お説教
千怜、菜乃花の二人からマシンガンのように質問がクリスに浴びせられる。
「いつ日本に来たん?」
「どこに住んでるん?」
「もうしたん?」
「その髪の毛は染めてるん?」
返事をする前に飛んでくる質問にクリスも答えあぐねているのだが、途中に「何を」が抜けてるので意味不明な質問が挟まれているので余計に混乱してしまう。
一方の菜乃花はというと、カウンターから出てきて座っているクリスを見てはまた溜息を吐く。
「いったいどういう生活しとったらそんなスタイルに育つん?」
少し嫉妬を含んだ質問が菜乃花から飛び出すと、追いかけるように千怜がカウンターから出てきてクリスのスタイルを舐めるように見回す。
小さな顔、青く輝く澄んだ瞳、形がよく大きすぎない鼻、バランスの良い唇は形が整っていているうえ柔らかそうにぷくりと膨らんでいる。白く細い髪は癖など一切なく、そのまま腰のあたりまで伸びている。華奢な身体に反して明らかに大きな胸と細いウエスト、長い脚、白魚のような指というに相応しい白く細い指に形のいい爪。
「あかん、自分と比べてまう……」
「うん、せやね……」
二人はそう小さく呟くと、千怜はカウンターの中に戻り厨房から上がったティラミスをクリスの前に差し出す。また、菜乃花も肩を落として厨房から出たジェラートが入った器を持ってエスプレッソマシーンの前に移動した。
エスプレッソマシーンのスチームの音が店内に響きだすと、シュウが戻ってくる。
そこには、先ほど浴びせられた質問の集中砲火に気が抜けてしまったクリスが呆けた顔をして座っていた。
「どうした?」
心配そうな顔をしてシュウがクリスの顔を覗き込むと、クリスはようやく再起動する。
「あ、うん……なんでもないよ」
一瞬視線が合っただけなのだが、クリスの心臓は跳ね上がる。
クリスはシュウのことを、ただの協力者としてしか見ていなかった。
兄よりも年上で、父よりは若い男というのもあるだろう。
クリスは連邦制になる前であればナルラ国という国の第二王女であり、シュウは平民にあたる。天と地ほどの身分差もある。
それらを先に考えれば、協力者としてしか見れないというのも不思議ではない。
だが、菜乃花の「はとことは結婚できる」という言葉はクリスにとって衝撃的だった。
同じ部屋、同じベッドで眠ったことや、ずっと手を繋いで歩いたことなどを思い起こすと酒で赤くなった頬をしているとはいえ、追加で耳まで赤くなって俯いてしまう。
「少し酔っのたか?」
赤くなったクリスを見て、シュウは余計に心配になる。
この二日間で見たこともないほどクリスが照れているような、恥ずかしがっているようにも見えるはずだが、シュウはやはり酔ったのだろうと思い込んでいる。
「ううん、大丈夫。平気だから」
「水、入れてもらおうか……」
シュウがチェイサーを頼もうと見回した時、ちょうど菜乃花がカプチーノとアフォガートを持ってやってきた。
「お待たせしました。クリスちゃんのカプチーノね。そしてこっちがシュウさんのアフォガート。
あれ、クリスちゃん真っ赤やん。どうしたん?」
自分達の発言が原因だなんてことを一切考えてもいない菜乃花が呑気にクリスに声をかけるのだが、さすがにシュウもトイレに行っている間に二人がクリスに何か言ったのだろうと気がついた。
「さては、二人してクリスに何か余計なことを吹き込んだりしたんじゃないだろうな?」
なかなかに恵まれた体格をしたシュウが鋭い目つきで菜乃花を睨むと、菜乃花もさすがに怯んでしまう。
「いや、別にどんな国から来たのかとか、いつ日本にきたのかとかそんなことを……」
菜乃花の目を、殺気が籠もったシュウの視線が射抜く。
一歩、二歩と後ずさりながら、菜乃花は今にも泣き出しそうな顔になっていく。
「ほんとにそれだけか?」
「ちゃうよ。せやかて、二人の仲があまりにええねんもん。つい色々と聞きたくなるやんか! 聞いたらあかんのん? なんであかんのん?」
絵に描いたように見事な逆ギレである。
でも、これも大阪人気質とでも言えばいいのか、大阪のおばちゃんであればよくある話だったりする。自分のことはまったく話すこと無く、初対面の人のプライベートなところに土足で踏み込んでいくというのはよくある話だ。給料がいくらあるかとか、家賃がいくらだとか――それと同じ感覚で男女関係のことまで聞き出そうとする。
「初対面の人に対して聞くことと、聞いてはいけないことってもんがあるだろう?
