第七話-1 銀髪姉弟の冤罪
普段は比較的落ち着いている冬雪も、驚くことはある。
「司法省総合司法局に侵入者があった!?」
『幻想郷』にあるトパロウル一等工作員の執務室、突然呼び出されたので何事かと思えば、内容はそんなものだった。司法省総合司法局は、共和国の司法全般を取り扱う行政機関である司法省の中に設置された、警察や検察の捜査記録などを管理する内局である。
そしてこれはあまり知られてはいないが、実は正規軍情報部や特別情報庁が他国のスパイや国内の国賊を拘禁すると、被疑者らは司法省の情報刑務所に収監される。つまり、国防に関わる情報も一部保管されているのだ。他の行政機関に侵入者があったと聴かされても確かに冬雪は驚きはするのだが、これら重要な情報を保管し管理する性質上、セキュリティはどの公官庁よりも厳しい。
実際これまで、他国のスパイが他の公官庁に侵入したことはあっても、司法省総合司法局には侵入されたことはなかった。侵入しようとしても、警備している陸軍人に即座に制圧されるのである。それ故の、冬雪の驚愕だった。
「……お前さんでもそうやって大声を出すことはあるんだな」
「失礼、取り乱しました。しかし、司法省舎に侵入するなんて並大抵の技術じゃないでしょう。ボクにも自信ありませんよ」
「上の連中も騒ぎになったそうだぞ」
「それはそうでしょうね。それでまさか、ボクにその侵入者を捜査しろとかいう命令ではないでしょうね」
「安心しろ、上から来ているのはもっと別の命令だ」
そう言ってトパロウルに手渡された書類を読むと、冬雪は唸った。
「……これはこれで厄介な命令なんですけどね。なんでボクなんです」
「あんなところに行って無事に戻って来られる実力者、お前さんくらいだろう。全盛期の俺では無理だぞ」
「いやでもこれ……ええ分かりましたよ、行けばいいんでしょう、行けば」
半分諦めの境地で、冬雪は書類を焼いた。冬雪夏生は公務員である。結局上には従うしかないのだ。
げんなりして執務室を発とうとしたとき、背後からトパロウルに言われた。
「上司の前で嘘はいかんぞ、お前さんどうせ、司法省舎の侵入くらいわけないだろう」
「少なくとも楽ではありませんよ、多分」
とは答えたものの、現在の光景の前ではどれだけ説得力があるものか。細い廊下に死屍累々と(殺してはいないが)積み重なる共和国の陸軍人を眺め、冬雪は肩を竦める。
別にここまでする気はなかったのだが、なにしろ話も聞かずに軍人たちに攻撃されたのでは迎撃するしかない。軍人たちは訓練されているので、下手に手加減してはこちらが血を流す可能性があったのだ。結果、少しばかり強い衝撃を彼らに与えてしまい、この惨状である。無闇に手の内を明かさないためとはいえ、銀魔力に限定した戦い方は、デメリットも大きい。
(顔は見られていないよな?)
特別情報庁は、陸軍の情報保護能力をあまり評価していない。顔くらいは見られたら他国に流出すると思え、とは、四等工作員だった冬雪にトパロウルが言った言葉だ。
(銀魔力で顔を覆うのも好きじゃないんだけどな)
地球の文学のように、姿隠しの魔法でもあればいいのに、などと独りごちる。これに近い技術を『冷鳴』ヴェルナー・アイスナーは持っているが、あれは契約精霊の得意な結界技術が基盤となっているため、冬雪は使えないのだ。結界と治癒の技術は、精霊だけが持つ能力であり、現代の魔術魔法ではごく一部の例外を除いて、再現することはできない。
背後で起き上がった軍人が発砲した小銃の弾を、振り返りもせず銀魔力で打ち落とすと、冬雪は軍人を気絶させ、廊下を歩き始めた。
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