それぞれの理由
逃げることしか出来なかった。
守れなかった
何も分からなかった
それでも、
優しさに触れた夜の中で、
三人は初めて“これから”を考え始める。
探したい人
守りたいもの
知りたい自分
第三章第六話
『それぞれの理由』
よろしくお願いします。
いろいろ手続きを済ませて、調律院から帰ってきた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
ノクス共和国の夜は静かだった。
窓の外では、大樹の枝に吊るされた灯りが小さく揺れていて、ノクス共和国を温かく照らしている。
ガルド家の中には、暖炉の火と料理の匂いが広がっていた。
「はいはい、座った座った」
リアナが大きな鍋を机へ置きながら声をかけ、エナはその横で、待ちきれない様子でスプーンを持っていた。
「今日のスープすっごく美味しいんだから!」
「お前昨日も同じこと言ってたぞ」
ヨルが呆れたように言う。
「昨日も美味しかったもん!」
エナが頬を膨らませる、それだけで少しだけ、空気が緩んだ。
優実はそんな様子を見ながら、小さく息を吐く。
“今日一日だけで、色々なことがあったなぁ“
調律院、五調律官、感情を見る力、そして、貞美へ向けられたあの視線どれもこれも、考えれば考えるほど、頭が疲れていく。
「何か寿命縮んだ気がする」
「分かる」
優実の呟きにヨルが真顔で頷いた。
その様子にエナが吹き出す。
「二人ともおじいちゃんみたい!」
「誰がおじいちゃんだ」
ヨルが即座に返す、そんなやりとりを、ノエルだけは少し離れた場所で静かに座って見ていた。
相変わらず無愛想だったが、初日ほどの刺々しさはない。
優実はちらっとノエルを見る。
「そういえばさノエルって強いの?」
突然の言葉にノエルの動きが止まる。
「は?急に何?」
「いや、だって何か強そうじゃん!」
「お兄ちゃんすっごく強いんだから!」
エナが即座に食いついた。
「ノクスの若い人達の中でもめちゃくちゃ有名なくらい強いんだよ!」
「余計なこと言わなくていい!」
少し恥ずかしそうにノエルが顔をしかめると、その横でガルドが静かに口を開いた。
「少なくとも同世代では頭一つ抜けてるな」
「ガルドさんまで...でもまだまだです」
ノエルが嫌そうに顔を逸らす様子を、優実は少しだけ笑った。
昨日までなら考えられなかった家族のみたいな空気だった。
誰かとこんな風に笑いながら話すこと自体が、どこか遠いものみたいに感じる。
その時優実は気になっていた事を、質問する。
「そういえば、アーカディアって」
その瞬間一瞬で空気が止まる。
エナですら口を閉じ、ノエルの手が止まると、
ガルドは静かにスープを置いて、間を置いてから口を開く。
「奴らは感情を否定する連中だ」
低い声だった。
「怒りも、悲しみも、愛も、全部、我々を壊すものだと考えている」
暖炉の火だけが揺れる、優実はレグルスの顔を思い出していた。
月明かりに静かな水辺の前に立つあの横顔。
「でもレグルスって人は苦しそうだった」
その言葉に、ノエルが止まり、数秒の沈黙が流れた。
「笑ってたんだ」
ノエルの低い声が落ちた。
「レグルスって奴はしらねぇが、俺の知ってるアーカディアのクソ野郎は、村を楽しそうに燃やしながら、遊びの様に村のみんなを殺して、それでも飽き足らずひたすらに殺し続けてた」
空気が重く沈む中、エナが少しだけ俯き、ノエルは強く拳を握っている。
その横顔には、今でも消えていない怒りが滲んでいた。
リアナが静かに口を開く。
「今日はそのくらいにしなさい」
優しい声でも、その言葉の奥にもまた、傷があった。
食卓へ静かな時間が流れ、スープの湯気だけがゆっくりと揺れていた。
その時、ガルドがぽつりと聞いた。
「それで」
全員の視線がガルドへ向く。
「お前達はこれからどうする気だ」
静かな問いだが、その言葉は妙に重かった。
今まで、生き延びることしか考えていなかった優実達は、逃げることで精一杯だった。
でも、ふと頭の中に浮かぶ顔がある。
“智香“
笑った顔、名前を呼ぶ声、別れる直前の携帯越しに聞こえて来た言葉。
胸が少しだけ締め付けられる中、優実はゆっくり口を開いた。
「探したい人がいます」
ヨルが静かに優実を見る。
「同じ場所に来てるかもしれないから、だから探したい」
優実はそう言った後、小さく笑った。
だけど、その笑顔は少し寂しそうだった。
「きっと会えるよ!」
エナが真っ直ぐ言う。
根拠なんてない、でも、その言葉だけで少し救われる。
ヨルはそんな優実を見た後、静かに目を伏せた。
「俺さ、ずっと一人だったんだ」
暖炉の火が小さく揺れる。
「もう誰かと一緒に生きれるとか、考えたこともなかった」
ヨルは少し困ったように笑う。
「だからまぁ、今はうるせぇけど」
「誰がうるさいって?」
優実がすぐ睨むと、少しだけ笑いが漏れた。
その後、ヨルは真っ直ぐ前を見る。
「でも、もう誰も失いたくねぇ」
空気が静かになる。
「だから強くなりたい!」
その言葉には迷いがなく、貞美は黙ったまま、そんな二人を見ていた。
優実には探したい人ができた。
ヨルは守りたいものが、自分を含めてできた。
じゃあ自分は何なんだろう。
“何をしたいんだろう“
少しだけ迷った後、貞美は小さく口を開いた。
「私は」
自分でも上手く分からなかい気持ちに、言葉が止まってしまう。
「まだ、よく分からない、でも」
少しだけ、優実達を見る。
「みんなみたいに、本当の自分を知りたい」
静かな声だが、その言葉は確かに貞美自身のものだった。
貞美の言葉を聞いて、エナが嬉しそうに笑う。
「じゃあいっぱい知らないとダメだね!」
その真っ直ぐな言葉に、貞美は少しだけ困惑するが、不思議と嫌じゃなかった。
ガルドはそんな三人を静かに見た後、小さく口を開く。
「なら変われ、今のお前達じゃ、何も守れん!もっともっと強くなれ、本当に守りたいものを守れるようにな」
その言葉は重かった。
だが同時に、それは三人へ向けられた初めての期待にも聞こえた。
最後は静かな食事が終わった後、夜は静かに更けていく中、優実は智香を思い出し、ヨルは守れなかった過去を、貞美は、自分自身を思い出していた。
そして翌朝、早々にヨルはガルドの前へ立つ。
「強くなりてぇ」
その一言から、三人の新しい日々が始まろうとしていた。
今回も読んでいただきありがとうございます。
落ち着いた夜を過ごし、三人の新たな目標が決まり始めた中、ガルドは強くなれと促す。
これから三人がどう強くなるのか、是非続きを読んで楽しんでください!!
高評価、ブックマーク、感想等々お待ちしております!