まだ若いのにそのあたりの大阪のおばちゃんみたいなことを……」
そこを音を立てず、目立たないように千怜が下げてきた食器を持って通ろうとする。
明らかに自分は関係ないふりをしているので、そのわざとらしさが共犯であることをシュウに気づかせた。
「千怜さんも共犯ですね?」
「は、はい……ごめんなさい」
その千怜らしさのない謙虚な姿勢と謝罪の言葉とは逆に、彼女の全身から違和感というオーラが吹き出ている。
「まぁ、千怜さんは……」
シュウが言葉に詰まる。自分より年上でアラフォーに足を突っ込んでいるのを知っているだけに菜乃花と同じ言い方はできない。
ただ、千怜本人はシュウの言った「まだ若いのに……」という言葉が自分にも向けられていると思い込んでいるようだ。
「いい大人なんだから、こんなことで中学生みたいに燥がないでください」
「……はぁい」
シュウはその返事も中学生みたいじゃないかとツッコミたいところだが、これ以上はもう相手にしていられない。
カプチーノも覚めてしまうし、シュウのアフォガートもただのミルクコーヒーになってしまう。
「クリスに聞きたいことがあったら、オレに先ず聞いてください。
大阪人のマシンガントークは慣れない人には恐怖でしかないこともあるんですからね。
ほんと、よろしく頼みますよ?」
シュウは無意識のうちにクリスを庇うように抱き寄せていて、クリスは更に顔を赤くしている。
それを見て、千怜と菜乃花はニヤニヤとまた笑みを漏らしていた。
だが、シュウも既に酔いが回っているせいか、クリスを抱いた手を解くと、何もなかったかのように椅子に座り直した。
「悪者は退治しといたからもう大丈夫だ。冷たいうちに食べるといいよ」
シュウはクリスにそう耳打ちすると、アフォガートを手にとって掬って食べる。
熱々で苦味の強いエスプレッソにバニラジェラートが溶け出している境目を掬って食べるのが好きなのか、シュウはとにかくスプーンの動きが忙しい。
一方のクリスはというと、大きく深呼吸をしてようやくティラミスにフォークを差し込むと、フォークの掬いに載せて口へと運ぶ。
口の中にカカオ豆の香りに、コーヒーの香り、ラムやマルサラ酒の香りがふわりと漂う。
明らかにお酒の風味がするのだが、すぐに口の中いっぱいにマスカルポーネチーズが入ったクリームがもったりと広がり、舌にはコーヒー味が染み込んだスポンジケーキがじわりとシロップの甘味を溢れさせる。マスカルポーネチーズのクリームの甘さとチーズのコク、バターの脂肪がその甘味に混ざり、ココアパウダーやコーヒーが持つ渋味や苦味がそれを引き締めると、次第に蕩けるように口の中から消えてしまう。
「ふわぁ……美味しい――」
思わずクリスは頬に手をあてて声を漏らす。
耳まで真っ赤になるほど飲ませてしまったと少し反省していたシュウは、ティラミスを食べた後の余韻に浸るようなクリスの横顔を見て安堵する。
その視線を感じたのか、クリスはシュウの方を見ると目を細めて幸せそうな笑顔を見せる。
そして、その笑顔に思わずシュウが見惚れそうになると、クリスの笑顔は悪戯っぽいものに変わる。
「シュウさんと一緒にいると、美味しいものがいっぱい食べられて幸せだわ」
「おいおい、食べものだけかよ」
呆れたような声でクリスに言葉を返すシュウだが、それを言い終える頃には既にクリスはフォークをティラミスに刺し、二口目へと進んでいた。
初稿:2020年2月28日
いつもお読みいただきありがとうございます。
また、感想にて指摘いただきましたので、一部修正させていただきました。
ありがとうございました。
さて、昨日も予告させていただきましたが、2020年3月1日から投稿ペースの変更に合わせ、タイトルを「朝めし屋-二人の出会いの物語-」に変更します。
投稿ペースについては、週二回程度になると思います。
次回投稿は 2020年2月29日 12:00 を予定しています。




