっと手を添えながらバァスカが続ける。
「そうだね……これも全て君が何年も前から苦しい思いをして積み重ねた努力の結晶だからね。そう思うと感慨深いものがあるよ」
二人が感動に浸っている間も、液体はギャレスの幼い身体を包み込んで行く。
気付けば液体はほぼギャレスの全身を包み込んでおり、息ができないギャレスは眠っているとは言え、苦しい表情を始めた。
身体が反射的に酸素を取り込もうともがき始めるが、飲み込むのは怪しい液体のみ。それによってどんどん息は苦しくなって行き、更に身体は容器の中で暴れ回る。
そんな光景を見てリアラは更に感動を覚える。
「私と同じく苦しみに強い子なのね!何て誇らしいのかしら……」
「あぁ、やっぱりギャレスは君に似て素晴らしい子だ」
バァスカは相槌を打ちながら、別の作業に移る。
それは床で死に絶えたリアラの血液の採取であった。
首から溢れ出る血液を掬い出し、小さな容器をドス黒い赤で満たして行く。
そうして、その容器をギャレスが入っている大きな容器の前に持って行き、容器の端に取り付けられている小さな補充口の様な物に取り付ける。
すると容器に入っていた血は、ギャレスの身体を包み込んでいる液体に溶け出して行き、微かな紅を少しだけ色濃く染めた。
そんな光景を見ながらバァスカは感嘆の表情を浮かべながら呟く。
「にしても特定の魂を呼び戻す為の遺品とそれにより還ってきた魂を憑依させる器を用意し、魂が還って来たタイミングで高位魔術である束縛魔術を使うなんてよく思い付いたものだよな……。協会の天才児。いつかお会いしたいものだ」
「もう約百年前の人でしょ?流石に亡くなっていると思うけど……」
「さぁ、どうかな。噂ではハルネ・ハーネストは不死者らしいよ?だからこそ人の死を『魂の乖離』という概念に置き換えるなんていう考えが思い付いたのかな」
バァスカは、ハルネという魔術師に半ば憧れのような感情を抱きながら更に言葉を進めていく。
「それに、何より凄いのは自身で束縛魔術を改良し続け、ただでさえ高位の魔術を魔法の域に近付けた事だ……おかげ様で魔術因子の研究には莫大な時間がかかったけどね」
「聞けば聞くほど凄いわね……あっ!それよりそろそろギャレスの身体が依代になった頃合いじゃない?」
「そうだね。じゃあ仕上げだ」
バァスカは小さなメモ帳をポケットから取り出し、床にチョークで円形の陣を描き始めた。
陣はギャレスが入っている容器を取り囲む様に描かれて行き、陣の中には更に不思議な模様も書き出されてゆく。
「無垢なる世界に存在する、穢れの世界から乖離されし存在よ。我が因に応えよ」
陣を描き終えると、バァスカは集中力を一気に高めて行きながら、魔術を発動させる為の文言を続けて行く。
「与えるは『生』也。対価は『縛』。私はこの条件を提示する事により、この世に鎖を結ぶ」
バァスカが文言を言い終えると、陣は紫色の光を帯びながら周囲を照らしてゆく。
何処からともなく吹き付ける風に晒されながら、バァスカの背後にいるリアラは笑う。愛おしい我が子を呼ぶ、理想の母親の様に────
「来て!私の子供達!」
その一言が最後のトリガーとなったのか、光は容器の中に収束されて行くように消え、民家は暫しの静寂に包まれた。
「成功……したのか?」
バァスカが額に汗を滲ませながら静かに呟くと、それに応える様に容器の扉が開いた。
生命活動の確認が取れただけでも一安心なのだが、問題はここからである。
果たして人格は綺麗に入り混じっているのか。
それを確認するべく、ギャレスの身体から放たれる第一声を待つ二人は思わず口から言葉が止まってしまう。
するとそんな二人を安堵させる様にギャレスの口が動く。
〈成功じゃよ〉
明らかに子供の声ではない。
その声の主を知らない人が聞けば、演技でもしているのかと疑いたくなる声をしていた。
声の主────フリラはゆっくりと容器から出ながら実験の成功を二人に伝えていく。
〈ギャレス達を表に出してやりたいが、どうやら疲れ果てて眠っている。暫く待っとってくれ〉
「ええ!待つわ!いつまでも!あぁ〜思わず笑みが溢れちゃうわね……私達の努力がようやく報われたのだから」
「あぁ、これから生き返った子供達の成長が楽しみだ」
「子供達に何かあったら必ずフリラ叔父様が守ってあげてね?約束よ?」
〈あぁ……任せておけ。おっと、どうやら一つの人格が目を覚ました様じゃ────〉
斯くして、この世界にギャレスという歪な存在は生まれ堕ちた。
彼がどういった経緯で日本に来たのか。
バァスカやリアラ達はこの後どうなったのか。
それまた、別の話────
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