09 棘と無自覚
真と一緒に遊んだ日から一ヵ月後。
俺と吾妻と真の三人は、一緒にお昼を食べる固定メンバーとなっていた。
屋上や中庭、雨の日はお互いの教室で食べている。最初はクラスになかなか馴染めなかった真も、俺たちとの関わりをきっかけに、世間話をする程度の友人が増えたようだ。
まぁ、十中八九、それは俺じゃなく吾妻のおかげと言っていいだろう。吾妻はコミュ力のお化けだ。すぐに誰とでも仲良くなれるし、真の教室を去るときに必ず、近くにいるクラスメイトに「まこっちゃんのことよろしくねー!」と一言声をかけていた。
四時限目が終わって、俺と吾妻は弁当を持って教室を出る。真を誘って、屋上に行こうとふたりで話していた。特進クラスの教室を開け、真の名前を呼ぼうとしたが、いつもいる席に真の姿が見えなかった。
「あれっ? まこっちゃんいないね?」
吾妻が敬礼のポーズを取って、キョロキョロと辺りを見回す。俺はスマホを取り出してみたが、そこに新しいメッセージは届いていなかった。
「……トイレか?」
「あー……確かにそうかも?」
俺たちがそんな話をしていると、教室の出入り口に近い席の女子が吾妻に声かけてきた。
「吾妻くん。もしかして、結城くんを探してる? だったら、中庭のほうに行ったかもしれないよ」
「中庭? ありがと~! ちょっと行ってみる」
吾妻とふたりで廊下の窓から中庭を見下ろす。中庭にある大きな木の陰に真らしき人物の姿が見えた。
「あ。ほんとだ。まこっちゃんだ……っと、それと女子が一人。はっはーん。なるほど、これは告白かな?」
吾妻が窓にべったりと張りついて見ている。俺は、吾妻の言った言葉に小さな衝撃を受けていた。
なんだか指先に棘が刺さったような、チクチクとした痛みが胸に広がる。
──告白。
真はイケメンだ。綺麗な顔立ちをしているのだから、告白の一つや二つ。彼女がいてもおかしくはない。
(そういや……真って、転校初日に告白されたんじゃなかったっけか?)
窓の外にいる真をじっと見つめる。
女子が手紙を差し出す。真は頭を横に振って、手紙を受け取らず断っていた。女子はもう一度「読んでください」と食い下がっているようだった。真は、もう一度頭を横に振り、それからその場を去って行く。
ほっ、と息が出た。胸の中に広がっていたチクチクとした痛みもその瞬間に消えた。
(あれ……? なんで俺、こんなほっとして──)
「まこっちゃんモテモテだなぁ~いいなぁ~! うらやましい~!」
横にいた吾妻は、大げさにため息をついて肩を落とした。「俺もモテたい!」と言うと廊下を歩いている女子がクスクスと笑いながら、横を通り過ぎて行った。
少しすると真が教室に帰ってきた。俺と吾妻が「よっ!」と手をあげ、存在をアピールする。真は俺たちのことに気づくと、同じように手をあげた。自分の席へ行き、コンビニの袋をカバンから取り出すと、俺たちの元へ小走りにやってきた。
「ごめん。お待たせ」
「大丈夫。そんなに待ってないよ」
「そうそう。朝陽が言う通り、ぜーんぜん待ってない」
屋上を指さし、「行こうぜ」と促す。俺たちは三人で階段を上った。
***
「無事にゾンビゲークリア! お疲れ俺! お疲れ皆! 付き合ってくれてありがとう~!」
いつものカフェオレが入ったマグカップを掲げて、俺は「乾杯」と告げる。
ゴクゴクと喉を鳴らし、ぷはーっと息を吐いた。
配信開始から一時間ほどで、数か月遊んでいたホラーゲームをクリア。チャット欄も『おめでとう』という言葉で溢れかえっていた。
盛り上がりが落ち着いてくると、チャット欄では『次は何のゲームをやるのか』という話題に移っていく。またホラーにするのか、レースゲームでリスナーも参加できるようなものにするのかの二択になっていた。
「ワンコインくらいだったら、皆の負担にもならなさそうだよね。なんかいいレースゲームあったかな……」
マウスを動かし、キーボードを叩きながら新たなゲームを探す。その間にチャット欄は、また話題の方向を変えていった。こういう自由なところが配信の醍醐味でもある。
一人のリスナーが『ちょっと相談があるんだけど』と切り出し、皆『なになに』と食いついた。
『最近、気になる人がいるんだけどさ……』
誰かと付き合うといった恋愛の経験が無さすぎて、これは本当に恋なのか、ただの勘違いなのか、皆にジャッジしてほしいとのことだった。他人の恋バナは皆大好きらしく、食いつき方が半端ない。
いつ頃気になりだしたのか、どんなところが気になっているのか、根掘り葉掘り情報提供を求めた。
質問を読み上げながら、俺も「どうなの?」と相づちを入れる。
『いや、最初は可愛いなと思うくらいで何とも思ってなかったと思うんだけど』
『うんうん』
『この前、告白されているところを目撃してしまって』
『ほうほう』
『なんかそのとき、すげー胸の辺りがモヤモヤしてさ』
ギクッ──思わず肩が揺れて、声が漏れた。その声をマイクはしっかりと拾っており、皆が『コウさんどうした?』と聞いてくる。
「あ。いや、なんでもない」
『またまた~そんなことないでしょ?』
『コウさんの恋愛話も聞いたことないな……そういえば』
ただ、「えっ」と発しただけなのに、皆の追撃の手が止まらない。仕方がないので、自分のことをぼかして喋った。
「いや、俺もさ~似たようなことがあったなぁ……って、ちょっと思い出してただけ」
『おおおお!?』
『コウさんに春がくるぅ!?』
「えっ!? 違うよ!? 違うからな!?」
パソコンの画面に向かって、右手を左右に振る。違う違うと振ったところで、配信には映っていない。
皆が『はいはい』といった反応をしているときに、『ポコン』と音が鳴り、新たに人が訪れたことを教えてくれた。
『こんばんは~! なんか盛り上がってる?』
「あ。シンさんいらっしゃ~い。盛り上がってるというか、面白がってるいうか……」
俺がそう言うと、リスナーの皆が次々に書き込む。
『コウさんに春が来るかもしれない話』
『……え?』
『それで、コウさんの気になってる人は、可愛い系? 美人系?』
先ほど、同じ質問をされていたリスナーさんが、俺に問いかけてくる。
向こうが答えて、俺が答えないというのは、配信の空気感的にも『ナシ』だろう。身バレしない程度の情報ならいいかなと考えながら、しかし、慎重に答えた。
「あー……可愛いか、美人かで言ったら……美人系かな?」
『おおおお! まじか!』
『コウさんは美人系が好き……メモしておくか』
皆が次々に質問を書き込んでいく。
出会った場所は? 会話はできるくらいの関係性なのか?
どんどん流れていくコメントの中に、ポツリとつぶやいた声があった。
『へぇ……気になる人、いるんだ』
その声に気づかないまま、俺は配信を続けるのだった。