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本編です!

 あの夏祭りから、数日が経った。

 あの後は大変だった。蹲って震え続けるアダムくんに鍵を拾ってくれた女の人は戸惑い、周りの人からは何だ何だと注目されて、私はどうすればいいのか途方にくれた。

 取り敢えず女の人にはお礼を言い、この場を去ってもらった。それから、私達もこの場を去るために蹲るアダムくんを何とか立たせ(トビタくんに捕まってもらって引っ張った)そのまま人気の無い場所まで連れて行った。



 自動販売機の隣にあるベンチにアダムくんを座らせ、私は携帯でお父さんに連絡した。アダムくんは心ここに在らずというふうだったので、一人では帰れないと思った。しかし、アダムくんの家を聞いても反応がなく震えるばかり。私ではダメだと思い、お父さんを呼ぶ事にしたのだ。

 数分経って、お父さんがやってきた。アダムくんを見ると少しムッとしたが、直ぐに尋常じゃない事に気付いて心配そうな顔になった。お父さんが住所を聞くと、少し我に帰ったアダムくんは途切れ途切れに言ってくれ、それを頼りに私とお父さんは彼を家まで届けた。



 アダムくんは大丈夫だろうか? 心配で心配で堪らない。また彼の笑顔が見れなくなったらどうしよう? 私を怖がったらどうしよう? 彼をどうしたら助けられるのだろう? 考え出したらきりが無かった。そして答えは何も出なかった。

 こういう時は、リフレッシュをする為に外を歩くのが一番だ。そう思ったら吉日。早速散歩に出かけた。

 季節は夏。ミーンミーンとセミは鳴き、照りつける太陽が肌を焼く。もう少し涼しくなってからの方が良かったかもしれないと後悔し始めた時、背後から懐かしい声が聞こえた。

「舞ちゃん?」

 振り向くとそこには、羽山先輩がいた。




「本当に久しぶりね」

 高校生の羽山先輩は、大人っぽく綺麗だった。羽山先輩と最後に会ったのは、小4の頃だった気がする。先輩はまだ中学生だった。

 私達は今、喫茶店にいる。クーラーが効いていて涼しい。羽山先輩はアイスコーヒーを頼み、私はオレンジジュースを頼んだ。

「羽山先輩は今どうしてるんですか? 」

 羽山先輩は私立の中学に進学したが、高校は船橋先輩と一緒になりたかったらしく、親を説得して受験し合格した事までは知っている。

「隼人と同じクラスになれて、新しい友人も出来て毎日が凄く楽しい。舞ちゃんはどうなの? 」

 先輩に聞かれたので、私は応えた。

「私も毎日が楽しいです。幼馴染と一緒のクラスになれたし、一年生の頃引っ越した子がまた戻ってきたんです。その子私の席の隣に座ってるんですけど、初めは昔と性格が違い過ぎて戸惑ってしまって…でも、関わっていくうちに彼、笑うようになったんです。昔みたいに。本当に明るく笑う子で、見てると私も幸せな気分になるんです」

 あれ、途中から関係ない事まで言っているような気がする。ていうかアダムくんのことばかり話してしまってる。

 先輩はふふっと笑った。

「舞ちゃんはその子の事が好きなのね」

 先輩はそう言った。バレてしまったか。私は恥ずかしくて明後日の方向を見ながらオレンジジュースを飲んだ。



 そこからは、二人で恋話(コイバナ)をした。

 羽山先輩は船橋先輩とのノロケ話を。私はアダムくんの好きな所を語り尽くした。

「船橋先輩、ホラー系苦手なんですね。凄く意外」

「そうなの。遊園地のお化け屋敷では、ずっと目をつぶってて「ゴールまで連れてって」って言ってきたんだから」

「あはは! 」

 船橋先輩の意外な一面を知る事ができた。

「舞ちゃんは、その子とデートした事ないの? 」

 羽山先輩はそう聞いてきた。その言葉で思い出すのは、先日の夏祭りの事だ。あれはデートになるのだろうか?

「一応あります」

「え! どこ行ってきたの? 」

「夏祭りです」

「毎年近所で行われるやつ? 」

「はい」

「そうなんだ〜良いね!楽しかったでしょう! 」

 その言葉に私は黙ってしまった。確かに楽しかった。途中までは。でも、アダムくんのトラウマを蘇らせてしまった。

 急に暗い顔になった私を見て、先輩は察したようだった。そして言った。

「話し合うんだったら、早い方が良いよ」

 私は顔を上げて、先輩を見た。

「私も隼人と色々あったけど、気持ちを伝えるのを先延ばしにして良いことなんて何も無かった。余計にこんがらがって、すれ違いが酷くなったわ」

 そうなのか。四年も付き合ってるんだ。先輩達も色々あったんだろう。先輩の言葉には説得力があった。

「……彼は私を怖がるかもしれません。それでも気持ちを伝えにいくべきでしょうか? 」

 先輩はしばらく沈黙していた。そして言った。

「相手がどう思うかで行動するのは、逃げだと思う」

 私は先輩の言葉に衝撃を受けた。

「……逃げ? 」

「相手が怖がるかもしれない、傷つくかもしれないと思う事は、逆に自分も傷つくかもしれないと恐れているのよ。そうして相手を思ってるというのを言い訳にして、行動しない。これは逃げだと私は思うわ」

 先輩はそう言い切った。そうか、私はアダムくんのトラウマを言い訳にして逃げようとしていたのだ。私は彼から逃げようとしていたのだ。

「私もかつて逃げようとした。でも、向き合うように背中を押してくれたのは他ならぬ貴女よ、舞ちゃん」

 先輩はにっこりと笑った。




 わたしは現在アダムくんの家にお邪魔している。アダムくんのおじいさんとおばあさんはすんなりと家に上げてくれた。

 私は先輩と別れた後、そのままアダムくんの家に向かった。先輩からもらった喝を胸に、アダムくんの部屋の前に立つ。

「アダムくん、ちょっと話を聞いてもらってもいい? 」

 返事は返ってこなかった。それでも私は話し続ける。

「アダムくん、あの時鍵を落とした事気付いて上げられなくてごめん。せっかくの夏祭りに怖い思いをさせちゃってごめん。私の事、怖いかもしれない。でも、私はアダムくんと友達で居続けたいんだ。だから……これからも側にいていい? 」

 私は自分の思いを言い切った。すると部屋の中から「なんで…」という声が聞こえた。

「なんで水谷が謝るんだよ。勝手に落として、勝手にパニックになったのは俺じゃねえか。せっかくの夏祭り台無しにして、こうして部屋に引きこもってるやつなんかと友達で居たいなんて、水谷ほんと変わってるな。……本当に…本当に」

 最後の方は涙声だった。アダムくんは扉を開いてくれた。

「水谷、ごめんな。…あと、ありがとう」



 アダムくんは泣きながら、私を見つめた。その瞳に恐怖は浮かんでいなかった。

お読み頂きありがとうございました。

羽山先輩を久しぶりに出せて、楽しかったです!

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