28話 『表』────役者は出揃う
数分前────
「何処に行っていた乖穢。ハルネが地下に向かった以上、俺達も地下へと向かうぞ」
「わかってるよ〜せっかちだな〜」
『NOT』の面々は追分の指示通り、地下へと足を向かわせる。
先程から地下の面々に連絡が取れないのが気掛かりだが、ハルネの右腕とも言えるプラトが地下に居るとなれば、何かあったのかもしれないと考えられるのは当然だろう。
「にしても、どうして追分はそんなにあの新市長を下ろしたいわけ?」
地下へと向かう最中に乖穢は今回の仕事の最中、ずっと抱いていた疑問を口にした。
追分がここまでハルネに執着するのは『異様』と言っても間違えではないだろう。
恐らく市長選で何かあったのは明確だが、まだ「NOT』に入ったばかりの乖穢はその内容を知る由も無かった。
対する質問を受けた『NOT』の男は、目線を向けずに淡々とその質問に答えてみせた。
「なんだ、聞いていなかったのか。そうだな……端的に言うと市長選の裏で色々あったんだ」
予想通りの回答が来た事に対して乖穢は、さらに深く事を探って行く。
「色々?」
「追分さんも詳しくは語ってないんだが……噂ではハルネは上の人と繋がっているらしくてな」
「上の人……?」
男の意味ありげな言い方に乖穢は首を傾げながらその人物について問いかける。
「北海道知事だ。あくまで噂だけどな。その人と手を組んで市長の座に就いたらしい。票操作でもしたのかね」
「へぇ……?」
乖穢は北海道知事の顔を思い浮かべながら訝しげな顔をし、何故そのような事をしたのかを考える。
────どうして手を組む必要が?
────そこまでして市長の座に就いたハルネの思惑は何だ?
────いや、そもそも……
「結局追分は市長の座に戻りたいだけなのかな?」
「いや、あの人はあくまでこの街を守りたいだけだよ」
「?」
乖穢が入ってから聞いた直近の『NOT』の仕事は、基本的に血生臭い表沙汰に出来ないような事ばかりであった。
どれもこの街を守るなんて言えないような────
それなのに目の前の『NOT』の男は街を守る為と言い張っている。
乖穢は思わず疑問を隠せずにはいられなかった。
そんな乖穢の気持ちを察したのか、男は少しだけ過去の話を始めた。
「あの人は昔から北海道知事とは犬猿の仲でね。何十年も市長の座に居れたのが奇跡みたいなもんなんだよ」
「それがどうこの街を守るに繋がるわけ?」
「……お前には信じられないだろうが、昔の追分さんは正義に忠実な人だった。『NOT』の仕事だってこんな血生臭い物じゃ無かったさ。本当に、あの時は裏から国を守ってる気分になれた」
男の話を乖穢はただ淡々と聞いていた。
乖穢は追分にようやく多少の興味が湧いてきたのか、口元からは笑みが消えており、真剣な表情に切り替わっている。
「お前も『裏』に絡んでるなら少しは聞いた事あるかもしれないが、噂通り北海道知事は何かと気狂いでね。それこそ表沙汰に出来ないような任務を平気で行なっている」
「確かに少しだけその噂は聞くけど、確証を持った話は一度も聞いた事がないなぁ……その任務の内容詳しく」
「知事は『NOT』の内容を知っているからな。何回か襲撃をされたりした。他にも知事にとって邪魔な人間は平気で消されているよ。最近だとアレだな、アイヌ民族の話で話題になってた佐藤 牧江が死んだ事件覚えてるか?」
「ん?あぁ、オカルト事件だってネットで少しだけ話題になってたね」
佐藤 牧江。
前々からたまにテレビに出ては「アイヌ民族はロシアの血統である。北海道の土地は日本の物ではない。代々ロシアの伝統的民族が踏み締めてきた神聖な土地である」と唱えていた人物である。
北方領土が問題となっている昨今の情勢で、ここまでハッキリと禁忌に近い文言を言えるのが逆に肝が座っていると、ネット掲示板で一躍有名になった人物である。
そんな彼女は数ヶ月前、突然の死を迎える。
死因は一酸化炭素中毒。場所は自宅であった。
報道では、あまりにも家具が綺麗な事や風呂場のガス栓が空いていた事、そして死体発見場所がソファの上で寝ているような体勢だったということもあり、不慮の事故だという説が濃厚だった。
しかしネットには牧江の死を「先代アイヌの呪い」という解釈をした者が現れ、一躍オカルト事件へと登り詰めた。
乖穢も当時のネットの盛り上がりは自然と目に入っていたので、当然佐藤 牧江の存在も頭には入っていた。
しかしその死因が事故ではなく、知事による物だったのは興味深い。
乖穢はそのまま聞き耳を立て、情報を頭の中に入れようとする。
「俺達の様な古くからの『NOT』は知っているが……あの事件には知事が関わってる」
「へぇ……」
乖穢は興味深気に相槌を打ちながら、相手の言葉の続きを待つ。
「追分さんもあの事件には関わっててな。佐藤 牧江はこのままだと札幌に火種を落としかねないと判断して『表』側からあの人を何とかしようとしてた。一方『裏』では佐藤が繋がってたロシアの過激派が蠢いていた。その過激派を止めるために『NOT』は暗躍してたんだ」
男と乖穢は地下へと足を向かわせながらも会話を続ける。
そして男はようやく乖穢が発する情報を語った。
「そんないざこざが街の『裏』で起きている時────知事はどさくさに紛れて佐藤を殺した」
「そんなに知事が嫌いならその事を公表すれば良いのに?」
最もな事を乖穢が口にすると、男は首を横に振りながら否定した。
「殺したのは知事で間違いない。だが、公に出すには証拠があまりにも足りないんだ。さらにいうと佐藤を殺したのは俺達『NOT』の様な知事直属の部隊だから尚更尻尾が掴めない」
「成程、そんな知事と裏で連んでいるハルネは要注意人物って事か」
一先ず会話は終わり、『NOT』のメンバーは地下へとその足を着々と向かわせる。
乖穢は最初こそ金の為に動いていたが、今はどちらかといえば情報の為に動いていると言って良いだろう。
この街で、確実に何かが起きようとしている。
自分の知らない世界で起きているやり取り。
複雑に絡み合う情報────
────こんな話、先代の情報屋が知ったら腰を抜かすだろうな。まあ、もう引退してベッド生活だから知ったとてそこまで影響はないだろうけど。
現在、この街で活動している情報屋の師匠に当たる人物の事を思い出しながら、乖穢は静かに笑う。
────やっぱり……
────この街は飽きないんだよなあ……
× ×




