第九五話:世間話(中編)
「ええ。そんな場合では、ありませんでしたから。本来なら、桜花にも話を通してからと……思っていたのですが。今となっては、それも必要なくなりました。ですので正式な手続きは、喪が明けてからにしようと思っております」
土御門の問いに、少年は穏やかな笑顔で答えた。佐藤が眉間のシワを深めて、焼津が険しい顔をする。
「……流石に今のは、言い過ぎでは?」
「そうかな。俺は必要なことだと思うけれど。両親を亡くした琴葉ちゃんにとって、今頼れるのは玲哉くんだけだ。それなら、彼の意思は確認しておくべきだろう」
渋い顔をして、佐藤が口を開く。それに対して、上司は淡々とした声で告げた。玲哉はため息と一緒に、言葉を発する。
「……僕は気にしていませんよ。それに土御門さんの懸念は、ある意味では正しい。僕も彼女と同じように、神々から誘われていますから」
少年の話を耳にして、土御門が目を細める。男は机の上で手を組んで言った。
「まさか、神域に行かれるおつもりですか。あなたまで?」
「――はい、もちろん」
微笑んで。玲哉は彼の鋭い視線を、真正面から受け止める。
「桜花も橘花も、僕たちが居なくなった程度で潰えるような家ではありません。それなら、好きなことをしてもいいでしょう? ……これは僕の我儘です。流されて生きてきた僕にとっては、初めての。ですから、あなた方の指図は受けません」
彼のまなざしは真剣だった。土御門が苦笑を浮かべる。
「……そうですか。予想はしていましたが、こうなると平行線ですね」
会話が止まり、未だに話についていけていない琴葉が、不安そうに周囲を見回す。
「ええと、あの。私はまだ、神域に行くと決めたわけでは……」
狐が後ろを振り返る。彼は優しげな目をしていた。
「それでいいよ。僕たちも、玲哉も。君が幸せに生きられるなら、他のことは気にしない。選ぶのは、君自身だ」
「だとしても、我々には話を通していただきたいのですがね」
土御門が、すかさず言葉を差し込む。暁明は嫌そうな顔をしたが、彼は構わず話を続けた。
「桜花の当主と巫女が突然亡くなられたことは、神祇省にも既に知れ渡っています。この上、橘花の跡取り問題まで持ち上がってくるとなれば、流石に対処しきれません。この国のことを思うなら、最低限。桜花と橘花の先行きが決まるまでは、見守っていてください」
その言葉は、正論だ。部下だけでなく、玲哉と神々にも、それは伝わる。政府の実情を知らない琴葉も、土御門が本気で話していることだけは分かって、納得した。




